第23話
「それじゃ今日は、昨日言った通りダンジョン配信について講義する。全員、配信用ドローンを起動しろ」
不知火先生の指示に従い、俺たち生徒は持参したドローンの電源をつける。
今日は教室での講義だった。
富嶽学園に入学して初日は地下演習場でのダンジョン適性再確認と対モンスター演習。2日目の昨日が本物のB級ダンジョンでの攻略実習。
入学3日目にして初めて教室での講義だ。
……いやいやいや。
おかしくね?
普通、ダンジョンのいろはを学んでからダンジョンに挑むとかじゃないの?
それを『とりあえず今日はB級ダンジョン攻略してみるか』って。そんなことを急に言い出した不知火先生に誰も異議を唱えることなく、昨日も初日と同じように2つのパーティーに別れてダンジョンを攻略した。
ダンジョン攻略者育成機関って、なんでこんなに脳筋なの?
俺はポーターやってたし、俺と同じく忍びの沙霧さんもこっそりダンジョン探索してるみたい。翠様はS級パーティーの攻略者だ。でも枢木君は素人のはずなんだけど、昨日は本物のモンスター相手に一切臆せず戦っていた。
攻略後に動画を見せてもらったけど、枢木君以外の迷宮初心者7人も彼と同じく普通にモンスターを倒してた。
ダンジョン適性が高いとモンスターを殺す時の精神的負担が軽減される効果もあるらしいんだけど、それにしてもみんな凄すぎません?
忍びとして心を殺す修行もしたから人型でも躊躇なく倒せるっていう、俺のアドバンテージが全く生かせないんですけど……。
「おい、風魔。なにぼーっとしている。早くドローンを飛翔させろ」
「あっ! す、すみません」
考え事をしていたら不知火先生に注意されてしまった。いつの間にか俺以外の全員がドローンを腰程度の高さまで飛ばしている。
俺も慌ててドローン制御デバイスで上昇を指示した。
「よし、ドローンが浮いたな。ではこれから各々に追尾設定のパラメータ調整を行ってもらう。ダンジョン内は常に暗く、障害物も多い。デフォルトのAI任せでは肝心な戦闘シーンでドローンが壁に激突するか、逆光で何も見えないゴミ動画を垂れ流すことになるからな」
不知火先生がモニターに複雑な数値の羅列を表示させる。座標追従感度、予測演算レート、環境光補正値などなど……。
「1時間やる。自分の戦闘スタイルに合わせ、ドローンを己の分身のように扱える設定を組んでみろ」
教室中から「うわ、ムズすぎ」や、「なんだよこの数値、意味わかんねぇ」などと言った悲鳴が上がる。俺の隣に座る沙霧さんも必死にデバイスを操作しているが、ドローンが上下にガクガクと震えていた。彼女は戦闘系ではなく隠密系の忍び。常に自分を映し続ける──という配信設定が本能的に拒絶反応を起こしているのかも。
さて、どうしたもんかな……。
俺は初めてダンジョン攻略者として配信した時のことを思い出していた。俺のファン第一号になってくれたハルヒコさん。彼は以前、こんなことを言っていた。
『レンくん。良いドローン設定っていうのはね、ただ対象を追いかけるんじゃない。被写体の動きを予測して、次の一歩を先読みして一番美味しい角度に先回りさせる。これを意識することが大事なんだよ』
あの時、彼に教わった数値。そして俺が数年間ポーターとして多くの攻略者たちを遠巻きに見続けて培った感覚。大量の荷物を背負いながらも常に死角を把握し、攻略者の人たちが最も戦いやすい環境を維持する──その思考をドローンの機動にトレースしていく。
まずはジャイロの遊びを限界まで削る。次に俺の歩法の予備動作をセンサーに学習させて……。
設定画面に触れる指先が勝手に動く。クナイを研ぐような精密さで、パラメータを弄り倒した。ものの5分でドローンは俺に合わせて呼吸し始める。
「先生、できました」
「……早すぎる。適当に組んだんだろう」
不知火先生は信じてくれない。他のクラスメイトたちも『こいつなにを言い出すんだ』と言うような冷たい視線を送ってくる。
「まぁ、見てください」
立ち上がって歩き出す。俺が右にステップを踏む寸前、ドローンは既に右斜め前方へ滑り込み、俺の死角となる角度を完璧に捉え、かつ俺の動きを一切邪魔しない最短経路で静止した。
俺が急停止してもドローンは慣性で流されることなく、ピタリと空間に固定される。まるで目に見えない糸で繋がっているような精度だ。
「な、なんだ、この動きは。追従ではなく完全な行動予測軌道だと?」
「ポーターをやってた時に、攻略者の人たちを後ろから見てて『こう動いてくれたら助かるな』って思った設定を試しました」
不知火先生はモニターを食い入るように見つめ、俺の設定値をチェックし始めた。
「環境光の変化に対するシャッタースピードの同期。モンスターのヘイトラインを予測した回避機動の組み込み……。風魔 蓮、お前のこれは戦士の視点ではない。プロレベルの撮影班、あるいは戦場の全てを俯瞰で把握するオペレーターの視点だ」
教室内が静まり返る。枢木君や他の生徒たちも、俺のドローンが描く軌跡に目を奪われていた。
ちょっと気分が良い。
「蓮君、さすがっすね。蓮君なら今後も、俺たちの活躍を完璧に撮影してくれそうで頼もしいっす!」
「……え?」
「風魔君、すごい! たくさんの荷物を運んで、完璧なタイミングでアイテム渡してくれるだけじゃなく、撮影係としても優秀なんて。最高のポーターだね!」
「あっ。いや、俺は──」
翠様、違うんです!
最高のポーターなんかなりたくないです。
俺はかっこよくモンスターを倒して無双する、最高のダンジョン攻略者になりたいんです。そのために忍ぶのをやめたんだから。
「素晴らしい。風魔、お前の設定をクラスの標準テンプレートとして共有する。全員、これを見本にしろ」
「「「はーい」」」
「えっ、ちょっ!?」
「風魔 蓮。お前はダンジョン適性は低いが、ポーター適性はこの上なく高いぞ」
不知火先生が今まで見せたことのない笑顔でそう言ってきた。




