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伯爵夫人をやめた私、商人に戻ったら仕事も恋も順調です  作者: 泉華
第二部

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第二十九話 見つけたもの

その日の午後、リディアが帳面を持ってきた。

机の上を空けて、隣の椅子を勧める。


「ありがとう。一緒に見てもらえる?」


「はい。こちらが、店頭で売れた織物です」


よく売れる色と、倉庫に残っている量を確かめる。

四件への定期的な納品を加えても、すぐに売り切れる量ではない。

ただ数字を眺めていても、新しい注文が入ってくるわけではないのだから、策を考えなくてはならない。


「買ってくださる方は、何に使うとおっしゃっていた?」


「ご自分のドレスに、という方が多いですね。仕立屋へ持っていくそうです」


「では、迷って買わなかった方は?」


リディアは別の頁を開いた。


「ご主人への贈り物を探していた方がいました。布は気に入ってくださったんですが、何に仕立てたら似合うかしら、と」


接客の合間に、ほかの二人にも聞いてみた。

服になったところを見たいと言われたこと。仕立屋に相談してから来ると言って、そのまま戻らなかったお客様がいたこと。


そうか。布のままでは、着ている自分を思い浮かべにくいのね。


棚から何種類か取り出し、卓に広げる。

落ち着いた緑色の布には、細かな葉の模様が織り込まれている。わたしたちの国から運んできた織物だ。

端を持ち上げると、袖口から腕飾りが覗いた。


お揃いだと気づくたびに、嬉しくなる。

この布も、二人で身につけられたら。


「……お揃い」


「揃いの服、ですか?」


「奥様にはドレス、ご主人にはベスト。同じ布でも、それぞれに似合う形にするの」


布にひだを寄せ、その隣で端を細く折ってみる。


「ベストなら、上着からこの柄が少し見えるでしょう。隣に同じ模様のドレスがあったら、素敵じゃない?」


リディアが身を乗り出した。


「ええ。大切な人と同じ意匠のものを持つと、縁が続くといいますものね。贈り物にも喜ばれそうです」


「そうよね。服になったところを見ていただければ、もっと選びやすくなると思うの」


頭の中には、揃いの服で並ぶ夫婦の姿が浮かんでいた。

けれど、この布で思ったように仕立てられるのかは、職人の方に聞かなくては。


「どなたか、相談できる仕立屋をご存じない?」


店員の一人が、近くのお店を教えてくれた。

家族が頼んだことがあり、布に合う形も相談に乗ってくれるという。


「ありがとう。明日、訪ねてみるわ」


***


仕立屋の主人に話をすると、奥から若い女性の職人を呼んでくれた。


「見本は、この者に任せましょう」


挨拶を交わし、持ってきた布を広げる。

彼女は一枚ずつ手に取って、軽く折ったり、ひだを寄せたりしていた。


「最初の一組でしたら、こちらがよさそうですね」


選んだのは、昨日リディアと眺めた緑の布だった。


「柄が細かいので、ベストの前にも収めやすいです。背中は薄手の無地にすると、着やすくなりますよ」


「ドレスにも使えますか?」


「はい。飾りを控えて、この柄を見せましょう」


紙の上に、すらすらと線が引かれていき、ドレスの隣にベストが描き加えられる。


「素敵。この形で一組、お願いしたいわ」


三日後には仕上げられるという。

布の量と仕立代を確かめてから、主人へ向き直った。


「できた見本を、商会に飾りたいのです。それから、お客様が仕立ての相談をできる日を設けられないでしょうか」


「こちらの職人が、お店へ伺うということですか?」


「ええ。布を選んだその場で、形も相談できればと思って」


主人は仕事の予定を確かめ、女性職人と話し合った。


「見本をお渡しする翌日の午後なら、伺えます」


「ありがとうございます。では、その日に」


展示用の人形と、ベストに合わせる服も借りられることになった。

制作や出張にかかる費用を手帳へ書き留める。布は商会で販売し、仕立てはこの店で注文を受けてもらう。


倉庫にあった布が、誰かの楽しみになるかもしれない。

早く、実物を見てみたい。




店へ戻ると、さっそく皆と展示の場所を相談した。

採寸のために衝立で仕切れる一角も用意する。

お父様には、職人の方と始めた準備と費用、それに滞在を続けることを書き送った。




三日後、仕立屋へ見本を受け取りに行くと、女性職人が二着を並べて待っていてくれた。


「いかがでしょうか」


ドレスには柔らかなひだが寄せられ、ベストの胸元には同じ葉の模様がすっきりと収まっている。


「ええ、とっても素敵です。ありがとうございます」


翌日の応対について打ち合わせを済ませ、見本を店へ運ぶ。

二体の人形へ着せてみると、リディアが少し離れて眺めた。


「こうして並べると、お出かけする姿が浮かびますね」


「ええ。ほかの色も選べるように、そばに布見本を置きましょう」


男性用の上着の前を整えていると、通りから入ってきた女性が足を止めた。


「あら。同じ模様なのね」


「はい。ご夫婦で揃えて着ていただけるように、仕立ててみたんです」


わたしが答えると、女性はドレスからベストへと視線を移した。


