第7話
「よし、入金確認っと」
月曜日の朝。蓮はスマホで銀行口座の残高を確認して頬を緩めた。
【残高:572,480円】
先日の暁組からの依頼報酬50万円が振り込まれている。高校生にとっては大金だ。これまで普通のポーターとして仕事をこなし、稼いできた額のおよそ10倍の金額が一度に手に入った。これで家賃の支払いも余裕だし、今夜はスーパーの半額弁当じゃなくて、定価の弁当にお惣菜まで付けられる。
「ふふっ」
思わず笑みがこぼれた。
「た、たまには焼肉行っちゃったりしてもいいかな? いいよな!?」
忍び耐える訓練をしてきたといっても彼は現代の若者。年相応の食欲がある。
「ただクラスのみんなに誘われてもずっと断ってきた俺が誘って、都合よく付き合ってくれるかな? ひとりで焼肉に行くのは、ちょっと寂しいしなぁ……」
危険度S級のモンスターを前にしてもひるまない風魔 蓮が珍しく不安そうな顔を見せていた。
──***──
悩みを抱えつつ、蓮は高校に向かった。
彼が教室に入ると、クラスメイトたちは先日のように例のポーターの話で盛り上がっている。
「あのポーター、また出たな」
「今度は暁組と組んでたって」
「まだフリーなのかな?」
「そのうちどっかと専属契約するだろ」
「そうだな。強すぎるもん」
「超硬岩を素手で砕くとか人間じゃねぇよ」
「あの人、なんでポーターやってんの?」
クラス中が昨日の地獄谷ダンジョンの話題で持ちきりだった。蓮は興味なさそうに参考書を開くふりをする。もちろん耳は全力でクラス内の会話を拾っている。
(話題にされるのは気持ちいいな。それに高校のクラス内でもこれだけ騒がれてるんだから、依頼も増えそうだし)
既にかなりの数のオファーが届いているが、彼が求めるのは楽に稼げる仕事。多少危険でも短期間で終わる依頼や、いざという時の護衛という役割で通常時はただパーティーに同行するだけで良い依頼などのことである。
暁組の依頼が後者だった。あの時の終盤は蓮も普通に戦闘に参加していたが、配信で戦力を見せつけるという目的があったので問題ない。
(今日も帰った後のメールチェックが楽しみ)
そんな蓮のワクワクを消し去るように、前の席から彼を不快にさせる声が響いた。
「呑気なやつらだな。たかが野良ポーターに一喜一憂して。蓮もそう思うだろ?」
声の主は氷浦 祥吾。
この前はその野良ポーター、つまり蓮のことを使えそうだと言っていた彼だが、今日は見下す発言をしだした。周りがあまりに騒ぐので、面白くなくなったようだ。
「本当の強さってのは、あんな見世物みたいな腕力じゃない。洗練された技術と、それを裏付ける権威だ」
氷浦はチラリと蓮の方を見て鼻で笑った。
「技術は分かるけど、権威もいる?」
「いるに決まってんだろ。権威性ってのは重要なんだ。何を成したか、だけじゃなく誰が何を成したかで世間は評価を変える。今は多くがあのポーターに注目してるけど、それも長くは続かない。このご時世、素性を隠し続けるなんてできないからな。あのポーターがどこの誰か分かれば、これほど騒がれなくなるはずだ」
「……へぇ。じゃあその権威を身に着けるにはどうすればいいの?」
「ダンジョン攻略者なら簡単だ。権威のある学園を卒業すれば良い。例えば、富嶽学園とかな。まぁあそこは学費が高いから、バイトに明け暮れるしかない蓮には無関係の場所。ちなみに今日、俺の元には富嶽学園から正式な合格通知が届くことになっている。選ばれた人間だけが手にできる、プラチナチケットだ」
得意げに語る祥吾。
その時、窓際にいた女子生徒たちが騒ぎ出した。
