第9話
葵さんに見せられたのは、ブレイズファングに同行した時にS級指定モンスター、漆黒のキマイラを倒した時の動画だった。
「こんなのもあるよ」
次は暁組に同行した時の動画。
俺はダンジョン管理局にポーターとして登録している。ダンジョンに入る時、識別用タグを身に着けているので、顔を隠し声を変えていてもダンジョン管理局員である葵さんには俺だということがバレてしまう。
「ここの講習で学んだことが活かせました」
「そんなわけないでしょう。ダンジョン管理局でポーター向けにやる戦闘講習なんて、最低限のものなんだから」
「基礎の応用ですよ。例えばほら、この動画でぬかるんだ泥の上を沈まないように歩いて、コメント欄では『忍者みたいに水の上を歩いてる』って言われてたやつ。これはポーターが荷物を極力揺らさないように歩く歩行法を応用してます」
ダンジョン管理局で学べる歩行法は、古流剣術の移動方法を元に改良されていったもの。かつてこの国にいた忍者たちもそれを使っていた。俺も馴染みがあるんだ。
「じゃ、じゃあこのキマイラを倒したクナイの切れ味はなんなの? 蓮君なら申告してないなんてことはないと信じてるけど、本当に伝説級の武器を拾ったりしたわけじゃないんだよね?」
「はい。もしレアアイテムを拾ったら規則通りパーティーリーダーに提出しますし、リーダーさんから報酬としてもらったりしたら、全て葵さんに申告しに来ています。今ここで例の武器を出しても良いですか?」
「えぇ。お願い」
腰に着けたバックからクナイを取り出してテーブルの上に置く。
「基礎訓練で習った武器のメンテナンス方法、それからS級攻略者パーティーに同行した時に教えてもらった研ぎ方で切れ味をあげています。あっ! とても切れ味が良いので刃の部分には絶対触らないでください」
葵さんが触ろうとしていたので、慌てて止める。
「柄の部分なら大丈夫? 上等級ってことを、鑑定スキルで確認させてほしいの」
「柄なら大丈夫です」
葵さんは窓口担当としては珍しい、鑑定スキルを持つ人。本当ならダンジョンアイテム鑑定士として、俺なんかがこうして気軽に会いに来れないようなポジションになっていてもおかしくない。
「それじゃ、見てみるね」
柄に手を当て、葵さんが目を瞑る。
俺のクナイが青色に輝きだした。
「……ほ、本当に上等級なんだ」
「D級ダンジョンで大量に拾ったやつですから」
簡単に入手できて、そこそこ俺の力にも耐えてくれる。クナイとして使用するので、投げた後に回収できない可能性も考慮し、極力安価で強度の高いものを探した結果、コレが最適であると導き出した。
「じゃあ次はこれが、キマイラを倒せるだけの武器であることを証明してください。動画で映っていたものと、これが同じであることを確認したいの」
「なにか斬ってもいい硬いものはありますか?」
「ちょっと待ってね」
葵さんが事務所に戻っていく。
少し待つと、拳大の石を持って帰ってきた。
「超硬岩、これを斬ってみて」
「いつも思いますけど、ダンジョンのアイテムとか素材って不思議な名称が結構ありますね」
「未開のダンジョンを最初に踏破して、素材なんかをはじめて見つけた攻略者が命名権を持つの。ちょっと前までは攻略者の栄誉だったんだけど、今は一部のS級攻略者が多くの命名権を持ってる。自分たちだけじゃ考えられないからって、攻略配信のコメント欄から良さそうな名前を付けちゃうことが多くなってて……」
「な、なるほど」
「さて。気を取り直して蓮君、これを斬って。魔法障壁を持つキマイラの硬皮ほどじゃないけど、これも固有級か英雄級の武器じゃないと傷もつけられない素材よ」
蓮君は素手で砕いてたみたいだけど──そんなことを葵さんが呟いた。
「じゃあやりますね」
真上から軽くクナイを振り下ろす。
斬った超硬岩はまだ分裂しない。
「……ん? え? も、もう斬ったの?」
これで斬れたと信じていない様子の葵さん。
俺が机をトンッと叩くと、真ん中から超硬岩が真っ二つにわれた。
「はい。斬れてます」
「え、えっ?」
机まで一緒に斬ってしまわないよう注意した。
うまくいってほっとする。
「どうやら本当に上等級の武器で、キマイラの首を斬っちゃったみたいですね。こうして目の前で見せてもらっても、まだ信じられないけど」
