第43話
「次はハヤテの番ね」
80階層に移動した時、蓮がそんなことを言い出した。
「……は?」
「50階層の中ボスをスイが蒸発させ、60階層の中ボスを俺が切り刻み、70階層の中ボスをカナタが打ち砕いたんだから、ここはハヤテの出番だろ」
当然のように言ってくる。
「ハヤテ、がんばっす!」
「幻影に気を付けてね」
沙霧君も北条さんも、俺がひとりで戦うことに異論はないようだ。
「まてまてまて。なんで俺だけなんだよ。アイツは、ここのボスだぞ」
少し離れた場所で浮遊しているミストレイス。このダンジョンのボスであり、純粋な物理攻撃が無効な幽霊騎士だ。
「元・ボスな。ダンジョンがアップグレードされたから、ミストレイスはボスじゃなくなった。アイツの強さ自体は変わってないけど、ハヤテが持つ武器は強化されてる。つまり大丈夫ってこと」
なにが大丈夫なのか全く分からんが。
こいつら、もしかして俺に出番をくれようとしてるのか? そんなの全然要らないんですけど。てかなに? 君ら全員ソロで中ボス倒したから、俺にもやれと?
無理に決まってんだろぉぉぉ!!?
俺を、お前らバケモノと一緒にするんじゃない!!
蓮は世界中から集まったS級攻略者のドリームチームでも踏破できなかった深淵ダンジョンの1階層をソロで突破してる。沙霧さんは蓮と同じ忍びだ。蓮よりは弱いって言うけど、あの蓮が『俺ら結構強い忍びだから』とほぼ同列扱いしていた。つまり、一般人の俺からすると明らかに格が違うバケモノ。
北条さんは忍者とかじゃない一般人なんだけど、ダンジョン適性を測定するための水晶玉を破壊してしまうほどの適性率を持つ日本最強の攻略者。俺なんかとは次元が違う高みにいる存在だ。
そんな奴らが50から70階層の中ボスを倒して、なんで一般人の俺に80階層のボスを任せようとするんだよ!? そもそも物理職の俺とは相性悪いボスだし。
「颯なら行けるって。俺を信じろ」
やめろよ。
そんな目で見るなって。
いけるかもって、思っちゃうだろ。
「……わかった。ピンチになったら助けて」
「それは任せろ」
その言葉を信じ、俺は大剣を下段に構えた。
ミストレイスは純粋な物理攻撃が無効だ。ただ少しでも剣に魔法を纏わせるなどすれば、ダメージを与えられるようになる。つまり俺にも攻撃の手段があるってこと。
大剣の柄を握る手にじわりと汗が滲む。
蓮に教わった通り、俺は腹の底にある魄勁を無理やり剣に流し込んだ。
「いくぞ──」
縮地と言う歩法で敵に急接近する。
そして全力で斜め上に切り上げた。
「おらぁぁっ!」
渾身の一撃。
だがその手応えは、驚くほど軽かった。
ミストレイスは俺の大剣を受け流したんだ。
ギ…、ギギ……。
不気味な笑い声と共に、ミストレイスの魔剣が俺の肩を浅く切り裂いた。
「──っ!? あっつ! は? なんで熱いんだよ」
焼けるような痛みが走る。
冷たい幽霊の癖に……。
まるで魂が焼かれるような。
もしかしてこいつ、魂を直接焼いてくるのか?
だとするとヤバい。
あまり攻撃を受けるわけにはいかない。
二撃、三撃と大剣を振り抜く。
しかし俺が攻撃に込める魄勁は霧に霧散し、決定打にならない。逆に俺の体はミストレイスに刻まれていく。
ぜ、全然効いてねぇ!
