第30話
「半蔵様、お呼びでしょうか?」
「不知火先生、待っておったぞ」
学長室に音もなく現れた不知火 華に驚くこともなく、沙霧 半蔵は彼女を呼んだ理由を話し始めた。
「教室での奏多の様子はどうだ? クラスのみなとうまくやれておるか?」
「はい。大きな問題ありません。ただ……」
「なにか気になることでも?」
「恐れながら、やはり奏多様のそばに風魔 蓮を置いておくのは危険ではないでしょうか」
「そのことか。仕方あるまい、あの子がそれを望んだのだから」
「し、しかし!」
「奏多から聞いておるぞ。お主が蓮に軽い嫌がらせのようなことをしておると。ダンジョン適性率が高いと分かっている北条 翠のあとに検査させたり、ポーターとしてダンジョン攻略に同行させたりな」
半蔵に指摘されるが、不知火は悪びれる様子もなく答える。
「はい。聞けば蓮は奏多様を拘束し、胸を揉んだというではありませんか」
「あれは奏多が蓮を尾行した挙句、失敗したからであって」
「関係ありません。例え見逃されたからと言って、あの愚か者を野放しにしておくなど私は納得いっていないのです。半蔵さまのお許しさえ頂ければ、私が今夜にでも彼の首を取ってきます」
幼いころから奏多に忍びの修行をつけてきた不知火。妹弟子として奏多を可愛がってきた彼女にとって、蓮は許せないことをした悪の存在であった。たとえ奏多が蓮を気に入っていても、それを認めることが出来ないでいたのだ。
「そのことなんだがのぅ。あまり風魔 蓮を刺激しないでほしいのだ」
「な、なぜですか? なぜ半蔵様がそのようなことをおっしゃるのですか」
思いつめた表情で、半蔵が言いにくそうに口を開いた。このような様子の彼を見るのは初めてのことであり、不知火は困惑する。
「昨晩、奏多が管理棟に忍び込んだ。目的は北条 翠の素性を知ること」
「……北条本家の血筋であると感づかれたのですね」
「左様。そしてその場に蓮も来た」
「蓮も? では、ふたりは一緒に忍び込んだということでしょうか?」
「いや、違う。奏多が先に忍び込み、その後に蓮が来たようだ」
「なるほど。しかし管理棟には中忍たちが警備としていたはず。それらは仕事をしなかったのでしょうか」
「奏多が通った時は、何か儂の用事なのだろうと素通りさせたようだ。そして問題は蓮が通ろうとした時。その日、管理棟の警備に当たっておったのは2名の中忍、そして5名の下忍だ。しかし7名の誰も蓮を見ておらぬという」
「えっ? そんなことが──」
「それだけではない。儂は奏多に3名の上忍を警護としてつけておる」
「申し訳ございません。初耳ですが」
「不知火先生は上忍になったばかりだったな。その者たちはもう30年近く上忍として暗躍してきた、沙霧の里で最高峰の忍びたちだ。お主が気配に気づけぬとも無理はない」
「そのような方々を、奏多様おひとりの護衛に?」
「この学園経営が順調でなぁ。かつてのように血なまぐさい仕事をせずとも、里の皆に十分な給金を渡すことが出来るようになった。それで余った人員を最も重要な人物の護衛としてつけることに、なんの問題がある」
さも当然のように言い切った。沙霧 半蔵は孫のこととなると大層甘くなってしまう。
「里長である半蔵様の判断であるなら、私は異論ございません。ところでその護衛の方々も蓮の姿を見ていないのでしょうか?」
「問題があるとすればそこだ。風魔 蓮は管理棟の警備をしていた7名の中下忍に戦闘の気配を感知させることもなく、儂が奏多の警護を頼んでいた上忍3名を無力化させた」
「……は?」
「蓮は上忍3名を倒した後、金庫を開けようとしていた奏多の背後に現れたようだ。監視カメラの類も全てデータを改竄されておったから推測だが」
「ま、待ってください! 私でも気配を感じ取れないレベルの上忍3人を、音もなく倒したというのですか!?」
「当時の状況を当事者たちに確認して整理すると、そういうことになる」
「ありえません!」
「儂も風魔 蓮がそこまで強いとは思っておらんかった。せいぜい全盛期の儂より少し強いくらいだと。だがそれは勘違いだったようだ」
同じ上忍であっても情報収集などの隠密に長けた沙霧と、護衛や暗殺が主体の風魔では戦力に差がある。蓮はその風魔の里長から免許皆伝を受けた当代最強の忍びである。伊賀や甲賀などの忍者とは比較できないが、少なくとも沙霧の上忍複数人相手に完封出来るだけの力があった。
「儂らが今、こうして生きておられるのは彼の気まぐれだな。孫の頼みだったとは言え、とんでもないバケモノを呼び寄せてしまった」
「そ、そんな……」
「というわけでこれは沙霧の里長としての命令だ。風魔 蓮にあまり構うな。彼が望むようにさせてやれ。良いな?」
不知火はまだ納得いっていなかった。
しかし里長の命令には逆らえない。
「承知、しました」
半蔵は不知火が承服していないことに気付いていた。しかし里長として下命したので、彼女がそれに背くことはないだろうと考えたのだ。




