第4話 沙霧 奏多
富嶽学園の学長室にて──
「じいちゃん、俺っす。孫が来たっすよ。なんか用っすか?」
ここに呼び出されたのは、まだ幼さの残る学生。
「奏多、急に呼び出してすまんな」
立派な白髭を伸ばした老人が、穏やかで緩みきった表情で奏多に話しかける。彼は沙霧 半蔵。日本最高峰のダンジョン攻略者育成機関として知られる富岳学園の創設者。そして彼自身も現役のS級攻略者である。
「じいちゃんの呼び出しなら、いつでも来るっす」
「お前はええ子じゃのう。刃とは大違いだ」
「兄ちゃんは俺以上に忙しいんすよ。またダンジョンの中で会ったら、たまには顔を出すように言っておくっす」
「あぁ、頼む。それで本題だが、奏多は昨日話題になった配信を見たか?」
「あれっすよね。ポーターがD級ダンジョンの武器でキマイラ瞬殺したやつ」
「そう」
半蔵が指を振ると、学長室に設置された大型モニターに映像が映し出される。そこには顔を隠した男が漆黒のキマイラを討伐する瞬間が映し出されていた。
「儂の見立てでは、この子はお前と同じ高校生だ。しかしかなり鍛えられとる。ダンジョン産の装備なんか身に着けんでも、複数人の大人をひとりで倒せる程度には強い。そこもお前と同じだな」
「……やっぱり、彼も忍びの者っすか」
「いや、技を隠そうとしてるようには見えぬ。時代に合わせ、忍ぶことを止めた者だろう」
奏多の表情が険しくなる。
「では忍びの技が世間に広まらないよう、早めに抹殺せよと指示を下すために俺をここに呼んだってことっすね? 俺ひとりで勝てるか分かんないすけど、なんとか頑張ってみるっす」
「違う。それはせんでよい」
「えっ」
「伊賀も甲賀も廃業した。儂らもこうして新たな資金源を確保せねばやっていけない時代になった。こうなってまで技を秘匿せよとは言わん。儂も彼を見て決心がついた。遅すぎたのかもしれんがな」
「で、では」
「あぁ。もう奏多は好きに生きて良い。今まで苦労をかけたな」
「マジっすか。や、やったぁぁぁあああ!」
全力でガッツポーズをする奏多。
「え、えっ。じゃあ、許嫁とかの件も白紙に!?」
「うむ。先方にはもう連絡してある」
「よしっっ!!」
「だからもう男のフリなどせんでよい」
奏多は勝手に決められた許嫁と政略結婚させられるのが嫌で、相手に諦めてもらうためにずっと男装してきたのだ。しかし──
「その件については要相談でお願いするっす」
「……もしや、男装が気に入ったか?」
「3年もやってりゃ、そうなるっす。もう男子と同じ部屋で着替えるのも楽勝っす」
「そ、それは流石にどうかと思うが……。まあよい。とにかく奏多は自由だ。これからは普通の少女として青春を謳歌するといい」
「その言葉を待ってたっす!」
奏多は瞳をキラキラと輝かせ、モニターに映る最強ポーターをビシッと指さした。
「だったらじいちゃん! こいつが欲しいっす!」
「……は?」
「俺が決めた青春の第一歩は『恋』っすよ! どうせ付き合うなら俺より強くて、同じ忍びの苦労を知ってる男がいい。つまりこいつしかいないっす!」
「あまりに飛躍しすぎておらんか? まだ会ったことも──」
「いやいや、そんなん必要ないっす! この迷いのない太刀筋! 隠しきれないアウトローな雰囲気! そしてなにより忍びの掟を破ってでも目立とうとするその根性! めちゃくちゃ推せるっす!」
奏多は興奮のあまり頬が紅潮している。
半蔵は孫の熱意に苦笑した。
「ふむ。まあ、彼ほどの腕前ならこの学園に迎えるのも良いだろう。だが問題がひとつある」
「問題?」
「高校生でポーターをやっておるなら、間違いなく特別指定を受けておる。家庭事情からして一般枠では応募してこないじゃろ。実際、入学希望者のリストに彼の攻略者IDはない」
「じゃ、じゃあ推薦枠とかで」
「今年の推薦枠は既に満席なんじゃ。定員オーバー。ダンジョン攻略者を育成する都合上、準備できる設備や装備の数に限りがある。これ以上は誰も入れられん」
「なーんだ。そんなことっすか」
奏多は学長机の上に置かれていた入学者リストを勝手に手に取ると、そのページをめくり始めた。
「じゃあ、この中から一番いらない奴を消せばいいだけっすね」
「こら、奏多。それは流石に──」
「あ、いたっす。こいつでいいや」
彼女が指さしたのは、リストの下の方にあった氷浦 祥吾という男の名前。
「こいつダンジョン適性はそこそこあるのに実技試験のスコアが低い。親父の寄付金とコネでねじ込まれてる裏口っすよね。しかも備考には『素行に難あり』って書いてあるっす」
「確かにその者は理事会からの圧力で仕方なく許可した枠だが……」
「ここは実力主義の富嶽学園っすよね? 金で枠を買うようなダサい奴は要らないっす」
奏多は迷わず、赤ペンで氷浦の名前の上に二重線を引いた。
「はい、これで一枠空いたっす! じいちゃん、すぐ彼に招待状を送るっすよ!」
諜報系の忍びである沙霧一族にとって、攻略者IDがわかっていれば素性調査は容易い。
「お前⋯⋯。昔から思い切りが良いとは思っておったが、ここまでとはな」
「それじゃ、あとはよろしくっす」
止める間もなく、奏多は嵐のように学長室を飛び出していった。残された半蔵は、赤線で消された氷浦 祥吾の名前を眺め、やれやれと肩をすくめる。
「まあよいか。所詮は金で買った席。実力者が来るなら、席を空けるのが道理というものじゃな」