これじゃ、勝てない……。
恐怖と疲労で膝が震え、俺はたまらず後ろを振り返った。
助けを求めれば蓮が「しょうがねえな」と言って来てくれる。そう信じて。
でも俺の目に映ったのは絶望だった。
蓮は腕を組んで突っ立っている。
沙霧さんも北条さんも動こうとしない。
俺が血を流し、死にそうになっているのに。
まるで我関せずというような静寂。
……助けて、くれないのか?
頭が真っ白になった。俺がここで死ぬなら、あいつらにとって俺はその程度の価値だったということか。
ギギ…、ギ…。
心折れた俺を嘲笑うかのように、ミストレイスが魔剣を高く掲げる。
もういい、諦めよう。
俺は一般人だ。
バケモノたちの本気に付き合える器じゃなかったんだ。
そう思って目を閉じかけた時──
今日までの記憶がフラッシュバックした。
蓮と一緒にダンジョン攻略をして忍びの技を教えてもらい、逆に俺が攻略配信でバズるモンスターの倒し方を教えた。
あれは楽しかった。
とても心躍る時間だった。
冗談を言い合って一緒に笑い、共にダンジョンを駆けた。
時には蓮が、世界の常識をひっくり返すのを間近で見てきた。
俺が死んだとしても、蓮はきっと止まらない。彼はこれからも凄い景色を見に行くんだろう。
誰も見たことがないダンジョンの高みを。
この世界の裏側を。そして、深淵のその先を。
…………嫌だ。
まだ死にたくない。
俺もその景色が見たい。
蓮の一番近くで、あいつと同じ景色を見たい。
蓮の隣で、胸を張って笑える唯一の友でいたい。
そのために力が必要だって言うんなら──
「……あ、あああああああッ!!!」
深い絶望は、一瞬で熱い渇望に変わった。
身体の深部から熱が込み上げてくる。
その熱が噴き出すのを邪魔する存在があった。
蓮が鍵を開けてくれた扉から漏れてくる熱もあるが、もっと奥にそれとは別の邪魔な扉が存在していた。俺の本能が開けろと言っている。
俺はその扉を、蓮の隣にいたいという執念だけでぶち破ろうとする。
「…………あ、開いた」
その瞬間、世界の見え方が変わった。
俺の全身からこれまでの比ではない、眩いばかりの顕魄が溢れ出した。手にする大剣が俺の力を受けて白く輝き、純粋なエネルギーの塊へと変質する。
ギッ…。ギギッ!!
ミストレイスはその変化を恐れたのか、先ほどまでの余裕を無くして俺に斬りかかってくる。その魔剣が振り下ろされるより速く、俺は一歩踏み込んだ。
「ぶっ飛べえぇぇぇぇええええ!!!」
大剣を全力で横一文字に薙いだ。
轟音と共に物理攻撃無効のミストレイスが吹き飛ばされ、ダンジョンの壁に激しく衝突する。そして僅かに身体を震わせると、光の粒子へとなって消滅した。
「はぁ、はぁ……」
大剣を地面に突き刺し、膝をつく。
「ハヤテ、お疲れ」
顔を上げると、いつの間にか蓮が目の前に立っていた。腕組みをして、何を考えてるのか分からない表情だった先ほどとは違い、いつも俺と笑い合う時の蓮だった。
「おい、レン。助けてくれるんじゃねーのかよ」
「ピンチになったら助けるって言った。でも俺の仲間があんな幽霊に負けるわけないから、のんびり見学させてもらったよ」
蓮が手を差し伸べてくる。俺はその手を掴み、立ち上がった。かなりダメージを受けたから体が重い。だけど、心は信じられないほど軽かった。
「とりあえずハヤテが覚醒したから、このダンジョンは攻略できるな」
……もしかしてそれ、俺が覚醒できなかったら危なかったんじゃねーの?
そんなことを思うが口には出さない。
俺は自分で蓮の隣に並ぶ力を得たんだ。
「それじゃ、まだ誰も踏み入れてない領域へ。いざ!」
迷わず先に進む蓮。
俺はその後ろを遅れずについて行った。