「主人と着るのも楽しそうね。でも、私はもう少し明るい色が好きなの」


「別の布でもご相談いただけます。明日の午後には、こちらを仕立てた職人がおりますので、ご予定がよろしければ、ぜひいらしてくださいませ」


「それなら、主人と来てみようかしら」


「ぜひ。お待ちしております」


女性を見送ってから、リディアと顔を見合わせて笑い合う。

明日また来たいと思っていただけたことが嬉しい。




その日の仕事を終えて宿へ戻ると、入口でルシアンに会った。


「エレノア。ちょうどよかった。明後日の朝、王都へ帰ることになったよ」


「……そうなのね」


毎日同じ宿へ戻ってくることに、すっかり慣れていた。

わたしは、まだ帰れない。こちらでやるべきことがある。

そうわかっていても、寂しい。


「明日の夜、少し会える?」


「もちろん。夕方には仕事が終わる予定だから、待っているよ」


「ええ。わたしも、店が終わったら」


明日は、お客様にも来ていただけるかもしれない。

ルシアンに、いいお話を持っていけたらいいな。


***


翌日の午後、職人を迎えて間もなく、昨日の女性が夫を連れて来てくれた。


「こちらなの。お話ししたドレスとベスト」


男性は見本を眺め、ベストの胸元に目を留めた。


「同じ布なのに、ずいぶん印象が違うんだな」


「そうでしょう?ほかの色も見せていただけるそうよ」


卓へ案内し、用意していた布を広げる。

女性が手を伸ばしたのは、淡い青に細かな花模様を織り込んだものだった。


「この色、好きだわ。こちらの大きな柄も綺麗ね」


職人が二枚の布を折り、ひだの出方を見せた。


「見本のように裾を柔らかく広げるなら、こちらの青い布が合いますね」


「それがいいわ。あなたは、どう?」


夫へ尋ねた女性の声に、わたしも返事を待った。


「綺麗だが、私には少し華やかすぎないか?」


わたしは青い布を取り、人形に着せた濃い色の上着へ添えた。


「このくらいの分量でしたら、いかがでしょう。上着と合わせると、印象が変わりますよ」


男性が近づいて見比べる。


「なるほど。それなら、手持ちの上着にも合いそうだ」


「仮縫いの際にお持ちください。合わせて確かめられますから」


職人の言葉に頷くと、男性は妻へ顔を向けた。


「君は、この色がいいんだろう?」


「ええ。あなたにも、よく似合うと思うわ」


二人の表情を見て、少し肩の力が抜けた。

採寸を終え、必要な布の量と代金、仕上がりの予定が決まると、女性は夫と顔を見合わせてから、わたしに微笑んだ。


「では、それでお願いします」


「ありがとうございます」


頭を下げたとき、隣のリディアが小さく息をつくのが聞こえた。


「出来上がったら、一緒に着て出かけたいわね」


「ああ。楽しみだな」


二人を見送り、選ばれた布を棚から下ろした。

代金を受け取った注文を帳簿へ記し、必要な分を測って裁つ。

包みに名前を書き添え、職人へ渡した。


どうか、素敵な装いとなりますように。


「どうぞ、よろしくお願いいたします」


「はい。お預かりします」


見本を置いた場所へ目をやると、別のお客様がリディアに話しかけていた。

彼女は頷きながら、布の棚へ案内している。


閉店したら、今日のお話を聞かせてもらいましょう。

どんな色を手に取って、何を気にされていたのか。

次にできることも、皆で考えたい。


***


夜、ルシアンの部屋の扉を叩くと、すぐに開いた。


「お疲れ様、エレノア。どうぞ」


「ありがとう。あのね、今日、とても嬉しいことがあったの」


ソファに腰を下ろすなり話し始めると、隣に座ったルシアンが笑った。


「うん。顔を見ればわかるよ」


「そんなに顔に出ている?」


「とても」


少し照れくさくなったけれど、話したい気持ちの方が勝った。

皆で揃いの服を考え、職人に見本を作ってもらったこと。そして今日、初めての注文をいただけたことを伝えた。


「そっか。二人とも、気に入るものが見つかったんだね」


「ええ。一緒に着て出かけたいって」


あのときのお二人の声を、思い出すと頬が緩む。


「実はね、思いついたきっかけは、これなの」


自分の腕飾りを見せると、ルシアンも袖口へ目を落とした。


「僕たちのお揃い?」


「ええ。あなたがつけてくれていると、嬉しくなるでしょう。服でも、そんなふうに感じていただけたらと思って」


ルシアンは腕飾りに触れ、それからわたしを見た。


「それは、僕も嬉しいな」


「まだ一組だけれど、ほかの取引先にも見本をご紹介したいわ。だから、もうしばらく、こちらで頑張ってみる」


「うん」


彼の手が、頬へ触れた。

先ほどまでのように話を続けられず、口を閉じる。


「さすがは、僕のエレノアだ」


そのまま引き寄せられ、彼の胸に頬が触れた。


「……もう。すぐ、そういうことを言うんだから」


声が弾んでしまって、少しも抗議にならない。

頭の上で、ルシアンが笑った。


「待っているよ」


背に回された腕に、力がこもる。

わたしも彼の背へ腕を回した。


「ええ。待っていてね」


明日の朝には、彼は先に帰ってしまう。

今夜はもう少しだけ、このままでいたかった。



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