第8話 清水 葵
ダンジョン管理局 東京第13支部。
その1階、一般窓口。
「田中さん。またダンジョン攻略中にアイテムを破損させたみたいですね。同行した冒険者パーティーの方から苦情が来ています」
「……すみません」
黒髪眼鏡の美女が、きつい口調でポーターの男性を叱責している。彼女が胸元に着けるネームプレートには『清水 葵』と書かれていた。
「次も同じ失敗をしたら降格です。D級以下のパーティーにしか同行できなくなりますからね」
「そ、そんなぁ!? D級以下だけなんて、生活できなくなっちゃいます!」
「スキルやアイテムバックの対振性能に頼り切るんじゃなく、もっと歩法などの訓練をしてください。ポーターの基本ですよ。ダンジョン管理局では基礎訓練セミナーを無料で開催しています。以前も参加をおススメしましたよね」
「んなこと言ったって時間ねーしよ。訓練なんてめんどくさいし」
「は?」
田中というポーターの怠け癖に、清水 葵は怒りを覚えた。彼女はとあるポーターが日々の厳しい鍛錬によって、アイテムやスキルに頼らず荷運びを完璧にこなしていることを知っていた。だからこそ余計に田中の──否、このダンジョン管理局 東京第13支部に登録しているほとんどのポーターの怠慢さに嫌気がさしていた。
「俺だってもっと良い装備があればミスなんてしないはずなんだ。ちょっと運が悪くて、レアなアイテムバックを手に入れられないだけなんだよ。そうだ! ほら、最近SNSで話題になってるあのポーター! アイツが持ってる超レアなアイテムバックさえあれば、俺だってうまくやれるんだ。だから俺にアイツを紹介してくれないか? ダン管職員ならどこの誰かしってるんだろ? なぁ、葵ちゃん、頼むよぉ」
全て運のせい、アイテムのせい。
大した努力もせず、全て他責志向。
親しい間柄でもないのに、名前を呼んでくる。
葵は我慢の限界だった。なにより陰ながら尊敬している《《彼》》が、運良くレアなアイテムバックを手に入れ、そのおかげで活躍できているだけだと考えられていることを許せなかった。
「田中さん。ダンジョン管理局からの連絡事項は以上です。お引き取りください」
「なんでぇ。もうちょっと俺の話を聞いてよ」
「これ以上居座るなら、警備を呼びます。その場合の処遇がどうなるかは、ポーターになる際の研修でお伝えしているはずですが」
ダンジョン管理局内でのポーターの立場はあまり強くない。ここはダンジョンに関する全ての管理を行う機関であり、ダンジョンを攻略して国に利益をもたらす攻略者の対応が何より優先される。それを無視して、荷物運びが強く何かを主張することは許されていないのだ。
「うぐ。わ、わかったよ。また来る。じゃあね、葵ちゃん」
最期まで名前を呼んでいく田中に嫌悪感を感じつつ、葵は心の中で『もう私の窓口にくるな!』と中指を立てていた。
「はぁ……。もう最悪」
窓口から事務所へ一旦下がった葵の口から言葉が漏れる。
ポーターだからと見下したいわけではない。しかしダンジョン攻略者になれず、仕方なしにポーターになった輩には、なぜか怠惰で他責志向の人間が多くなる。
「清水先輩、お疲れ様です」
「ミクちゃーん。私、今日はもう無理かもぉ」
ダンジョン攻略者の書類手続きを進めている後輩の美玖に抱き着きながら、葵が泣き言をいう。
「ポーターさんの対応、連続5人目ですもんね」
「なんで私のところばっかり並ぶかな!?」
「清水先輩は美人ですし、ポーター研修の時にすごく優しい感じで説明しちゃうから。どうしても皆さん、先輩を頼りにしちゃうんですよ」
「頼りにしてくれるのは嬉しいけどさ。私、ただの事務職だよ? 窓口担当の。上司とかに意見する権限なんてないんだから、私を頼っても無駄無駄むだぁ!」
「またそんなこといってぇ」
葵は窓口担当だが、ダンジョン管理局 関東エリア統括部長の孫である。その気になれば無理を通すこともできなくはない。