「ねぇ、あれなにかな」
「わっ。リムジンだ」
「校庭に入ってきた」
「誰かを送ってきたか、迎えに来たとか?」
「やば。ドラマみたい」
校庭に滑り込んできたのは、漆黒の高級リムジン。ボンネットには日本の最高峰、富嶽学園の校章である富士と桜のエンブレムが輝いている。
「あれって富嶽学園の校章だよな」
「あー。てことは氷浦の……」
教室がざわめく中、氷浦が立ち上がった。
「来たか。郵送でいいと言ったのに、わざわざ使いを寄越すとは。富嶽学園も俺という才能を放ってはおけなかったか」
氷浦は学ランの襟を正し、氷浦は教室を出ていった。
それから数分後──
『風魔 蓮君、校長室へ至急来てください』
校内放送で蓮が呼び出された。
「え、俺?」
「おい、蓮。何やったんだよ」
「教員室じゃなくて校長室って」
「なにやらかしたの?」
「なんもやってねーって」
そう言いながら蓮は教室を出て校長室へ向かう。
校長室に近づくと、蓮にとって聞き覚えのある声が何やら騒いでいた。
「俺の入学が取り消しって、どういうことだよ!?」
声の主は氷浦だった。
「失礼しまーす」
取り込み中かもしれないが、何があったのか少し気になった蓮はそのまま校長室に入る。中には氷浦と校長、教頭、学園主任。そして黒服サングラスの男が3人いた。
「彼が風魔 蓮君です」
学年主任の先生が黒服たちに蓮を紹介する。
「風魔 蓮君、はじめまして。我々は富嶽学園学長、沙霧 半蔵様の指示により、ここへ来ました」
黒服の一人が恭しく一礼し、懐から豪奢な封筒を取り出す。金色の箔押しがされたその封筒を、蓮の両手で丁寧に差し出した。
「蓮君。君を我が校の特待生として招待したい。これはその正式な推薦状です。学費、生活費、装備費、すべて学園が負担します。どうかご入学を検討ください」
「……え? い、いきなりそんなことを言われましても」
蓮は訳が分からず、とりあえず封筒を受け取る。
蓮の視界の端で、顔を真っ赤にして震えている男がいた。
「な、な…。なんで蓮なんだ! ふ、ふざけるなッ!!」
もちろんそれは氷浦 祥吾。
「なんで蓮なんだよ! そいつはただの貧乏人だぞ! ダンジョン適性だって俺よりずっと低い! なにかの間違いだろ! その推薦状は俺のものだ!!」
氷浦が黒服に掴みかかった。
黒服は冷静に対処する。
「氷浦 祥吾君。君には学園からメールで連絡が入っているはずだ。それを確認してくれ」
そう諭され、氷浦はポケットからスマホを取り出し、血走った目で画面を見る。そこには1通のメールが届いていた。送り元は富嶽学園事務局。
【入学内定取り消しのお知らせ】
「……は?」
震える手でメールを開く。
【氷浦様。厳正なる再審査の結果、貴殿の入学内定を取り消すこととなりました】
「後日、正式な文章が郵送されるはずです」
「う、嘘だ……。親父が、寄付金を積んだのに……」
ガクガクと膝を震わせ、氷浦はその場に崩れ落ちた。
黒服の男が冷ややかな視線を氷浦に向ける。
「当学園は実力主義。金で席を買おうとする者は不要という決定です」
男は再び蓮に向き直ると、丁寧に一礼した。
「では蓮君。まだ急ぎませんが、学長が『孫娘が首を長くして待っておる』と申しておりました。良き返事をお待ちしております」
それだけ言い残し、黒服たちは校長室から退出していった。
残されたのは金色の封筒を手にした蓮と、床に膝をついて絶望する氷浦。そして事態を飲み込めず呆然とする校長と教頭、学園主任。
「え、孫娘って誰?」
蓮の素朴な疑問だけが、静寂の校長室に虚しく響いた。




