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忍者の末裔は忍ばない  作者: 木塚 麻弥
第3章 忍者と主君

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第37話

 

「ヤバいヤバいヤバい! アイツ、何者っすか!?」


「わ、私だって知らない!」


 沙霧(さぎり) 奏多(かなた)北条(ほうじょう) (すい)が、なにかから必死に逃げていた。


 奏多は忍びの超人的な身体能力を。翠はダンジョン産装備とアイテムで強化された身体能力を全力で駆使して、少しでも()()から距離を取ろうとする。


「──っ! 危ないっす!」


 真横を並走していた翠の手を引き、急停止させる。直後、翠がそのまま進んでいたら頭が通ったであろう場所に、大太刀が投げ込まれた。


「あ、危なかった。沙霧さん、ありがと」


「御礼なんていいっす。それより……。もう追いついてきやがったっす」


 奏多と翠の前に現れたのは、黒鉄の甲冑を纏った巨大な武者だった。

 

 3メートル近いその巨躯からは凍てつくような殺気が溢れ出し、周囲の空気を重く塗り変えていく。その兜の奥で揺らめく蒼い鬼火が二人を射抜いた。


 奈落を統べる漆黒の亡霊──ケンシン。


 ケンシンが手を開くと、翠に向けて投げられたはずの大太刀がそこに現れた。


 戦うしかない。

 そう判断し、奏多が武器を構える。


「北条さん、最大火力で援護して!」

「う、うん。わかった!」


 奏多が電光石火の速さで踏み込み、特殊短剣で鎧の隙間を狙う。キィィンという甲高い金属音と共に火花が散るが、その肌には傷一つ付かない。それでも問題ない。この攻撃は、ただケンシンの意識を削ぐためのもの。


 奏多がケンシンの鎧を蹴って離脱する。そこへ間髪空けずに翠の放った極大の氷結魔法が直撃した。爆音と共に氷柱がケンシンを閉じ込めるが――。


「⋯⋯ヌルイ、ヌルイゾ」


 容易く氷が砕け散り、ケンシンの一振りが翠を襲う。彼女は恐怖のあまり、動けなくなっていた。


「いぎっ!」


 攻撃を受けたのは奏多だった。身を挺して翠を庇ったのだ。奏多は短剣でその攻撃を受けたが、大太刀の衝撃波だけで脇腹が裂かれ、鮮血が舞った。


「沙霧さん! くっ……。こ、これでもくらいなさい! 焦熱(しょうねつ)極星(きょくせい)・ノヴァ!!」


 翠が放ったのは、周囲一帯を蒸発させるほどの超広範囲爆炎魔法。


 一瞬、ケンシンの視界が炎に包まれる。


 その隙に翠は負傷した奏多を抱え、必死に奥の通路へと逃げ込んだ。



 ――***――


「ハァ、ハァ…。こ、これで、少しは⋯⋯」


「ほ、北条さん。ちょっと、聞いてほしいっす」


 物陰に身を隠し、奏多が青白い顔で翠を見上げた。回復アイテムで傷口を塞ぎはしたが、痛みはまだ和らがない。


「もう少しすれば、きっと蓮君が来てくれるっす」


「だ、だけどあのバケモノは強すぎる! 蓮君でも勝てるか」


「今のままじゃ、キツいかもっす。蓮君って、北条さんの臣下なんすよ。彼は北条さんの前じゃ、全力で戦えないかもしれないっす」


「私が居ちゃダメってこと?」


「そうじゃないっす。北条さんが彼に、主君として本気で戦うように命じてほしいっす。そうすれば──」


 奏多の言葉が終わるより早く、背後の壁が紙細工のように粉砕された。その崩れたダンジョンの壁を荒く踏みつけ、ケンシンが姿を現す。


「敵二背ヲ見セテ逃ゲルトハ。実二愚カナリ」


 翠に歩み寄り、冷酷に大太刀を振り上げる。


 先ほど詠唱を破棄して強引に極大魔法を行使したことで、翠の魔力は尽きている。奏多も腹部の痛みで、思うように動けない。


 翠が死を覚悟し、目を閉じた。




「──ナンダ、貴様ハ?」


 翠の目の前で大太刀が止まっていた。 


 ケンシンの右腕を掴み、その場で完全に固定している影があった。





「おい。俺の姫様に手ぇ出してんじゃねーよ」




 いつもポーターとしての役目を完璧にこなし、翠には笑顔で回復薬を手渡してくれる青年と同一人物とは思えない、鬼神のような雰囲気を纏った風魔 蓮がその場に立っていた。


 彼から放たれる漆黒の殺気が、S級ダンジョンの大気を歪ませる。


「──ッ!!?」


 ケンシンの蒼い鬼火が激しく揺れた。戦うために生まれた化け物が、目の前の存在を己の天敵だと本能で察知したのだ。


 腕を掴まれた場所から蓮の勁が内部へ浸透し、鎧を内側からミシミシと軋ませる。


 ケンシンは躊躇しなかった。今すぐこの男から離れなければ存在が抹消される――そう判断した怪物は自らの右腕を左の手刀で叩き斬り、鮮血を撒き散らしながら後方へ大きく飛び退いた。


