第49話
蓮たちはポータルを使用して、新宿ダンジョンから富嶽学園に帰ってきた。そして各自が学園から持ち出したダンジョン攻略用の装備などを返却し、帰宅準備をする。
「つかれたぁー!」
「お疲れ様。枢木君は大剣背負って走ってるから大変だよね」
「そのぶん良い修行になるでしょ。颯はまだまだ体力を付けなきゃ」
「走力も大事っすね。ダンジョン攻略の基礎中の基礎っす」
「確かに良い訓練になってる。今日はめっちゃ汗かいたから、早く寮に帰ってシャワー浴びたい」
「そういえば今日は給湯器の調整とかで、シャワーはお湯が出ないんだって。掲示板に書いてあった」
「……えっ」
颯が絶望に打ちひしがれた顔を見せる。
「そ、それじゃ蓮は、どうするつもりなんだよ」
「俺は水でも平気だから」
「右に同じっす」
平然と答える忍ズ。
「この時間だと、銭湯とか開いてないよな」
時刻は25時。深夜である。
「俺、お前らと違って水風呂なんて無理だぞ」
「女子寮の給湯器工事は来週だから、お湯出るよ」
「えっ、それって」
「こっそりこっちで入っちゃえば?」
「いいいい良いんですか!!?」
「いいわけねーだろ。もし翠様のお部屋に入ったら──」
蓮から颯に、かつてないほど強烈な殺気が放たれる。
「北条さん、ごめんなさい。丁重にお断りします」
「残念。みんながお風呂のついでに遊びに来てくれるかなって思ったのに」
「みんな? もしかしてそれ、俺たちもご招待を?」
一瞬、蓮は誘惑に負けかけた。
「いやダメだ。翠様のお部屋に颯を入れるなんて」
「なんでだよ」
「それじゃスパに行くのはどうっすか? 24時間営業してるとこがあるっす」
「スパ?」
「ちょっとお高いけど、温泉とかプールに入れる施設っす」
奏多がスマホで近場にあるスパを調べて画面を蓮たちに見せる。
「へぇ。面白そう」
「深夜に行くんじゃなくて、もっとガッツリ遊びに行きたい料金だ」
シャワーの代わりと考えるとかなり高額だった。
「なら明日の講義をサボって、のんびり遊びに行くのはどうっすか?」
「おいおいおい。悪魔的な提案してくるじゃん」
「沙霧君、俺らさっきまでダンジョン攻略してたんだよ? そんなの──」
「「行くに決まってるだろ!!」」
彼らは健全な男子大学生である。疲労は当然あるが、それより深夜の謎テンションで翌日の講義をサボってスパへ遊びに行くことが決定した。
富嶽学園では講義の出席率を重要視していない。ケガなどで実習に参加できないこともあるため、そのあたりは柔軟に対応される。
「とりあえず明日休むって九十九先生に連絡しとくっす」
不知火 華がいなくなり、代わりに蓮たち特進Sクラスの担任になったのは九十九 一という男性のA級攻略者だった。
「よろしく!」
「おら、わくわくすっぞ」
「あ、あの……。えっと」
なにか言いたげな北条 翠。
「翠も一緒にいかない?」
「俺らと一緒に悪いことしよー」
「いきます! 悪いことします!」
仲間に誘ってもらえて、翠は嬉しそうにはしゃぐ。
「実はもう4人休むって連絡してあるっす」
「やった!」
「せっかくなら4人で遊びたいな。水着ってレンタルとかあるの?」
「当然あるっす」
「いいねぇ。それじゃ、れっつごー!」
──***──
スパの受付。
「こんばんはー。4人お願いします」
「はい。深夜の時間帯ですので、身分証のご提示をお願いします」
受付の女性に4人は富嶽学園の学生証を見せた。
「確認しました。男性2名、女性2名でよろしいですね?」
「男性3名っす。学生証も男になってるっすよ」
奏多の発言で、颯は一瞬身体を強張らせた。蓮はなんとか平静を装った。翠も驚いた表情を見せたが、3人の後ろにいたのでバレていない。
ちなみに一番驚いているのは受付のお姉さんである。学生証を見て年齢と性別を確認したのに、奏多を目で見て脳は女性だと判断してしまったのだ。
「た、大変失礼いたしました。男性3名、女性1名ですね。こちらのバンドを身に着けてください。水着やタオルのレンタルはあちらのカウンターでお願いします」
「はーい」
奏多が率先してカウンターの方へ歩いていく。
「……まじか」
颯のその一言で、蓮も翠も彼が事情を知っていることを悟る。
「私は女子更衣室で着替えてくるね。プールの入口集合でいい?」
「うん。それで」
「またあとでー」
「さ、翠を待たせないように早く着替えるっす」
堂々と男子更衣室に入っていく奏多。
蓮と颯も後について行く。
幸い深夜と言うこともあり、人は少ない。
「あ、俺トイレ行ってから着替えるっす」
「おう」
「いてらー」
奏多の姿が見えなくなった。
「……なぁ、蓮は忍びだから気づいてるよな」
「奏多が男装してること?」
「そう。お前、良く平然としてられるな」
「いつ打ち明けてくれるかなーって思ってた。でも、もうダメなんじゃない? 俺ら学園内で結構有名になっちゃったし、いまさら女子でしたって言ったらヤバいことになる」
「まさに今ヤバいことになりそうなんですが!?」
「まぁなんとかなるだろ。ラッシュガードあるし」
レンタルした水着セットから、蓮が水着素材のトップスを取り出した。
「俺らはササっと着替えて、ここから移動を」
「あれ、君らまだ着替えてないんすか?」
「うひゃう!」
急に後ろから声をかけられ、驚いた颯が悲鳴をあげる。
「翠をひとりで持たせるのは色々と危ないんで、先にいくっすよー」
ロッカーに荷物を入れると、奏多は更衣室の出口へと歩いていった。
「⋯⋯着替えるのはっや」
「まさか着替えて登場とは」
「俺らも早くしよう」
「おう──」
服を脱いだ蓮を見て、颯の動きが止まる。
「蓮、お前の身体、凄いことになってんな。それって、今日できたのじゃないだろ?」
大小様々な傷が蓮の身体中にあった。
これまで富嶽学園の更衣室で着替えた時には腕に傷など無かったが、今は複数の傷が現れている。
「あー、これ? 修行してた頃の古傷だよ。いつもは忍びの術で隠してるんだけど、激しめの運動したときとかはどうしても浮き出てきちゃうんだよな。今日はちょっとガチ目に走ったからだと思う」
「おま、マジかよ⋯⋯」
「いやぁ、長袖のラッシュガードがあって助かった。俺も先に行くよ」
着替えを終え、歩いていく蓮。
彼は平然としていたが、颯は痛ましい傷跡が目に焼き付いて離れなかった。
蓮はどんなモンスターが相手でも余裕を崩さない。それほどの強さをどう手に入れたのか疑問だった颯だが、その答えの片鱗をみた気がした。
彼のような強さを手に入れるためには『あんな身体』になるほどの苦行をする必要がある。それを知り、今後は蓮の前で『強くなりたい』という言葉を軽い気持ちでは言えなくなった。




