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第十八話 君と恋がしたい

街の窓に灯りがともり始め、水面にも細く光が揺れている。


『帰るまで、つないでいてもいい?』

そう聞かれて頷いたけれど、家に着けば、この手を離さなくてはいけないのが寂しい。

わたしが歩調を緩めると、ルシアンも足を緩めた。


「このまま帰るの、少し惜しいな」


「この先に、夜になると綺麗な場所があるんだ。もう少しだけ、付き合ってくれない?」


「……わたしも、もう少し一緒にいたいです」


彼は嬉しそうに笑うと、つないだ手を軽く引いた。


川沿いの坂を上った先には、街並みを見渡せる遊歩道があった。

道沿いの灯りと、建物の窓からこぼれる光。

いつも歩いている王都が、少し違って見える。


「綺麗ですね。こんな場所、知りませんでした」


「僕も、偶然見つけたんだ」


並んで景色を眺めていると、風が髪を揺らした。

耳にかけ直そうとしたところで、名前を呼ばれる。


「エレノア。君に、話しておきたいことがあるんだ」


ルシアンは景色ではなく、わたしを見ていた。

わたしも彼へ向き直る。


「実は、子どもの頃に君を見かけたことがある」


「わたしを?」


「うん。父について、ベルフォード商会へ行ったときに」


商会にいらしたの?

わたしは記憶をたどった。

幼い頃、帳簿から顔を上げたときに、商人と一緒に入ってきた男の子を見たことがある。

けれど、その顔までは思い出せない。


「もしかして……男の子がお父様について来ていたことがあったわ。わたし、自分と同じように仕事の見学に来たのかしらと思って」


「そうだったんだ。僕は、君が帳簿に向かっていたのを覚えてるよ」


「そんなところを見られていたのですね」


「すごく楽しそうだったから、印象に残ったんだ」


ルシアンは少し笑った。


「話をしたわけでもないのに、不思議と忘れなかった。でも、君がどんな人なのかを知ったのは、再会してからだよ」


もっとちゃんと見ておけばよかった。お友達になれていたかもしれない。

そう思いながら彼を見つめていると、つないだ手に少し力がこもった。


「初めは、仕事相手として力になれたらと思ってた。君と話すと、僕も新しいことを考えたくなるし、一緒に仕事をするのが楽しくて」


「わたしもです」


「うん。でも、だんだんそれだけじゃ足りなくなった」


彼が小さく息を吐いた。


「仕事の用がなくても会いたい。おいしいものを食べたら、君にも食べてほしい。気づいたら、そんなことばかり考えていたんだ」


胸がどくんと高鳴る。

わたしは、彼から目を離せない。


「エレノアが好きだよ。一人の女性として、君が好きだ」


彼はわたしの手を握ったまま、待っていてくれた。


「……わたしも、ルシアンが好きです」


彼の表情がほどけた。


「本当に?」


わたしが頷くと、ルシアンは空いている手で口元を覆った。


「……よかった。エレノア、抱きしめてもいい?」


わたしが小さく頷くと、

つないでいた手がほどかれ、代わりに背中へ腕が回る。

どうしたらいいのかわからなかった手を、彼の上着へ添える。

すると、抱き寄せる腕に少しだけ力がこもった。


「嬉しいよ、エレノア」


わたしもです。

そう答えたつもりだったけれど、声はとても小さくなってしまった。

しばらくして腕が緩むと、ルシアンがわたしの顔を覗き込んだ。


「いつから、そう思ってくれていたの?」


「はっきりと気づいたのは、ルシアンが出張から戻られた日です」


「じゃあ、寂しかったって言ってくれたときは?」


「まだ、気づいていませんでした」


あのときは、どうして連絡をくれなかったのか、そればかり考えていた。

それを話すと、彼は申し訳なさそうに笑った。


「次は、ちゃんと伝えるからね」


「はい。……それから、ほかの方と親しくしているのを見て、嫌だと思ってしまったこともあります」


そこまで話すつもりはなかったのに。


「ほかの方?」


「それは、秘密です」


顔を背けると、彼は追及せずに笑ってくれた。


けれど、もう一つ。

このまま黙っていてはいけないことがある。


「ルシアン」


「うん?」


わたしは上着に添えていた手を下ろした。

彼の顔を見ようとしたけれど、うまく見れずに少しだけ視線が落ちる。


「わたし、一度結婚で失敗しているでしょう。だから……また誰かの妻になることを考えると、怖いのです」


ルシアンは、静かにわたしの言葉を待った。


「好きだとお伝えしたばかりなのに、こんなことを言って、ごめんなさい」


「謝らなくていいよ。聞かせて」


わたしは息を整えた。


「前の結婚では、妻なのだから、夫の役に立たなくてはと思っていました。商会の仕事も、好きだという気持ちも、後回しにして。気づいたら、自分が何をしたいのか、わからなくなっていたのです」


今は、商会で働く毎日が楽しい。

その中でルシアンに会えることが嬉しい。


「また、同じようになってしまうのではないかと……」


彼を疑いたいのではないけれど、好きだという気持ちだけで、あの頃の辛さが消えてくれるわけではなかった。

ルシアンが、下ろしていたわたしの手を取った。


「僕は、君が好きだから、一緒にいたいんだ」


顔を上げると、彼はまっすぐわたしを見ていた。


「今すぐ、結婚のことまで決めなくていいよ」


「……いいのですか?」


「うん。僕はただ、エレノアと恋がしたい」


恋が、したい。


「今日みたいに、一緒に食事をしたり、歩いたり。仕事の話でも、そうじゃない話でも、君と話したい。意見が違ったら、そのときはちゃんと話し合おう」


わたしは彼の手を見つめた。

今日、手をつなぎたいと言ったときも、この人はわたしの返事を待ってくれた。


「わたし、商会の仕事を続けたいです」


「うん」


「それに、ルシアンとも、もっと一緒にいたい」


ずいぶん欲張りなお願いをしてしまったかもしれない。

彼は笑って頷いた。


「僕も。仕事をしている君も好きだし、こうして二人で過ごす時間も、大切にしたい」


目の奥が熱くなる。


「そんなふうに言ってくださると、もっと好きになってしまいます」


ルシアンの目が、少し見開かれる。

それから、彼はわたしの手を離し、そっと腕を広げた。


「エレノア、おいで」


今度は、自分から一歩近づいた。

背中へ腕を回すと、彼もわたしを抱きしめてくれる。


「……可愛い」


頭の上から聞こえた声に、顔を上げられなくなった。


「もう。今は、顔を見ないでください」


「うん」


返事をしたくせに、笑っているのがわかる。

わたしは彼の上着を、きゅっと握った。


「ルシアン」


「何?」


「また、二人で出かけたいです」


「もちろん。どこへ行こうか」


彼の腕に包まれながら、話を続けた。



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