第二十二話 わたしのお店
契約の翌日、わたしは仲介人に紹介してもらった職人と、店内を歩いていた。
以前にもこの建物を修繕したことがある方で、傷んでいる箇所を手早く確かめてくれている。
「補修と清掃、それから棚の製作をお願いします。細かな配置は、商品を選んでから決めたいと思っています」
「では、棚はまだ固定せずにおきましょう。入口側は低めでしたね」
「はい。よろしくお願いします」
必要な打ち合わせを済ませ、数日かけて王都へ戻る。
翌日、お父様に契約書を見せ、今後の予定を伝える。
「開店したら、ひと月ほど向こうにいたいの。お客様の反応も、働いてくださる方たちの様子も、自分で見ておきたくて」
「分かった。こちらの仕事は任せなさい」
「ありがとう、お父様」
それから一週間ほど、商品の選定や輸送の準備に追われた。
香辛料に生活雑貨、織物。最初は種類を分けて少しずつ運ぶ。
仕入れ値に輸送費を加え、現地で見てきた価格とも比べながら、仮の値段を決めていった。
***
再び隣国へ向かい、
改装中の店の扉を開けると、木の香りがした。
壁も床もきれいになり、新しい棚が並んでいる。
「この棚を、もう少し奥へ動かせますか?」
職人と位置を調整しながら、入口からの見え方を確かめる。
棚の間を歩いてみると、図面上で考えていた想定よりも通路が狭い。荷物を持ったお客様も通れるように、すこし間隔を広げてもらった。
その合間に面談を進め、働いてもらう三人も決まった。
店頭を担当する二人と、荷物の受け取りや倉庫整理を手伝ってもらう一人だ。
「わたしも、この国のことはまだ勉強中です。気づいたことがあれば、遠慮なく教えてくださいね」
そう伝えると、正面に立っていた女性が頷いた。
「リディアです。以前の店でも接客と帳簿を担当しておりました。お役に立てるよう努めます」
「ありがとう。よろしくお願いします」
リディアはこの近辺出身で、落ち着いた受け答えをする印象がある。
商品について説明したあと、用意してきた価格の一覧も見てもらった。
「こちらは、すこし高く感じるかもしれません」
リディアが指したのは、生活雑貨の一つだった。
「近くのお店にも似たものがあるのですが、もう少し安く買えますので」
教えてもらった値段で計算してみる。下げても、必要な利益は残せそうだ。
「では、こちらの価格にしましょう。ほかにも気になるものはある?」
「はい。こちらも確認していただけますか」
一つずつ相談しながら、一覧を書き直していく。
わたしが見て回っただけでは、分からないこともある。現地の方の意見を聞いてよかった。
***
ある日の夕方、資料を広げていると、入口からルシアンが顔を出した。
彼も自分の商会の仕事で隣国に来ていて、今日は予定が早く終わったらしい。
「ずいぶん、お店らしくなったね」
「でしょう?働いてくださる方も決まったの。あとは輸送の予定を確認していて」
机の上の紙を見せると、ルシアンが隣に立った。
「最初は少ない量を何度かに分けたいの。そちらのお店を始めたときは、どうしていた?」
「僕たちもそうしたよ。売れ方に合わせて、途中で変えられる方がよかったから」
「やっぱり。その方針で進めるわ」
予定を書き込んで次の資料を取ろうとすると、彼が机を見回した。
「エレノア、これを全部一人で見ているの?」
「最初だから。商品も価格も、理由を説明できないまま任せるのは不安なの」
「気持ちは分かるけど、無理はしないでね」
「うん。店が動き始めたら、任せられるところは任せるつもりよ」
彼は資料を一枚持ち上げた。
「では、今日はこの確認まで?」
「……そうね。これが終わったら片付けるわ」
わたしが笑うと、ルシアンも笑った。
***
数日後、店は開店の日を迎えた。
入口の上にはベルフォード商会の看板。棚には王都から届いた商品が並んでいる。
「緊張しますね」
「わたしもよ。宣伝はしているけれど、お客様、来てくださるかしら」
