第二十五話 閑話 手放すもの
「前回の売却代金を含めても、この先は厳しくなります」
家令が差し出した書類を、私は机の上へ広げた。
返済の期日と、屋敷や領地に必要な費用が並んでいる。
「支出は見直したはずだが」
「はい。ですが、修繕や使用人への給金まで止めるわけにはまいりません」
私も、そこを削れと言うつもりはない。
必要だと認めたものばかりだ。もう一度確かめたところで、払わずに済むものは見つからない。
馬車や銀器を手放せば、しばらくは持ちこたえられると思っていた。
実際、その金で返済はできた。
だが、次の期日は来る。家を維持する費用も、その間ずっとかかっている。
「ほかに売れるものは?」
「一覧にしております。ただ、前回ほどの額が見込める品は多くありません」
紙をめくる。
使っていないものから処分してきたのだ。残った品を眺めても、そう簡単には選べなかった。
家令は私の手が止まるのを待って、口を開く。
「土地についても、検討が必要かと存じます」
「……土地までか」
「はい」
私は椅子の背にもたれた。
家財を運び出すときでさえ、そこまですることにはならないと思っていた。
「領地に手をつけるのであれば、王家への手続きが必要になります。まずは、それ以外に処分できる私有財産を、すべて確認いたします」
「そうしてくれ。売るかどうかは、その一覧を見てから決める」
家令が一礼し、書類の一部を持って部屋を出た。
机に残った返済予定表へ目を戻す。
支払いを止めるつもりはない。
家を残すために、どこまで手放すことになるのだろうか。
午後、クラリッサが訪ねてきた。
応接室へ入ると、彼女は封筒を両手で持ったまま座っていた。
私に気づいて立ち上がりかけたので、座っていてくれと声をかける。
「どうした?」
「お店の仕入先から、こちらが届きましたの」
差し出された書状を受け取った。
ローズブランシュが香水を仕入れている商会からだった。
期限を過ぎた請求分が清算されるまで、新たな掛けでの納品を停止する。
今後の注文には、先払いを求める。
日付を確かめ、もう一度本文へ目を戻した。
「支払いを待ってもらっていた分か」
「ええ。少しずつお支払いはしているのですけれど、追いつかなくて」
「今ある商品は?」
「まだ残っていますわ」
彼女は膝の上で指を重ねた。
「新しい香りを入れれば、お客様に来ていただけると思っていました。でも、その注文も、先にお金を払わなければ受けてもらえませんの」
以前にも聞いた考えだった。
今は、それを試すための仕入れまで止まっている。
「手元の金で、注文できる量はないのか?」
「そうすると、未払いの分を払えなくなると、店の者に言われました」
私は書状を卓上へ置いた。
新しい品を仕入れる前に、すでに届いている品の代金を払わなければならない。
クラリッサは書状へ視線を落としたまま、しばらく黙っていた。
「……こちらも、大変なのですよね」
「ああ」
前のように、助けてほしいとは言わなかった。
それでも、私の返事を待つ彼女を見ていると、何か方法を考えなければと思う。
だが、午前中の話を隠して期待を持たせるわけにはいかなかった。
「家財を売った金だけでは足りない。土地についても、考えなければならなくなった」
クラリッサが顔を上げた。
「土地を、お売りになるの?」
「まだ決めていない。ほかに処分できるものを調べているところだ」
「……そうですの」
彼女は封筒の端を指でなぞった。
私も、かける言葉が見つからなかった。
以前なら、店を続けるための金を用意すると言えた。
その金をどこから出すのか、今ほど考えずに。
「アーヴィン様」
「ああ」
「このままでは、お店を閉めることになるのかしら」
私は彼女を見た。
店を始めてから、彼女の口からそんな言葉を聞くのは初めてだった。
「もう、閉めると決めたのか?」
「いいえ。まだですわ。ただ、仕入れもできず、このまま売れなかったらと思うと……」
言いかけて、彼女は唇を結んだ。
新しい香水を選ぶとき、クラリッサは楽しそうに話していた。
店を見に行けば、どの品が好きかと私に尋ねた。
私は香りを褒め、店もよくできていると伝えていた。
その店が続けられるかどうかを、今、尋ねられている。
大丈夫だとは言えない。
「まだ売れる品はあるんだろう。まずは、どれだけ残っているのかと、払わなければならない額を、店の者と確かめてみたらどうだ」
「……ええ」
彼女は書状を折り、封筒へ戻した。
「一度、整理してみますわ」
「ああ」
それから少し話して、彼女は帰っていった。
仕入先への返事は、店へ戻ってから書くと言っていた。
***
執務室に戻ると、家令が財産の一覧を作っているところだった。
私のために椅子を引こうとするのを手で制し、その隣に立つ。
「ここにあるものは、今も使っているな」
「はい。処分する場合には、差し支えが出ないか確認が必要です」
私は一覧を手に取った。
売れば金にはなる。だが、売ったあとも、この家の暮らしは続く。
「使っていないものと、手放すと支障があるものを分けてくれ。私も確認する」
「かしこまりました」
家令と一緒に品の名前を確かめていく。
手放しても差し支えのないものには、すでに売却済みの印がついていた。
私は、机の端に置いた土地の書類へ目を向けた。
さっきは遠ざけたはずなのに、今度は目を逸らせなかった。




