第6話 〈配信コメント欄〉
地獄谷ダンジョン24階層──
A級パーティー『暁組』の攻略配信は、異様な盛り上がりを見せていた。
〈進軍ペース速すぎじゃない?〉
〈もう24階層のボス手前だもんな〉
〈平均的な攻略タイムより1時間も早い〉
〈でもちゃんとアイテム回収してる〉
〈それでこの速度は異常だな〉
〈先頭のリュージが調子いいのか?〉
〈いや違う。最後尾を見ろ〉
画面に映っているのは、泥と湿気が支配する歩きにくい湿地帯。重装備の攻略者たちが足を取られて苦戦する中、巨大なリュックを背負ったジャージ姿の男──風魔 蓮だけが、まるで舗装された道路を歩くかのように平然と進んでいた。
〈なんだこいつ〉
〈なんで泥に沈まないんだ?〉
〈体重ないの?〉
〈忍者みたいに水の上を歩いてる〉
〈忍者ってwww〉
〈あっ。ここは確かトラップが──〉
画面の端から、毒矢のトラップが作動した。
先頭のカイトが気づくより早く、蓮が手にしたクナイを軽く投擲する。
キンッ
空中で矢が弾き落とされ、回転したクナイはブーメランのように蓮の手元に戻っていった。
〈はぁぁぁ!?〉
〈今って視線動かさず投げたよな?〉
〈うん。上半身ほとんど動いてなかった〉
〈手首のスナップだけで投げてんの!?〉
〈しかも得物は手元に戻って来てる〉
〈いや、意味わかんねーな〉
〈投擲スキルが神がかってる〉
〈なるほど。この支援があるから順調なのね〉
トラップやモンスターの急襲を確実に無効化できる蓮の活躍により、暁組はこの地獄谷ダンジョンの24階層攻略タイムで歴代最速を叩きだそうとしている。
〈あ、あのリュージがお礼を言ってる〉
〈マジか〉
〈強面ゴリラのリュージが笑ってる?〉
〈パーティーの雰囲気変わったな〉
例の最強ポーターが暁組に同行しているという噂がSNSで拡散され、視聴者数がどんどん増えていく。
そんな中、湿地帯の主である中ボス級モンスター『アイアントレント』が現れた。全身が鋼鉄のように硬い樹皮で覆われた植物モンスターだ。
無数のツタが鞭のようにしなり、周囲の岩を巻き込んで投擲攻撃を仕掛けてくる。
〈うわっ、岩が飛んできた!〉
〈ちょ、デカすぎ!?〉
〈危ねぇ! 避けろ!〉
〈当たったら即死だぞ!〉
直径1メートルはある超硬質の岩石が蓮めがけて飛来する。
蓮は荷物を下ろさず、一歩前に出た。
そして右拳を突き出す。
爆音と共に、岩が粉々に砕け散った。
〈…………は?〉
〈ファッ!?〉
〈え、えええええええ!?〉
〈アイツ、超硬岩を砕いたぞ〉
〈待って。あの岩そんな名称なの?〉
〈ちょうこうがん、かと思ってた〉
〈ちょー硬いわ、は流石に嘘乙〉
〈ダンジョンWiki見てみろよ。マジだから〉
〈ホンマやwwww〉
〈おい、マジなのやめろ〉
〈ふざけた名前なのに凶悪すぎんだろ〉
〈タンクでも正面から受ければ潰れるぞ〉
〈そんな岩をポーターが砕いた?〉
〈なんの装備だろ?〉
〈力の指輪だけじゃ拳が砕ける〉
〈堅甲との併用とか?〉
〈いや、でも待てって〉
視聴者の多くが気付いた。
〈このポーターってどう見ても──〉
〈素手っぽいんだよなぁ〉
〈うん。それな〉
ダンジョン産のアイテムは基本的に、強化したい身体の部位に近いほどその効果が高まると知られている。しかし蓮は超硬岩を砕いた右手に何の装備も着けていない。
〈いやいやいや!〉
〈超硬岩だぞ!? 鉄より硬い岩だぞ!〉
〈どーなってんだよ……〉
〈身体強化系のバフアイテムも未使用〉
〈アイテムじゃなくて、スキルとか?〉
〈それもないな〉
〈エフェクト出てないからスキルじゃないっぽい〉
〈じゃあなに? アイツは生身で岩を砕いたと?〉
〈それが一番ありえんだろ〉
コメント欄がパニックになる中、蓮は止まらない。トレントが振り回す鋼鉄のツタを、クナイで次々と切り落としていく。
〈アレって上等級なんだよな〉