リディアと顔を見合わせてから、扉を開いた。
記念すべき最初のお客様は、女性だ。
香辛料の棚で足を止め、リディアの説明を聞いている。
わたしは別の棚を整えながら、ついそちらを気にしてしまう。
女性は一つ選び、代金を払うと、品物を受け取って出ていった。
「ありがとうございました」
見送ったあと、リディアと目が合い、二人で小さく笑い合う。
初めて、お買い上げいただけた。とても嬉しい。
昼が近づくにつれ、ほかのお客様も入ってくるようになった。
使い方を尋ねられれば説明し、商品を手に取ってもらう。
「この布地、もう少し明るい色はないの?」
織物を見ていた女性に聞かれ、わたしは棚を確かめた。
「申し訳ありません。今、ご用意があるのはこちらの色だけなんです」
「そう。手触りは好きなのだけど」
女性はすこし迷ったあと、布を戻した。
気に入ってくださったのに、色が合わなかったようだ。
「リディア、今のお客様が探していた色を、書いておいてもらえる?」
「はい。こちらに」
差し出された紙には、すでに商品と希望の色が記されていた。
「早いわね」
「あとで思い出そうとすると、忘れてしまうかもしれませんから」
「ありがとう。とても助かるわ」
帰る前にお客様の声も聞いておきたいと思ったのは、間違いではなかった。
***
開店から一週間が過ぎた頃、閉店後にリディアと帳簿を見ていた。
「今日は、織物を見ていく方が多かったわね」
「はい。ただ、一週間で見ると、生活雑貨も同じくらい出ています」
「あら、本当ね」
今日は何人も織物の前で足を止めていたから、その印象が強かったけれど、記録を見ると確かにそうだ。
「色違いを尋ねられることも多いので、こちらにまとめました」
リディアは、毎日つけている記録も並べてくれる。
わたしは両方を見比べながら、次に送ってもらう商品を決めていく。
ルシアンはとっくに仕事を終え、帰っている。
わたしは隣国に残り、三人の店員と相談しながら、商品を置く場所や説明の仕方を調整した。
補充も一度に増やさず、小分けに運んでもらう。
忙しく過ごしているうちに、開店からひと月近くが経っていた。
ある日の午後、店の奥で書類を確認していると、織物の色を尋ねる声が聞こえた。
顔を上げると、リディアが棚から商品を取り出して見せている。
もう一人は会計をし、倉庫から戻ってきた補助の人が、減っていた品を補充していた。
わたしは立ち上がりかけて、椅子に座り直した。
わたしが手を貸さなくても、三人で対応できている。
***
閉店後、みんなに集まってもらった。
「明日、王都へ向けて出発しようと思います。これからは、三人でこのお店をお願いしたいの」
三人がこちらを見て、頷いた。
「リディア。王都への報告は、あなたを中心にまとめてもらえる?」
「私でよろしいのですか?」
「ええ。売上も、お客様の反応も、きちんと記録してくれているでしょう。これからもそれを聞かせてほしいの」
「分かりました。ご報告します」
わたしは、帰国後の連絡について書いた紙を渡した。
「普段のお店のことは、三人で相談して進めてください。仕入れを大きく増やすことや、新しい取引については、わたしへ確認をお願いね」
「はい」
「売上と在庫は書状で。急ぎのことは急使を使ってください。判断に迷ったときも、遠慮なく知らせて」
商人向けの急使なら、道の状態がよければ翌日にも王都へ届くことがある。
わたし自身も様子を見に来るし、必要なら商会から人を派遣できることも伝えた。
わたしは持ち帰る資料を鞄に収めた。
安心して任せることができるようになったことがとても誇らしい。
翌朝、見送りに出てくれた三人に手を振り、馬車へ乗り込んだ。
お父様には、話したいことがたくさんある。
それから、ルシアンにも。もう、ひと月ほど会っていない。
馬車が動き出す。窓から振り返ると、店へ戻ったリディアが扉を開けていた。