そう言いながら葵さんは窓口の端末で何かを打ち込み始めた。
「蓮君が嘘をついてないのはこれで証明ができました。なにかあれば私が証言します。それから今後世間が騒いでも、ダンジョン管理局は貴方の味方です」
葵さんに信じてもらえて良かった。
配信のコメント欄で『ズルしてんじゃねーよ』、『どうせレア武器の力だろ』とかたくさん書き込まれているけど、葵さんが俺を信じてくれてるって思うだけで、そういう雑音が全部どうでもよくなる。
「これで私が聞かなきゃいけないことは終わりです。次は蓮君が何しに来たのか教えてもらっていいかな?」
「実は、こんなのをもらいまして」
今日学校で受け取った富嶽学園の推薦状を見せる。
「これって、富嶽学園の推薦状? え、本物? しかも区分が特Aって書かれてるから、学費も生活費も、装備費だって全部学園が負担してくれる最高の待遇だよ!」
「みたいですね。高校の先生もそう言ってました」
「凄いじゃん! おめでとう! 今日は私にこれを見せに来てくれたってこと?」
葵さんはダンジョン管理局の職員であることを忘れたかのように、俺が富嶽学園の推薦状をもらったことを喜んでくれた。
「はい。ダンジョン管理局で特別に許可してもらってポーターやってる俺が、富嶽学園に入っても良いのかって聞きたくて」
富嶽学園がどんなところか知らないが、学費や生活費がかからなくなるのはありがたい。高校を卒業したら大学には行かず、ダンジョン攻略者になって生計を立てていく予定だった。
でも家賃がかからなくなり、食費も出してくれるなんていう好待遇。それに在学中でも成績優秀者は攻略者登録をして、ダンジョン攻略に行けるという。俺には断る理由がない。
氷浦にも言われたしな。『何を成したか、だけじゃなく誰が何を成したかで世間は評価を変える』──って。だから俺は日本最高峰のダンジョン攻略者育成機関であるらしい、富嶽学園を卒業しておきたいと考えている。
「えっとね。実を言うと、特別指定で未成年ながらポーターになった子っていうのは、成人してもそのままダンジョン管理局の指示でポーターをしばらく続けてもらわなきゃいけないの」
「はい。特別指定の承認をいただく時、葵さんに説明していただいたのを覚えています。今日はその制限がどの程度のものなのか、詳細を聞きたくて来たんです」
「なるほどね。私の説明を覚えててくれて嬉しい」
葵さんがニコニコしてる。
やっぱり美人さんだなぁ。
こんな美人が講習してくれたんだから、俺は当時彼女が説明してくれた一言一句を覚えている。特別指定を受けたことによる行動制限などは聞かされていない。当時の俺はずっと忍びつつポーターをするつもりだったので、特に質問もしなかった。
「特別指定された子って、大学いけないの。普通はそのままダンジョン管理局に入ってもらうから。管理局所属のポーターとして活動してもらう。でもその方が助かるって子が多いんだよ」
「それも調べました。だからこれ、どうにかならないかなって」
改めて推薦状の封筒を指さす。管理局所属のポーターは家賃補助が出るが、満額ではない。家賃の自己負担があるし、食費も出ない。装備費だって個人持ち。それらを考えると、富嶽学園に特A区分で入学した方が断然良い。
「わかった。私に任せて。なんとかしてあげる」
「え、良いんですか?」
「うん。管理局の関東エリア統括部に知り合いがいるんだ。ちょっと相談してみる」
そう言って葵さんがスマホを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。
「あ、もしもし。葵だけど。うん、うん。お久しぶりでーす。実は今日、少しお願いがあってですねぇ」
かなり軽い感じで話してる。
葵さんの知り合いって、どんな人なんだろう。
「そうなの。だからその風魔 蓮君って子が富嶽学園に入学できるよう、特別指定の制度をちょっと変えてほしいの。──えっ、OK? ほんと!? わー、ありがと!」
まだ電話してる葵さんが、俺に向かってグッとサインを見せつけてきた。
……マジ?
電話一本で東京都の制度が変わることある?
あの……。
その電話口の方、いったいどなたですか?
それから葵さんって何者なんですか?




