第二十三話 会いたかった
数日かけて王都へ戻ると、わたしは隣国の店の様子を報告するため、お父様のもとへ向かった。
持ち帰った帳簿と記録を見せ、三人に任せてきた仕事についても説明する。
「そうか。ひと月、よく見てきたな」
「ええ。これからも報告をもらいながら、必要なところを整えていくつもりよ」
お父様が書類を受け取ってくれたので、わたしは自分の机へ戻り、今度は手紙を書いた。
『予定通り、今日王都へ戻りました。明日、会えるのを楽しみにしています』
ルシアンが先に帰る前に、約束していたのだ。
予定通りに戻れたら、その翌日は二人で仕事を休んで会おう、と。
手紙を届けてもらうよう頼み、机を片付けた。
明日はお仕事をせずに過ごす。そう思うと、なんだか落ち着かない。
何を着ていこうかしら。
隣国の店では動きやすさばかり考えていたけれど、明日はおしゃれをしたい。
***
翌日、約束の場所へ向かうと、人の行き交う通りの先にルシアンが見えた。
「ルシアン!」
名前を呼ぶと、彼も気づいて歩いてきてくれる。
目の前まで来たところで、わたしは足を止めた。
「久しぶり。元気だった?」
「うん。会いたかったわ」
ルシアンはすこし目を見開いてから、笑った。
「僕も。手紙をもらって、やっと会えると思ったよ」
差し出された手を取る。
仕事をしているときは一日があっという間だったのに、顔を見たら、ものすごく長い間会えていなかったように思えた。
会えたことがとても嬉しい。
「今日は、どこへ連れていってくれるの?」
「まずは食事にしよう。前に気になっていた店、覚えてる?」
「ええ。今日、行けるの?」
「席を取ってあるよ」
わたしは彼の手を握り直した。
食事をしながら、隣国での出来事を話した。
最初のお客様に香辛料を買っていただいたこと。思っていた場所に棚を置いたら、通路が狭くなってしまったこと。
ルシアンは笑ったり頷いたりしながら聞いてくれた。
「今頃、どうしているかしら。帰るときは安心していたのに、離れると気になるものね」
「帰ってきたばかりだよ」
「そうなのよ。だから、しばらくは報告を待つわ」
「うん。それがいいよ」
わたしは頷いて、今度は彼の話を聞いた。
王都へ戻ってからの仕事のこと、最近読んだ本のこと。
手紙では聞けなかった話が次々に出てきて、食事が終わっても席を立つのが惜しかった。
そのあとは店をのぞきながら街を歩き、カフェでお茶を飲んだ。
「さっきの本、もう読み終えたら貸してもらえる?」
「もちろん。次に会うときに持ってくるよ」
「ありがとう、ルシアン」
カップを持ち上げる彼の手首に、小さな銀色の羽が見えた。
わたしが結んだ、淡い水色のガラスの腕飾りだ。
「つけてくれているのね」
「エレノアもでしょう?」
わたしは袖口をすこし引き、青灰色のガラスを見せた。
「うん。向こうでも、ずっと」
「完成したエレノアの店、まだ見れていないな」
「ぜひ来てほしいわ。今度は、お客様を迎えているところを見てもらいたいの」
そう答えてから、ふふっと笑った。
「また仕事の話になっちゃった」
「楽しそうに話すから、僕も聞きたくなるんだよ」
窓の外に目を向けると、通りを照らす光が傾き始めていた。
楽しいと時間が過ぎるのはあっというまだ。
***
夕方、わたしたちはベルフォード家へ向かう馬車に乗っていた。
隣に座ったルシアンは、わたしの手を握ってくれている。
「今日はありがとう。とても楽しかったわ」
「僕も。疲れてない?」
「大丈夫。それより、まだ話していたいくらい」
「それなら、次の約束をしておこうか」
互いの予定を確かめ、次に会う日を決める。
今度はひと月も待たなくていい。それが分かると、帰り道も寂しいばかりではなくなる。
馬車が揺れ、わたしの肩が彼の腕に触れた。
顔を上げると、ルシアンもこちらを見ている。
「エレノア」
「なに?」
彼は一度、つないだ手に目を落とした。
それから、もう一度わたしを見る。
「キスしてもいい?」
息が止まりそうになった。
この前は、髪についた葉を取ってくれただけだったけれど。
「……うん」
頷くと、ルシアンがすこし笑った。
わたしも笑ってしまう。だって、嬉しいものは嬉しい。
「そんな顔をされると、余計に緊張するな」
「ルシアンも?」
「するよ。平気そうに見える?」
彼の手にも力が入っていることに気づいた。
わたしばかりではないみたいだ。
「ううん。今は、分かるわ」
ルシアンがこちらへ顔を寄せる。
いつもなら見上げている瞳が、こんなに近い。
わたしは彼の袖をそっとつかみ、目を閉じた。
唇が、やさしく触れた。
ほんの短い口づけ。
離れたあとも、すぐには目を開けられなかった。
「エレノア?」
声をかけられて目を開けると、ルシアンがすぐ近くにいた。
耳がすこし赤くなっている。
言おうとして、やめた。わたしも、きっと同じだろうから。
「……嬉しい」
わたしがそう伝えると、彼はわたしを抱き寄せた。
わたしも背中に腕を回す。
「エレノア、おかえり」
耳元で聞こえた声に、そっと頬を寄せた。
「ただいま、ルシアン」