「しつこく個人の連絡先聞いてくる人もいるし……。なんなの? こっちは真面目に仕事してんの! 誰が仕事中に個人の連絡先なんて教えるもんですか!!」
「美人なのも大変ですねぇ。あっ! 清水先輩、呼び出しされてます」
葵が担当する窓口に、また人が来たようだ。受付内容はモニターの色でおおよその内容が分かるのだが、そのモニターは本日6連続目となる『ポーター関連の問い合わせ』を示すグレー色になっていた。
「…………まじ?」
「あの、お疲れ様です」
憐みの視線を向け、美玖は自分の仕事を進めるためデスクに向かっていった。
「行くしか、ない、のか」
重い足取りで葵は窓口に向かった。
「はい。ご用件は?」
怒りを抑えるため、極力ポーターの顔を見ないようにして窓口に出た。6人連続ポーターが来たことに憤りを感じた葵だが、それは6番目に来たポーターのせいではない。内容次第では顔を見て対応しよう。逆にもし名前で呼ぶような輩であれば絶対に目は合わせない。窓口担当失格であると自覚しながらも、彼女はそう考えていた。
「清水さん、今日は忙しいんですかね? いつもと様子が違いますが」
「えっ」
葵が目線を上げると、心配そうな顔の風魔 蓮がいた。
「俺は急ぎじゃないんで、また出直してきますね」
「待って! 蓮君はいいの! ごめんね、蓮君だって気付かなくて」
さっきまでの不満げな顔が嘘のように、葵は表情が明るくなった。
「ほら、座って座って!」
立ち上がり、去ろうとしていた蓮の腕を引いて強引に席に座らせる。そして個人情報や機密事項を話し合う時に使う遮音パーテーションを降ろした。
「えっと、コーラだよね。ちょっと待ってて!」
「あ、お構いなく」
「はい。お待たせ!」
「はっや」
「蓮君が来てくれた時すぐ出せるよう、そこの冷蔵庫にストックしてあるから」
ダンジョン管理局の窓口では大手の攻略者パーティーにはドリンクを提供することがある。しかし葵が自らドリンクを出すのは蓮にだけである。
「ありがとうございます。清水さん」
「他人行儀だなぁ。葵って呼んでって、ずっと言ってるのに。葵って呼んでくれなきゃ、申請とか受け付けてあげないぞ?」
「それは困ります! ……あ、あおい、さん」
照れながら名前を呼ぶ蓮を見て、葵は悶絶しそうになるのを必死で堪えていた。
(か、可愛い! さっきのまでのダメな男たちとは大違い!)
心の中でガッツポーズを決めつつ、表面上はあくまで「頼れるお姉さん」の仮面を被り続ける。
「ふふっ。よく言えました。蓮君は偉いなぁ。他のポーターも見習ってほしいよ」
「また誰かに無茶な要求をされたんですか?」
「うん。でもいいの。蓮君の顔を見たら疲れも吹き飛んじゃった。というか来るなら事前に連絡してよ。私の連絡先を渡したでしょ」
葵は頬杖をつき、うっとりと蓮を見つめる。彼女が蓮を特別扱いする理由は、単に顔が好みだからというだけではない。
彼が誰よりも基本を大切にしているからだ。
高校生である蓮は本来、ダンジョンには入れない。ただ彼には親族がいないこと、ダンジョン適性があったこと。そして定期的にダンジョン管理局が開催する講習に欠かさず参加しているため、特別にダンジョンへ入る資格を与えられている。
登録当初から蓮は、誰よりも熱心に基礎訓練セミナーに通い詰めた。歩法、荷物の重心管理、地図の読み方、魔物の生態知識。地味で面倒な基礎を、彼は決して疎かにしなかった。
その結果、彼はここ数年で一度も業務中の破損事故を起こしていない。アイテムやスキルに頼らず、己の肉体と技術だけで完璧な仕事をする。
それがどれほど困難で、尊いことか。多くのポーターを見てきた葵だからこそ、蓮の凄さが理解できたのだ。
「それで今日はどうしたの? 新しい依頼を受けたいの? それとも──」
葵が窓口のモニターを蓮の方に向けた。
「この動画の説明をしに来てくれたのかな?」
それはポーターであるはずの蓮が、ダンジョンで無双する配信動画だった。




