↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/34

第二十二話 わたしのお店

契約の翌日、わたしは仲介人に紹介してもらった職人と、店内を歩いていた。

以前にもこの建物を修繕したことがある方で、傷んでいる箇所を手早く確かめてくれている。


「補修と清掃、それから棚の製作をお願いします。細かな配置は、商品を選んでから決めたいと思っています」


「では、棚はまだ固定せずにおきましょう。入口側は低めでしたね」


「はい。よろしくお願いします」


必要な打ち合わせを済ませ、数日かけて王都へ戻る。

翌日、お父様に契約書を見せ、今後の予定を伝える。


「開店したら、ひと月ほど向こうにいたいの。お客様の反応も、働いてくださる方たちの様子も、自分で見ておきたくて」


「分かった。こちらの仕事は任せなさい」


「ありがとう、お父様」


それから一週間ほど、商品の選定や輸送の準備に追われた。

香辛料に生活雑貨、織物。最初は種類を分けて少しずつ運ぶ。

仕入れ値に輸送費を加え、現地で見てきた価格とも比べながら、仮の値段を決めていった。


***


再び隣国へ向かい、

改装中の店の扉を開けると、木の香りがした。

壁も床もきれいになり、新しい棚が並んでいる。


「この棚を、もう少し奥へ動かせますか?」


職人と位置を調整しながら、入口からの見え方を確かめる。

棚の間を歩いてみると、図面上で考えていた想定よりも通路が狭い。荷物を持ったお客様も通れるように、すこし間隔を広げてもらった。




その合間に面談を進め、働いてもらう三人も決まった。

店頭を担当する二人と、荷物の受け取りや倉庫整理を手伝ってもらう一人だ。


「わたしも、この国のことはまだ勉強中です。気づいたことがあれば、遠慮なく教えてくださいね」


そう伝えると、正面に立っていた女性が頷いた。


「リディアです。以前の店でも接客と帳簿を担当しておりました。お役に立てるよう努めます」


「ありがとう。よろしくお願いします」


リディアはこの近辺出身で、落ち着いた受け答えをする印象がある。

商品について説明したあと、用意してきた価格の一覧も見てもらった。


「こちらは、すこし高く感じるかもしれません」


リディアが指したのは、生活雑貨の一つだった。


「近くのお店にも似たものがあるのですが、もう少し安く買えますので」


教えてもらった値段で計算してみる。下げても、必要な利益は残せそうだ。


「では、こちらの価格にしましょう。ほかにも気になるものはある?」


「はい。こちらも確認していただけますか」


一つずつ相談しながら、一覧を書き直していく。

わたしが見て回っただけでは、分からないこともある。現地の方の意見を聞いてよかった。


***


ある日の夕方、資料を広げていると、入口からルシアンが顔を出した。

彼も自分の商会の仕事で隣国に来ていて、今日は予定が早く終わったらしい。


「ずいぶん、お店らしくなったね」


「でしょう?働いてくださる方も決まったの。あとは輸送の予定を確認していて」


机の上の紙を見せると、ルシアンが隣に立った。


「最初は少ない量を何度かに分けたいの。そちらのお店を始めたときは、どうしていた?」


「僕たちもそうしたよ。売れ方に合わせて、途中で変えられる方がよかったから」


「やっぱり。その方針で進めるわ」


予定を書き込んで次の資料を取ろうとすると、彼が机を見回した。


「エレノア、これを全部一人で見ているの?」


「最初だから。商品も価格も、理由を説明できないまま任せるのは不安なの」


「気持ちは分かるけど、無理はしないでね」


「うん。店が動き始めたら、任せられるところは任せるつもりよ」


彼は資料を一枚持ち上げた。


「では、今日はこの確認まで?」


「……そうね。これが終わったら片付けるわ」


わたしが笑うと、ルシアンも笑った。


***


数日後、店は開店の日を迎えた。

入口の上にはベルフォード商会の看板。棚には王都から届いた商品が並んでいる。


「緊張しますね」


「わたしもよ。宣伝はしているけれど、お客様、来てくださるかしら」


