第50話
翠は可愛いので、ひとりで待たせたらナンパとかされちゃう可能性がある。だから急ぎで着替えた。とりあえず俺より早く奏多が更衣室の外に向かってくれたから、大丈夫だろうって思ってたんだけど……。
「君可愛いね。俺らと遊ぼうよ」
「えっ。お、俺っすか?」
お前がナンパされるんかい!!
更衣室を出て少し歩いたところで、奏多がふたりの男に話しかけられていた。
「俺っ子?」
「声も可愛いねぇー」
男女のデザインにほぼ差がない水着とラッシュガード。そのせいで奏多が女性だと勘違いされている。顔が良いし細身だから、男子更衣室から出てきたところを見ていなければそうなるのも仕方ない。
「ひとりで遊びにきたの?」
「ここ、夜間は治安悪いから。俺らと一緒の方が良いよ」
「あの…。えっと、その」
奏多が困ってる。
俺はどうすべきか悩んでいた。彼女を助けに行くとして、それはどういう立場で行けば良いんだろうか。奏多が男装女子だからややこしい。『そいつは男です』って言ったら、『確認させろ』ってなるかもしれない。それは非常にマズイ。
そもそも奏多はくのいちなんだから、本気で嫌なら実力行使も出来るはず。
マジでこれ、どうすりゃいいんだ。
「かなたー! おまたせ!」
翠がきた。
そして彼女も当然のように彼らの標的になる。
「わぉ。美女きた」
「君の友達?」
「え、あなたたち、誰ですか?」
「これから君らと遊ぶお兄さんだよ」
「そうそう。俺らB級攻略者なんだ。お金も力もあるよ」
男たちがニヤニヤしながら、翠と奏多の肩に手を回そうとする。B級のダンジョン攻略者。それは一般人からすれば雲の上の存在だ。常人の数倍の筋力を持ち、凶悪なモンスターを狩る現代の特権階級。
でも俺には関係ない。
「ごめんなさい。彼女らは俺の連れです」
男の手首を軽く払い、翠と奏多を背後に隠した。
「あ? なんだお前」
「この子らの彼氏?」
「彼氏ではないです」
「なら邪魔すんな。俺らは今、この子らと話してんの。一般人は消えろ」
「嫌です」
「あ゛ぁ゛?」
男のひとりが苛立ちを隠さずに詰め寄ってきた。身長は俺より少し高い程度だが、かなりガタイが良い。俺を睨みつけながら胸倉を乱暴に掴み上げる。
「痛い目見なきゃ分かんねぇか? ダンジョン外じゃスキルは使えねぇが、それでもお前の腕をへし折るくらい──」
胸倉を強く引き寄せられた拍子に、俺が着ていたラッシュガードの裾が大きくめくれ上がった。
「えっ」
男の言葉が唐突に止まる。
胸倉を掴んでいた手の力が緩んだ。
彼らの視線は俺の顔ではなく、掴まれたラッシュガードの首元、そしてめくれた服の下に見える無数の古傷に向けられていた。
モンスターに付けられた噛み傷などではない。刃物による切り傷、刺し傷、火傷の痕、毒物による爛れ。それらが幾重にも重なる。
「な、なんだよお前、その傷⋯⋯」
「おい。ヤバいぞコイツ」
もうひとりの男も俺の傷を見て顔を引きつらせていた。B級攻略者である彼らは、それなりに修羅場も潜っているはず。だから気付いてくれたようだ。
「手、離してもらっていいですか?」
「ひっ」
男は慌てて手を離し後ずさった。
完全に戦意喪失している。
これならもう大丈夫だろう。
そう思った時。
「あ、蓮いた。お待たせ」
巨大な影が男たちを覆った。
「なっ!」
現れたのは、着替えを終えた颯だった。180センチ後半の巨体。がっしりとした筋肉を見せつけるように、ラッシュガードの前を開けての登場だ。
「ん? なにこの人たち?」
「なな、なんでもねえ!」
「ちっ! なんなんだコイツら」
男たちは捨て台詞を吐くと、逃げるように去っていった。
「助かったよ、颯」
「もしかして北条さんがナンパされてたとか?」
「そう。でも最初は奏多がターゲットだった」
「あ、ありえないっすよねぇー。あの人らも、なに考えてんだか。はははっ」
「奏多は顔が良いからね。ついでだったかもしれないけど、私も助けてくれてありがと」
いえ、奏多のことはそこまで⋯⋯。あの程度の奴らなら100人いても大丈夫だろうって思ってた。俺が守ろうとしたのはあなたですよ、翠様。
口には出さない。
それから俺の傷には誰も触れなかった。
「変な奴らもいなくなったし、プール入ろ!」
俺は明るく振舞いながら、話題を変えるようにプールの方を指さした。




