第32話
「あ、颯。ちょっと待って」
新宿ダンジョンに入る前、蓮が颯を呼び止めた。
「ほい。どーした? 忘れ物か」
「いや。今日もダンジョン攻略ついでに颯の修行するからさ。そのための鍵を開けとこうかなって」
「鍵?」
意味が分からず困惑する颯を無視して、蓮は彼の腹部に五指を突き立てる。
「──うっ!!」
颯は身体の深部から湧き上がる強烈な熱を感じ、立っていられなくなりその場にうずくまった。
「ちょっ!? な、なにするっすか!」
「丹田を活性化させた。颯が手っ取り早く忍術使えるようにするために必要だろ?」
「一般人が数日修行しただけで、魄勁を使えるようになるわけないっす! さ、最悪は枢木 君が死ぬっすよ!?」
魄勁とは、この世界の忍びが忍術を使うために丹田より生み出すエネルギーのこと。肉体である『魄』から侵透する力の『勁』を練り上げる。
「颯なら大丈夫」
「強引に活性化させるなんてありえないっす! すぐにじいちゃんのところへ連れてかないと──」
「さ、沙霧 さん。俺は大丈夫だよ」
お腹を抑えながら颯が立ち上がった。
「え、うそ。なんでもう立ち上がれるんすか? ていうか、そのオーラって──」
彼はただ立ち上がっただけではない。その全身から、忍びだけが視認できる魄頸のオーラを力強く放出していた。
「だから言ったじゃん。大丈夫だって」
「すげー身体が熱いんだけど。俺になにしたの?」
「簡単に言うと、颯を10年くらい修行した忍者の身体にした」
「……は?」
「誰にでも出来ることじゃない。ここ数日のダンジョン攻略で颯に基礎ができてたのと、一緒に飯を食う時こっそり俺が砕いた四象錬丹を飲ませてたから」
忍者が1年の辛い修行を行うことで、丹田に1年分の魄剄が蓄積される。四象錬丹は一粒飲むことで10年分の魄剄を得ることが可能な神薬である。
「なんで四象錬丹なんて持ってるんすか。それに丹田をこじ開けるのなんて、里長クラスがやらないと対象者が死ぬっすよ」
「錬丹は自分で作った」
「つつつ、作ったんすか!? 神薬を!??」
忍びの技は多岐に亘る。創薬術もそのうちのひとつであり、古来より忍者たちは自ら作り出した錬丹で人知を越える力を得ていた。とはいっても、四象錬丹の創薬は並大抵の難易度ではない。
「あと俺、里長だったじいちゃんから免許皆伝を受けたって前に言ったじゃん。だから今の俺って、とりあえずは里長クラスってことになるよ」
「なんか蓮と一緒に飯食う時、やけに苦いなと思ったら変なの混ぜてたのか。説明もなしに人の身体を改造しやがって。殺すぞ、おい」
「ごめん。颯にはそのうち一緒に深淵ダンジョン行ってほしかったから、殺しても死なない忍びの身体にさせてもらった」
必要だからやった。口では謝ったものの、やったこと自体については反省していない様子。それに対して颯以上に奏多が怒っていた。
「上手くいくって確信があったとしても、説明なしは流石に酷いっす!」
「そうだぞ。言ってくれれば普通に飲んだのに」
「そうっすよ。ちゃんと説明すれば枢木君だって普通に──って、えっ? 得体のしれない丸薬を、飲むんすか?」
「蓮と一緒にダンジョン攻略するのに必要だって言われたら飲むよ。足手まといになりたくないもん」
颯は己を一般人だと自負する。
しかし彼の覚悟は常軌を逸脱していた。
「説明されなかったのはムカついたけど、強くなるための基礎をつくってくれてありがとな」
「おう。颯なら受け入れてくれるって思ってたから、説明を省略しちゃった」
「お前それ、もしかして説明すんのがめんどくさかっただけなんじゃ?」
「そう」
「マジふざけんな。次からは絶対説明しろ。あとあの指をお腹に突っ込むヤツはもうやんないで」
「鍵開けはあと3回やるよ」
「拒否する」
「拒否するのを拒否する。俺と一緒に深淵攻略するなら必要です」
「くっ⋯⋯。じゃあせめて、ダンジョン攻略の直前とかはやめろ。家に居る時でいいだろ」
「それはそうなんだけどさ。でも結局はダンジョン来ることになるぞ」
「なんでさ」
「新しい力が解放されるんだ。直ぐにその力を試してみたくなる。俺が言うのもアレだけど、全力で腕を振るだけで近くにある窓ガラスが全部割れるようなバケモノが自由に力を使える場所なんて、現代の日本じゃダンジョンくらいしかないだろ」
「⋯⋯な、なるほど。じゃあ俺、最強ポーターのレンみたいなムーブしていいの?」
「やればよしっ」
「キマイラの首切断して、武器はただのスコップでしたって言っていいの?」
「言えばよしっ」
「蓮、お前って最高な師匠だな!」
「代わりに攻略配信がバズる演出考えるのは任せるから、よろしくな」
「任された!」
喧嘩になってもおかしくないと構えていた奏多だったが、蓮と颯のふたりは仲良さそうに話しながら新宿ダンジョンの入口ゲートへと向かっていった。
「男って、よくわからんっす」
自分が男装していることを忘れた奏多の呟きが、その場に小さく響いた。




