第3話
「――やめとけ、蓮。忍者なんて時代遅れだ」
冷たい雨が降る日だった。泥だらけになって訓練場を走る幼い俺を、親戚の大人たちは冷ややかな目で見下ろしていた。
「見てみろ、この魔導の杖で放つファイアボールの威力を。修行などしなくても、詠唱するだけで岩を溶解させられる。これが現代の力だ」
「汗水垂らして体術を磨くなんて時間の無駄。それよりダンジョンに潜って、レアなアイテムを確保し、使い方を覚えるべきと俺は思うがね」
「里長は考えが古い。お前はもっと賢く生きろ」
悔しくて、唇を噛み締めた。
口の中いっぱいに鉄の味が広がる。
じいちゃんの技は時代遅れなんかじゃない。
アイテムに頼りきった力なんて本物じゃない。
俺が証明してやる。
誰よりも速く。誰よりも強くなる。
たとえ世界中が不要だと笑っても、俺だけはこの忍びの技を研ぎ澄まし続けるんだ。
──***──
ジリリリリリリ!
「……なんだ、夢か」
スマホのアラームで現実へと引き戻された。
築40年、木造ボロアパートの一室。
身体を起こして大きく伸びをする。
「ふぁぁ……。昨日は久々に本気で動いたから良く寝られたのに、嫌なこと思い出しちまった」
軽く体を動かして調子を確かめる。
関節の違和感なし。筋肉痛もなし。
昨日のキマイラ戦での急激な加速と減速にも、俺の肉体は悲鳴を上げていない。毎晩欠かさず続けている柔軟と練気の成果だ。
「さてと。まずは昨日の成果確認といきますか」
俺は枕元のスマホを手に取り、SNSアプリを開いた。期待と不安が半々。もし炎上していたら面倒だけど、今より依頼が増える程度には話題になっていてほしい。
検索窓に『新宿ダンジョン』と打ち込もうとして、指が止まった。
トレンドの一番上に気になる一文があったから。
『ポーターがA級冒険者を救う』
「……これって、もしかして」
それをタップしてみる。
すれ違う僅かな時間でキマイラの首を斬り落とす攻略者の映像が映し出された。
「おぉ。やっぱり俺か」
昨日、俺が漆黒のキマイラを倒す瞬間の切り抜き動画が表示された。それは1個や2個じゃない。いくらスクロールしても終わらないくらい、色んな加工をされた俺の動画が流れている。
それぞれのコメント欄は祭り状態だ。
〈何回見ても意味不明ワロタ〉
〈これ合成だろ? 早送りしてない?〉
〈↑解析班がチェック済み。ノー編集らしい〉
〈AIで加工した形跡もないってさ〉
〈そうなるとますます信じられんな〉
〈魔法障壁ごとブッた斬るとか〉
〈あのクナイ型スコップなんなの〉
〈どこのアーティファクトだよwww〉
〈特定班まだー? どこ所属のポーター?〉
〈かっこいいな。俺も明日からスコップ持つ〉
大元であるブレイズファングの配信は再生数が一晩で3千万回超え。
大手ニュースサイトまでもが『新宿ダンジョンに現れた最強ポーター、危険度S指定キマイラをアンコモン武器で瞬殺』という記事を出している。
「……ちょっと、やりすぎたかな?」
目立つのは予定通り。
でもまさかここまでとは。
顔は隠してたし、本名も出していない。あくまで謎の凄腕ポーターとして認知されただけ。だから俺が高校に通っていることはバレずに、裏で高額依頼を受けられるはず。そうであってほしい。
日本では特別な事情が無い限り、未成年がダンジョン攻略者になることは法律で禁止されているから、金欠な俺はこうするしかなかった。
「ま、なんとかなるでしょ。学校行こ」
俺は深く考えることを止め、制服に着替えた。
今日は普通の高校生、風魔 蓮になる日。
──***──
「あっ、蓮。お前も昨日のブレイズファングの配信見た?」
教室に入った瞬間、飛び込んできたのはその話題だった。
「見たよ。あのポーター凄いな」
他人事のように反応しておく。
「上等級武器でキマイラ瞬殺とかヤベーよな」
「実はS級攻略者だったりして」
「ポーターのフリしてみた──ってやつか」
「それはちょっとありそう」
クラスの男子は興奮気味に話し合っている。女子たちも数人が話題にしているのが聞こえてきた。それを忍者の修行で得た聴力強化術を使い、全力で聞き取る。
そうしながら俺は、俺の話題で盛り上がる女子たちの横を知らん顔して通り過ぎ、自分の席に座った。この自分が話題にされる感じは、とても気分が良い。
かつて時代遅れとバカにされた技が、今はネットを通じて数百万、数千万という人に衝撃を与えている。昨夜の夢で見た親戚たちの蔑んだ顔が、脳裏で粉々に割れる音がした。ちなみにあの人たちは己の力を過信し、無茶なダンジョン攻略を強行した結果、全員がダンジョン内で消息を絶った。
政界や裏社会とコネのあった人たちがみんな消えたせいで、風魔は忍里として完全に廃業することになったんだけど……。
自席に座って少しすると、前の席の男子が登校してきた。
「おい蓮、お前もあのスコップ野郎の動画見た?」
コイツは氷浦 祥吾。
ちょっとめんどくさいヤツ。
「見たよ。いろんなSNSで話題になってたし」
「あのポーター、なかなか使える動きをしてたな」
「あー。うん、そうだね」
かなり上から目線の物言い。
少しイラっとしながら、適当に相槌を打つ。
氷浦は親が不動産王で金持ち。本人もダンジョン適性が高いという、典型的な持ってる奴だ。
ちなみにダンジョン適性っていうのが高いとダンジョン産アイテムのスペックをフルで使えたり、良いスキルを修得しやすくなる。今の日本では高校3年生になった4月に全国一斉適性検査が行われる。
「すまん、お前みたいなダンジョン適性が低い人間には関係ない話だったな。昨日も遅くまでバイトだったんだろ? 小銭稼ぎにご苦労なこった」
俺のすり切れた鞄を見て、氷浦が鼻で笑う。
「実は俺、日本最高峰の富嶽学園 ダンジョン攻略科への推薦入学が決まったんだ」
「へぇ、そりゃすごい」
「だから今のうちに構想を練ってるんだ。今日は気分が良いから、特別にお前にも聞かせてやるよ」
氷浦は自信満々にニヤリと笑い、教室の窓から見える遠くの山──日本最大のダンジョンがある富士山を指さした。
「俺がプロになってチームを立ち上げたら、あの最強ポーターを雇う」
「……あの人を?」
「そう。所詮は荷物持ち。金を積めば尻尾を振ってついてくるだろ。俺の魔法剣で敵を殲滅し、あのポーターを最大限有効活用してやる。そうすればあの難攻不落の『深淵ダンジョン』も攻略できる」
己の野望を口にして意思を固めたのだろう。満足げにふんぞり返り、俺に哀れみの視線を向けた。
「蓮も少しダンジョン適性があったんだから、あのポーターの動画を見て勉強しとけよ。接客業なんかの底辺バイトより稼げるぜ。ただ俺には最強ポーターがいるからお前は雇えない。すまんな」
俺は内心で大きくため息をついた。
(はいはい。頑張ってね)
お前が探しているその最強ポーターはたった今、あることを決めたらしい。
数億円積まれたって、お前みたいな奴の荷物持ちにはならないってな。
俺は冷めた目で窓の外の富士山を眺める。
(深淵か……。一回行ってみるのもありだな)




