第45話
配信用ドローンが蓮と颯のやり取りを撮影していた時、少し離れた場所にて。
「……蓮君って、人たらしだよねぇ」
「まぁ、否定はしないっす」
ドローンに音声を拾われないよう小声で、翠と奏多が話していた。
「私、蓮君に命令できる主君としての立場を放棄しちゃったの、少し後悔してる」
「そんなんなくても、翠が本気出せば蓮はなびいてくれるっすよ」
「そうかな? でもそれで奏多はいいの?」
「なっ、ななななにがっすか!?」
まるで『あなたは蓮を狙わなくていいの?』と聞かれたように奏多は思った。男装している奏多は、女であることが翠にバレたのではないかと激しく動揺する。
「蓮君と颯君が仲良くなっちゃたら、奏多は寂しいんじゃないかなーって」
「そ、そう言うことっすか。全然大丈夫っす」
忍びの役目から解放され、富嶽学園で青春生活を全力で楽しむことにした奏多が最初にやったのが、風魔 蓮を自分と同じ学園に入学させることだった。
どうせ共に青春を送るなら自分より強い男と一緒が良いという想いからそう行動したのだが、どうしても蓮と付き合いたいという感情はない。
彼女にとって強い忍びである蓮は『推し』であったが、異性として好きかと聞かれれば『良く分からない』というのが実情である。奏多も颯と同じように、蓮の隣に立って共に戦える今の状態に満足していた。
満ち足りているので、それ以上を求めない。
ただし、この状況が長く続けばどうなるかは分からない。人は欲望に忠実な生物であり、沙霧 奏多も忍び耐えることを止めたひとりである。
「スイー! カナター! そろそろ出発するよ」
「あ、はーい!」
「今行くっす」
──***──
その後、蓮たちは怒涛の勢いで90階層まで登っていった。
81層からは人型の武器を操るモンスターが出現し、時には数十体の群れとなってシノヴァーズに襲い掛かった。
ゴブリンやオーク、オーガと言った他のダンジョンでも良く出現するものから、ドラゴニュートなどの珍しいモンスターまで。
80階層までのモンスターより強くなってはいるが、覚醒した颯を先頭に突き進むシノヴァーズを足止めできるほどの敵はいなかった。
「とりあえずボス部屋まで問題なく来れたな」
「ハヤテ君が頼もしすぎたね」
「俺が攻撃を当てそこなった敵を大剣で斬るんじゃなく、体当たりで粉砕してたのヤバかったっす」
「今の俺なら行けるかなーって思った」
そんな会話をする彼らは既に90階層のボス部屋の前にいる。
「さて、ここは拡張されてから未踏破のダンジョンで、この先にいるボスの情報はない。ただ81階層からここまでに出現したモンスターの傾向から、人型のボスである可能性は高いな」
ダンジョンは何十階も上に登っていくか、下に降りていくものがある。どちらも5階層か10階層ごとに中ボスがいて、最終層にボスがいる。中ボスを倒して進むと、そこから先で出現したモンスターの系統や種別に応じた中ボスが出てくるようになっている。
「ダンジョンがアップグレードされたから、もしかしたら仕様変更もあるかもしれないっすよ」
「E級ダンジョンとかなら既に攻略情報が出てた。その仕様自体は変わってなかったって。ただここはA級だし、決めつけは良くない」
「そうだね」
「うん。だから人型モンスターが出てくるとして作戦を考えつつ、そうじゃなかった時の対策も決めておこう」
これまでかなり無茶な戦闘をしてきた蓮だが、流石に未知のボス戦となると慎重を期す。彼ひとりなら、どんなボスでも最悪逃げ出すことは可能だが、仲間を見捨てることは出来ない。この世の不条理を煮詰めたようなボスが出てくる可能性も考え、彼らは対策を話し合った。
10分後。装備やアイテムの最終確認を終えた蓮たちはボス部屋の扉を開けた。
そこには、広大な荒れ地が広がっていた。
「……広いな」
「あれ、ボスは? いなくね?」
「油断しちゃダメっす。こんだけ広いボス部屋だと、考えられるのはドラゴンみたいな飛行系か──」
突如、颯の前に出た蓮がクナイで何かを弾く。
それは超高速で飛来した矢だった。
弾かれた矢は近くにあった岩に深く突き刺さる。ボスの姿も見えないほど遠距離から放たれたはずの矢が、ここまでの威力であることに颯は冷や汗をかいた。
「遠距離攻撃系の敵だ。颯、広範囲のオートガードスキルを展開して」
「了解! 1発目、防いでくれてサンキュー!」
「カナタ、どこから飛んできたか分かる? 私の索敵範囲には引っかからない」
「たぶんあっちの方角っすけど、俺もボスの正確な居場所までは掴めないっす」
「おっと、また来たぞ!」
次は翠を狙った矢を蓮が叩き落す。
「今のは私が狙われた?」
「そうみたい。カナタならアレ防げるよね」
「任せろっす!」
「じゃあ二手に別れよう。固まってても狙われるだけだし」
「どう別れる?」
「俺と翠、颯とカナタでどうよ。先に倒した方の勝ちな」
「未踏破ダンジョンのボス戦でパーティー内レース提案するとかやべぇな。乗った」
「ハヤテ、頑張るっすよ!」
「よろしくね、レン君」
「はーい! それじゃ、よーい……。ドン!!」
4人が2組に分かれて走り出した。それぞれボス部屋内を左右の弧を描くように遠回りしつつ、矢が飛んできた方に向かって行く。
まずは奏多に向けて矢が放たれる。
「アサシンのスキルを最高まで伸ばした俺には止まって見えるっす!」
彼女は軽く矢を弾き飛ばす。
「悪いな、ほんとは俺が守る役なのに」
「これはオートガードでも、たぶんギリギリの速度っすね。敵の姿が見えるまでは俺が前を守るんで、見えた後は頼むっす」
「りょーかい!」
その頃、蓮は翠の速度に合わせて少しゆっくり走っていた。
何度か飛んでくる矢を全て完璧に弾いていく。
「レン君の後ろを走るの、はじめてかも」
「確かに。ずっとポーターやってたせいか、最後尾が落ち着くんだよね」
「私はレン君が後ろにいてくれて頼もしいって思ってたけど、こうして前を走ってくれるのもありだね。未踏のダンジョンにいて、前から凄い威力の矢が飛んできてるのに全く怖くないんだもん」
「へへ。では敵の元まで──」
3連射された矢が飛来したが、蓮はそれらを一切無駄のない動きで受け流す。
「某が姫様を完璧に守ってみせましょう」