 蓮は翠を守るように立ち、ケンシンへの追撃はしなかった。


「オ前、強イナ⋯⋯。貴様ガ相手デアルナラ、我ガ真ノ姿デ戦オウ」


 このままでは目の前の男に勝てないと判断したケンシンは、残った左手で自らの鎧を力任せに剥ぎ取り始める。


「コノ姿ハ、カツテ戦ッタ最強ノ忍ビタチニモ見セテイナイ。誇リニ思ウガイイ」


 甲冑の下から現れたのは、全身が黒い筋肉の塊のような異形の鬼人。切り落としたはずの右腕も生えてきている。それは、かつて風魔の上忍たちが数人がかりで挑んだ際も変身させることすら叶わずに全滅したという、ケンシンの真の姿。


 しかし蓮は()()()()()()で、この状態のケンシンを圧倒できる力を有していた。


 そのこと奏多も、翠も知らない。


 ケンシンのパワーアップを感じた翠は窮地を脱する唯一の望みにかけ、奏多に言われた通り蓮に向かって叫んだ。


「蓮君! ほ、本気でいいです! ()()で私たちを、助けてください!!」


「──御意」


 次の瞬間、蓮の全身から空間を埋め尽くすほどのオーラが溢れ出した。彼はケンシンが右腕と共に残していった伝説級レジェンダリー装備──無双(むそう)七星長太刀(しちせいながたち)を手にする。


 あるじは彼に全力を求めた。

 そしてここはダンジョンである。


 それは忍びである蓮に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という命令に他ならない。


 本来、数十万の敵を屠るだけの耐久力がある伝説級装備。蓮はその寿命を、たった一度の攻撃で使い潰すほどの力を籠めた。この時点で彼のダンジョン適性が11%であることなど全く関係なくなっている。


 武器を振り下ろすための踏み込みで、S級ダンジョンの強固な岩盤がクレーター状に陥没した。


 技名などない。

 ただ全力で大太刀を振り下ろす。


 危険を感じ取ったケンシンが防御姿勢を取るより早く、蓮が振った七星長太刀から放たれた斬撃がケンシンを左右真っ二つに両断した。


 上越じょうえつダンジョンの隠れボスであるケンシンの巨体は、断末魔の叫びを上げる暇もなく光の粒子へと還っていった。


 それは最近、蓮が颯から教わっているバズる戦闘とは真逆の、一切無駄がなく呆気なさすら感じてしまう戦闘だった。



「……い、一撃? えっ。もう終わったの?」


「はい、翠様。全力で敵を倒せと言うご命令、完遂いたしました」


 蓮が翠の前に膝をつく。


「なんなんすか今の。モンスターから奪った武器が、1回の攻撃で壊れるとか」


「………」


 奏多の質問に蓮は答えない。


「ちょっ、なんで無視するっすか?」


「あの……。もしかして私が北条の血筋だって気付いたから? もしかして蓮君、私の命令を待ってるの?」


「その通りです。な、なんか俺、今はかなり自由が制限されてます」


 後半の言葉は、北条と風魔の主従契約を蓮が意思の力で強引に破って発したもの。


 彼の状態を理解した翠は悩まなかった。


「蓮君。立ってください」


「はい」


「あなたは今後、私たち北条に仕える必要はありません」


「はい。……えっ?」


「今回は助けてくれて、感謝しています。できれば今後も私がピンチになったら助けに来てほしいです。でもそれは君主と従者っていう関係じゃなくて、その……。お、お友だちとして、助けに来てくれると嬉しいです」


 頬を赤らめながら頼み込む翠。

 蓮は再び恭しく膝をついた。


「御意!」


「あ、あれ? なんで?」


 主従関係は破棄したはずなのに、蓮が従ってしまうことに翠が困惑した。


「これはなんとなくやっただけ。もう俺を縛るものは完全にないよ」


「もう! ふざけないでよ」


「あはは。ごめんな。でもこれからは北条さんと仲良くできそうで良かった」


「……翠って呼んで」


「え」


「さっき、蓮君は私を翠様って呼んでくれた。様は要らない。友だちになってくれるんでしょ? だったら私のこと、翠って呼んで。敬語も要らないから」


「わかった。翠、これからよろしくね」


「お、俺もいいっすか?」


「もちろん良いよ! 私も奏多って呼ぶね」


 その後3人はダンジョンから脱出することにした。


 しかし、これで全て解決ではない。



「いやぁ。一時はどうなるかと思ったっす。まさか強制召喚されるなんて」


「あのね、そのことなんだけど冷静になったら思い出せた。別の国のダンジョンだけど、私は似たような事例を聞いたことがある。一定以上の力を持った攻略者がくると、強制召喚して戦わせる隠れボスがいるダンジョンがあるって」