リディアと顔を見合わせてから、扉を開いた。


記念すべき最初のお客様は、女性だ。

香辛料の棚で足を止め、リディアの説明を聞いている。

わたしは別の棚を整えながら、ついそちらを気にしてしまう。


女性は一つ選び、代金を払うと、品物を受け取って出ていった。


「ありがとうございました」


見送ったあと、リディアと目が合い、二人で小さく笑い合う。

初めて、お買い上げいただけた。とても嬉しい。


昼が近づくにつれ、ほかのお客様も入ってくるようになった。

使い方を尋ねられれば説明し、商品を手に取ってもらう。


「この布地、もう少し明るい色はないの?」


織物を見ていた女性に聞かれ、わたしは棚を確かめた。


「申し訳ありません。今、ご用意があるのはこちらの色だけなんです」


「そう。手触りは好きなのだけど」


女性はすこし迷ったあと、布を戻した。

気に入ってくださったのに、色が合わなかったようだ。


「リディア、今のお客様が探していた色を、書いておいてもらえる?」


「はい。こちらに」


差し出された紙には、すでに商品と希望の色が記されていた。


「早いわね」


「あとで思い出そうとすると、忘れてしまうかもしれませんから」


「ありがとう。とても助かるわ」


帰る前にお客様の声も聞いておきたいと思ったのは、間違いではなかった。


***


開店から一週間が過ぎた頃、閉店後にリディアと帳簿を見ていた。


「今日は、織物を見ていく方が多かったわね」


「はい。ただ、一週間で見ると、生活雑貨も同じくらい出ています」


「あら、本当ね」


今日は何人も織物の前で足を止めていたから、その印象が強かったけれど、記録を見ると確かにそうだ。


「色違いを尋ねられることも多いので、こちらにまとめました」


リディアは、毎日つけている記録も並べてくれる。

わたしは両方を見比べながら、次に送ってもらう商品を決めていく。


ルシアンはとっくに仕事を終え、帰っている。

わたしは隣国に残り、三人の店員と相談しながら、商品を置く場所や説明の仕方を調整した。

補充も一度に増やさず、小分けに運んでもらう。


忙しく過ごしているうちに、開店からひと月近くが経っていた。


ある日の午後、店の奥で書類を確認していると、織物の色を尋ねる声が聞こえた。

顔を上げると、リディアが棚から商品を取り出して見せている。

もう一人は会計をし、倉庫から戻ってきた補助の人が、減っていた品を補充していた。


わたしは立ち上がりかけて、椅子に座り直した。

わたしが手を貸さなくても、三人で対応できている。


***


閉店後、みんなに集まってもらった。


「明日、王都へ向けて出発しようと思います。これからは、三人でこのお店をお願いしたいの」


三人がこちらを見て、頷いた。


「リディア。王都への報告は、あなたを中心にまとめてもらえる?」


「私でよろしいのですか?」


「ええ。売上も、お客様の反応も、きちんと記録してくれているでしょう。これからもそれを聞かせてほしいの」


「分かりました。ご報告します」


わたしは、帰国後の連絡について書いた紙を渡した。


「普段のお店のことは、三人で相談して進めてください。仕入れを大きく増やすことや、新しい取引については、わたしへ確認をお願いね」


「はい」


「売上と在庫は書状で。急ぎのことは急使を使ってください。判断に迷ったときも、遠慮なく知らせて」


商人向けの急使なら、道の状態がよければ翌日にも王都へ届くことがある。

わたし自身も様子を見に来るし、必要なら商会から人を派遣できることも伝えた。


わたしは持ち帰る資料を鞄に収めた。

安心して任せることができるようになったことがとても誇らしい。



翌朝、見送りに出てくれた三人に手を振り、馬車へ乗り込んだ。


お父様には、話したいことがたくさんある。

それから、ルシアンにも。もう、ひと月ほど会っていない。


馬車が動き出す。窓から振り返ると、店へ戻ったリディアが扉を開けていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。