第二十六話 届かない荷
エレノア様。隣国のお店から、急使が参りました」
主力便の到着予定が近づいた頃だった。
受け取った書状には、リディアの名前がある。
急いで封を切った。
『港での入港と荷揚げが制限されており、予定していた日に織物を受け取れないとの連絡がありました』
「……受け取れない?」
隣国の港では、強い風と高い波が続いているらしい。
海運業者の現地代理人から、荷受け先である店へ知らせがあったという。
いつ制限が解除されるかは、まだわからない。
解除されても、待っている船の荷揚げが順に行われるため、ベルフォード商会の荷を受け取れる日は現時点で未定であると書かれていた。
引き出しから契約書を取り出し、納品の日付を確かめた。
一件、もう一件とめくる。四件とも近い。
わたしは書状へ目を戻した。読み直しても、荷を受け取れる日は未定のままだ。
店頭の商品は、小口で送った補充分が残っている。
でも、四件へ渡す織物は、まとめて主力便に載せてしまった。
まずは、お父様に知らせなくては。
書状と契約書を持って、席を立った。
「お父様。隣国へ送った織物が、予定通りに届かないそうなの」
お父様は書状を受け取り、目を通した。
「港の制限か。いつ届くかもわからないんだな」
「ええ。リディアに、四件の方へ事情を説明してもらうわ。どのくらいなら待っていただけるか、確認します」
「そうだな」
「それと、こちらでも同じ織物を用意できるか調べたいわ。陸路なら運べるかもしれない」
「急ぎで、あの量をか?」
「費用も確認します。卸売り先にお待ちいただけない場合、何もできないのでは困るもの」
お父様が頷いたのを見て、自分の机へ戻った。
リディアへの返事を急使に託し、仕入先への在庫確認を頼む。
船を待つにしても、別の荷を送るにしても、決めるための情報が必要だわ。
手元に紙を広げ、確認したいことを書き出した。
リディアからの返答は、間もなく届いた。
一件は、多少の遅れなら待てる。ただし、いつになるかわからないまま長く待つのは難しい。
もう一件は、全部が揃わなくても、一部だけ先に欲しいとのことだった。
残る二件には、その先の取引予定があり、当初の納品時期をできれば変えたくないと書かれていた。
それぞれの返答を、契約書の横へ並べる。
港の状況には、まだ新しい知らせがない。
「納品日がいつになるかわからないままお待たせすることは難しそうだわ……」
こちらで調べたところ、同じ種類の織物は追加で確保できる。
陸路で急送する手配も可能だった。
ただし、船と違って一度に運べる量が少ない。
必要な馬車と人手を急いで押さえ、優先して運んでもらう費用は、思っていたより高い。
わたしは四件の売上から、代わりの織物の仕入れ代と、急送にかかる費用を引いた。
「これだけ……?」
残る利益は、ほんのわずかだ。
計算をやり直したけれど、変わらない。
こんなはずではなかった。
仕入れ値も輸送費も確かめて、利益が残る条件で引き受けたのだ。
けれど、最初に立てた予定のままでは、商品を渡せない。
わたしは計算した紙を持って、もう一度お父様のもとへ向かった。
「陸路なら、間に合うように手配できそうなの」
「費用は?」
紙を差し出すと、お父様は数字を追ってから、わたしを見た。
「これでは、ほとんど利益が残らないぞ」
「ええ。でも、商品は届けられるわ」
「四件分を全部、追加で仕入れるつもりか? 待てる相手もいるんだろう」
「多少の遅れなら、という返事よ。港が動かなければ、その方にも別の荷を送らなくてはならないの」
そのとき、また陸路の手配をすることになる。
分けて急送するより、今回まとめた方が輸送費は抑えられる。
「一部だけ先に欲しい方もいるけれど、残りをいつ渡せるかは、やっぱりわからないでしょう。四件分をまとめて送ろうと思っているの」
お父様は、リディアからの返答と費用の見積もりを見比べた。
わたしは膝の上で手を重ね、返事を待った。
「最初の荷が、なくなったわけではないぞ」
「……ええ」
「代わりの商品を納めたあとで届けば、その分は在庫になる」
「店頭でも売れるし、取引が続けば、次の注文にも回せると思うわ」
「売れるまで、その金は戻ってこない。その間にも仕入れや支払いはあるんだ」
わかっている。
初めての卸売りを成功させたい気持ちもある。
いつまでにどれだけ売れるのか、今は答えられない。
「……売っていく方法も、考えます」
そう答えて、四件の契約書へ目を戻した。
今、返事を待っている相手がいる。
その方たちも、商品が届くつもりで商売の準備をしているのだ。
「お父様。今回は、最初のお取引でしょう?」
「ああ」
「引き受けたのに、いつ渡せるかわかりませんとしか言えないのは、嫌なの。次もわたしたちから仕入れようと思っていただけるか、不安だわ」
「天候の事情は、相手も理解してくれているだろう」
「ええ。でも、事情がわかっても、必要な商品が手に入らなければ困るでしょう?」
お父様は黙ってこちらを見ている。
「商品は用意できる。運ぶ方法もある。それなら、今回は利益が少なくなっても、約束した分を届けたいです」
お父様はもう一度見積もりを確かめ、わたしへ返した。
「わかった。お前の判断で進めなさい」
「ありがとう、お父様」
紙を受け取り、席を立つ。
急送の手配をするなら、これ以上遅くはできない。
仕入先へ追加の織物を頼み、馬車と人手を押さえる。
種類と数量、届け先を確認する。
署名欄にペンを置く直前、追加で支払う金額をもう一度見た。
……送ろう。送るべきよ。
わたしは自分の名前を書き入れた。
リディアへも、代わりの商品を陸路で送ることを伝えなくては。
四件の方へ案内してもらう予定を書き、変更があればすぐに知らせてほしいと添える。
これで、荷を待つだけではなくなった。
あとは無事に届けて、最初の取引を終えたい。
返書を託して机へ戻ると、主力便の予定表が開いたままだった。
到着日の欄には、まだ新しい日付を入れられない。
わたしはその隣に、追加で支払う金額を書き込んだ。