「じゃあ、あのケンシンって名乗った武者がそうなんすね」


「たぶんそう。奏多は私が強制召喚されるのに巻き込まれちゃったんだと思う。それで奏多に怪我させちゃった、本当にごめん」


 翠が奏多に頭を下げた。


「いやいや。モンスターがやったことっすよ。気にしないでおけっす。それにしてもケンシンが蓮君を狙わなかったのはなんでっすかね?」


「俺の隠密スキルが高すぎたせいかな。今後は翠が狙われないように、ある程度の力を解放しとく」


「そ、そこまでしなくても……。蓮君が助けに来てくれるの、ちょっと嬉しいから」


「攫われる前提で話しを進めるのは止めるっす!」


 このやり取りを笑って見ていた蓮だが、とあることを思い出した。それを正直に言うべきか悩んだが、これからも同じ教室で講義を受けていくのだから話しておく必要があると判断した。


「今回の件だけどさ、不知火しらぬい先生が仕組んだみたいなんだよね」


「えっ!?」

「先生が?」


「もともと俺を殺そうとして、このダンジョン攻略を実習の場所に選んだみたい。でも彼女の予想に反して、俺じゃなく翠と奏多がケンシンに強制召喚された」


「……マジっすか。アイツ、許せねぇっす」


「あ、あれ? 奏多って、先生を姉弟子として慕ってたんじゃ」


「それ、どこ情報っすか? そんなこと俺、蓮君に言ったことないっすよ。ねぇ、蓮君はどこで、その情報を見たんすか?」


「う゛っ゛。ご、ごめんなさい。富嶽学園の管理棟で盗み見た資料に、そう書いてありました」


 奏多が大きくため息をついた。


「それ、あの女が勝手に書いただけっすよ。裏の情報帳にまで書いてあれば、嘘でも事実に出来るだろうって。あいつ俺のストーカーなんす」


「奏多って、富嶽学園の学長の孫なんだよね。なんでそんなストーカー女を担任の教師にしたの?」


 至極まっとうな翠の疑問。

 蓮も同意するように大きく頷いた。


「アイツが強いからっす。沙霧も、若くて強い忍びは少なくて……。そんな中あの女は実績を積み、公の試験を受けてS級攻略者にもなった。全部俺の担任になるためだけの行動っす。……これでアイツのヤバさを少しは分かってくれたっすか?」


「なるほど。使える駒だから放置されてたんだ」


「そのせいで蓮君にはご迷惑をおかけしたっす。ところでアイツ、俺を窮地に追いやった時はなんで助けに来ないっすか」


「それは俺が気絶させて、颯にダンジョン外へ運ばせてるからかな」


「……不知火(しらぬい) (はな)でも、やっぱり蓮君の敵になりえないんすね」


「てことで、どうしよう? 未遂だけど、俺はあの人に殺されそうになったんだよ。奏多が慕ってるって思ったから生かしたけど。しょす? 処して良い? 沙霧で出来ないなら俺がやっとくよ」


「処して良しっす! 報酬は要相談で」


「許可だけもらえればいい。処し方にご要望は?」


風魔(ふうま) (れん)に手を出したことに心底後悔させてから死なせてやってほしいっす。あと見せしめのためにも──って、翠。耳を塞いで、どうしたっすか?」


「え、えっと……。忍者さんたちの会話を聞いちゃったら、私も処されちゃうんじゃないかと思いまして」


「あはは」

「ふふふふふっ」


「な、なんでふたりとも笑ってるの!? 怖いよ!」


「ごめんなさいっす。怖がってる最強の攻略者が、可愛くってつい」


「でもさ。俺たちの会話を聞かれちゃったのは事実だよな? この話を外に漏らされたら困るよな? だから翠にも仲間になってもらおう」


「あぁ! 良い考えっすね!」


「……それって」


北条(ほうじょう) (すい)さん」


「は、はい!」


「俺がリーダーをしてるシノヴァーズって攻略者パーティーがあるんだけど、魔法職がいないんだよね。だからもしよかったら、俺たちの仲間になってくれない?」



「なるなる! なります! 私、シノヴァーズに入ります!!」


 こうしてシノヴァーズに4人目のメンバーが加入した。






──────────────────────


【あとがき】


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

面白かったって思っていただけたら、★評価をお願いします。


引き続き第2部を投稿していきます。

今後も引き続き、ご愛読ください。


ではでは~

 

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