〈そうらしいな〉
〈上等級って下から2番目のランクだろ?〉
〈D級ダンジョンでゲットできるぞ〉
〈そんな武器で鋼鉄がスパスパ切れるわけないだろ!〉
そう。もちろんただ上等級の武器をそのまま使っていない。蓮が祖父から受け継いだ『研ぎ』の技術によって、とてつもない切れ味を有する刃物と化している。それはダンジョン産アイテムのレアリティで表すなら、間違いなく伝説級である。
〈見た目がスコップなだけの聖剣かもな〉
〈ちなみに各地でクナイ型武器が売切続出〉
〈買ってる奴は中に当たりがあると思ってんの?〉
〈1本でもあんなん出来るのあれば儲け〉
〈切れ味が良過ぎて怖い〉
〈トレントがビビって震えてるぞww〉
〈てか暁組のメンバーが誰も手出ししてねぇ〉
〈レンの戦闘を見てるだけじゃん〉
〈これもうポーターが主役だろw〉
「ていっ!」
最終的に蓮はトレントの幹にスコップを突き立て、コアを一撃で破壊した。
巨大な樹木が光の粒子となって崩れ落ちる。
蓮は何事もなかったかのようにクナイを軽く振り、いつものように汚れを落とす。
〈か、かっけぇぇ……〉
〈ちょっと惚れた〉
〈俺も明日クナイ買うわ〉
〈↑お前じゃ無理定期〉
〈暁組は彼をいくらで雇ったんだろ?〉
〈100万とかなら安く感じる〉
〈それじゃ赤字になるだろ〉
〈君、馬鹿なん?〉
〈あ゛ぁ゛!?〉
〈ここの30階層は一種の登竜門なの〉
〈到達できれば攻略者としての信頼度が上がる〉
〈仕事がもらえたり色んなメリットがあるんだ〉
日本では地獄谷ダンジョンの30階層まで到達していることがS級パーティに昇格する条件のひとつにされていたりもする。
〈特定班、ポーターの身元まだ割れないの?〉
〈ダンジョン攻略者IDはわかってる〉
〈でもそれだとアプリで連絡できるだけ〉
〈攻略者ネームはレン。年齢は非公開〉
〈身長170くらい、体重は軽そう〉
〈声も変声機つかってるみたいだし〉
〈実質なんも分かってないじゃん〉
〈こんな怪物が野放しになってんのかよ〉
〈ダン管さん仕事してる?〉
ダン管とはダンジョン管理局のこと。国の機関であり、ダンジョン攻略者の登録や管理、規定違反者の取り締まりなどを行っている。 もちろん蓮もダンジョン攻略者として正式に登録済みだ。それを証明する攻略者タグを首から下げている。
〈このポーター、体格はまだ細いな〉
〈女性か子どもか〉
〈未成年はダンジョンに入れんだろ〉
〈ダン管が特別に許可出せば入れんだよ〉
〈へぇ。そうなんや〉
〈日本のティアワンのひとりは未成年やぞ〉
〈え。まじ?〉
〈それって沙霧 刃じゃない方の?〉
〈そう〉
〈俺、それも知らんかったわ〉
〈強すぎて子どもって感じがないからな〉
視聴者たちの話題が逸れていくが、その間も蓮の無双は続いた。
中ボスエリアを抜けた先の『毒蜂の巣』エリアでは数百匹のキラービーが襲来してきたが、蓮はクナイの柄にワイヤーを結び、高速で回転させて全て叩き落とした。
〈すげぇぇ〉
〈ここってこうやって抜けるんだ〉
〈絶対防御圏と俺が命名〉
〈ちょっとカッコイイw〉
〈人間ファランクスだな〉
〈そっちも良いな〉
〈リュージが爆笑しながら死骸回収してる〉
〈手のひらクルクルしてて草〉
〈楽な仕事だなオイ〉
その後、暁組は蓮の支援を受けて29階層のボスも楽々撃破した。目的の30階層へ到達。通常なら20階層からでも5時間かかるルートを、わずか2時間で踏破したのだ。
〈レコードタイム更新じゃね?〉
〈歴史的瞬間を見た〉
〈暁組は最強の助っ人を手に入れたな〉
〈このポーター、絶対に離すなよ!〉
〈囲え囲え!〉
〈次の配信いつ? 絶対見るわ〉
〈チャンネル登録した〉
配信終了の挨拶をするカイトとリュージ、そして魔術師の女性。3人とも蓮と握手をしながら、満面の笑みで感謝を伝えている様子が映し出された。




