第25話
翌日の放課後。
「今日もダンジョン行かずに講義だけで、つまんなかったなぁ」
「一般人の俺からすると、ダンジョンの基礎知識を学べるからしばらく講義でもいいんだけど。2日目からB級ダンジョン行くのは流石におかしくね?」
「まぁ、それに関しては俺も颯に同意する」
風魔 蓮と枢木 颯のふたりは講義棟の地下にある演習場に来ていた。
「でもずっと講義はダルくね?」
「他のクラスメイトは知らんけど、少なくとも俺は配信でダンジョン攻略見てただけなんだよ。アイテムの性能とかほとんど覚えてねぇ。だから一般人はまず、ダンジョン攻略についてしっかり勉強する必要があるんだって」
「まじめだねぇ。素人でも適性が高ければ、成人した年にすぐダンジョン入っちゃう人も多いのに。ところでダンジョン適性が88%もあるやつは、どう考えても一般人じゃないぞ」
「俺のはたまたま高い適性が出ちゃっただけで……。クラスの中でも蓮を除けば最下位だし」
「最下位っていっても、北条さんを除けばみんな88から93%の中に入ってたよな。89%が3人いたし。たった1%低かっただけで落ち込むなよ。俺なんてみんなより70%以上低いんだぞ」
地面に座っていじける蓮。
「不知火先生、俺の適性率を知ってただろ。それで俺の適性測定を北条さんの後にやらせるとか、あの人きっと俺のこと嫌いなんだよ」
「お、落ち込むなって。そんなことないよ、たぶん」
「そこは自信もって否定してほしかった」
「すまん」
なんだかんだで仲良くなったふたり。
気軽に冗談も言い合える。
「まぁいいや。ダンジョン適性なんてあんまり関係ないって、俺が証明してあげる」
「適性率10%台で何年もポーターしてきたやつが言うと重みが違うな」
「こんな俺でもやってこれたんだから、俺より8倍もダンジョン産アイテムの恩恵を受けられる颯が弱いわけないんだよ」
「なるほど。ちょっと元気が出てきた」
「ちなみに颯は適性率って何の数値か知ってる?」
「ん? さっき蓮が言った、ダンジョン産アイテムの恩恵を受けられる割合のことじゃないの?」
「じゃあダンジョン適性100%だったら、どんなアイテムの性能でも100%引き出せるって思う?」
「それは……。どうなんだろ。イメージとしてはそうだった」
蓮がスマホを颯に見せる。
そこにはひとつの数式が表示されていた。
「まだ十分な検証はされてないけど、このサイトの計算式が俺の感覚に一番合ってる。ダンジョンでモンスターに攻撃する時、与えられるダメージはこんな感じ」
Dd = Wba × Dsr × Wrr × Pfa × α × Eds
Dd :ダメージ
Wba:武器の基礎攻撃力
Dsr:ダンジョン適性
Wrr:武器解放率
Pfa:身体機能補正
α :魔法やアイテムの補正
Eds:敵モンスターの防御力等
「他のダメージ計算式は見たことあるけど、武器解放率と身体機能補正の部分は知らないな」
「その部分が俺みたいな低い適性のやつが生き残るための生命線」
蓮が訓練用の木刀を手に取った。この学園にある訓練用の装備品はすべて、ダンジョン産の素材で作られており、適性率の影響を受ける。
「これの基礎攻撃力を100とする。そんで適性100%の人がこの木刀を振れば、魔法やアイテムの補正がない時に、モンスターの肉質が1ならダメージは30くらい入ることになる」
「えっ。なんでそんなに低いの?」
「武器解放率ってのが基本的に0.3くらいなんだよ。ちなみに普通の人の身体機能補正は1.0ね。アスリートで1.4から1.8とか。なかなか2.0はいかない」
「そうなんだ」
「今だと良い武器を手に入れるか、補助魔法やアイテムとかでαの部分を強化するか、モンスターにデバフをかけてEdsの値を大きくする。漆黒のキマイラとかだとEdsが0.08とかだから普通に戦うとヤバいよ」
「それって、どこ情報?」
「出典、俺」
「もうちょい信頼性あるソース持ってこいよ」
颯は全く信じていなかった。
「悪かったな。俺の感覚で。ちなみに漆黒のキマイラが魔法障壁展開中はEdsが0.08になるけど、一定の時間内に寸分の狂いもなく同じ場所を攻撃することで最大1.2くらいまで持っていくことができる」
「いやいや、それこそ理解できねーって。なんで蓮がそんなこと知ってんだよ」
「何回か倒したことあるから」
「…………は?」
蓮がアイテムポーチから仮面を取り出して顔につける。
「これ、見たことあるでしょ」
「いや、お前。流石に面白くないぞ。止めろって」
それは最強ポーター『レン』が身に着けていた仮面。この仮面には装着者の体型を少し華奢に見せる能力が秘められている。
「俺があのポーターだよ」
「だ、だってお前、俺が聞いた時に違うって言ってたじゃねーか!」
「あの時は嘘ついてゴメン」
「……もし蓮が本当にあのポーターだって言うなら、証拠を見せてくれ。ダンジョン適性が11%でも、漆黒のキマイラを倒すほどの攻撃が出来るって」
「おっけー! それじゃ今から全力でこの木刀を振るから見てて」
蓮は静かに息を吐き、木刀を構えた。
その瞬間、場の空気が一変する。
先ほどまでいじけていた少年としての気配は消え、そこには数多の修羅場を潜り抜けてきた本物の重圧が立ち込めていた。
「これが、適性の壁を越えるやり方だ」
蓮が踏み込みと同時に木刀を一閃させた。
空気を切り裂く鋭い音ではなく、爆発のような轟音が演習場に響き渡る。
次の瞬間、蓮の手元にあったはずの木刀は凄まじい負荷に耐えきれず、先端から根本までが爆散し、細かい木屑となって宙に舞った。
あまりの出来事に颯が唖然とする。
「訓練用の装備を、たった一振りで?」
その木刀は高ランクのモンスターの素材を加工したもので、学生が本気で振るった程度で壊れるような代物ではない。実際に北条 翠が一昨日それを使ってモンスターを倒す実演をしたが、彼女の力で振っても木刀は折れなかった。
「今のがさっきの式の武器解放率と身体機能補正を極限まで上げた結果だよ。それに加えてモンスターの特性理解も大事。漆黒のキマイラの例でも言ったけど、どんなに硬い敵にも必ず弱点がある。モンスターの動き、呼吸、魔力の流れを見極めて、防御力が一番低くなる瞬間や場所を叩く。そうすればダメージは何十倍にも跳ね上がる」
蓮は仮面を外し、砕け散った柄をゴミ箱に捨てながら淡々と説明する。
「そこまでやれば、ダンジョン適性が低くても危険度S級のモンスターを倒せる。ところで、どうだった? 俺があのポーターだって信じてくれた?」
颯は無言で何度も首を縦に振った。
「信じてもらえて良かった。颯みたいにダンジョン適性が高いのは、最初から有利なスタートラインに立ってるってこと。でもそれに甘んじていると、いつか必ず壁にぶつかるよ。基礎攻撃力は高いのに解放率が低い武器を拾っちゃったり、すげー防御力が高くて低Edsのモンスターに襲われたり」
「じゃ、じゃあ俺は、どうすれば」
「まずは武器解放率を上げる術を学ぶ。これは武器の癖を理解して、自分の魔力や呼吸を道具に完全に同調させる技術がいる。コツは武器を道具じゃなく、自分の体の一部として認識すること。これができればホームセンターで買った園芸用品でも、ダンジョン産S級装備並みの攻撃力が出せる」
「確かにレンはスコップでキマイラ倒してたな。武器を、体の一部にね……」
「次に身体機能補正。これは単純な筋トレだけじゃない。筋肉の連動、重心移動、無駄な力の抜き方とか。身体の効率を極めて、ダンジョンに適した動きができるように鍛えなきゃいけない」
颯は真剣な表情で自分の手を見つめた。蓮が語るそれは、世間一般で言われている『武器のレアリティ』と『ダンジョン適性』が強い攻略者になるための条件──という常識を真っ向から否定するもの。
過酷だが、希望に満ちた理論だった。
「……蓮。お前って、すげーな」
そう言う颯の瞳に不安はなかった。
未知の領域へ挑もうとする意志が宿る。




