第17話 ハルヒコ
23時40分ごろ。
推し攻略者の配信が終わったので、今日はもう寝るつもりだった。
それでもあるだろ。
なんとなく他の配信を探しちゃうこと。
俺はこの日、そのなんとなくの行動が一生の記憶に残ることになるなんて思ってなかった。
「……なんだこいつ?」
新着欄に現れた、視聴者0人の配信画面。
そこには配信用ドローンを上手く飛ばせず苦戦するフードを被った少年が映っていた。たまにはこーゆー素人を見守るのも楽しいかもしれない。
明日も仕事があるからちょっとだけ。
そう思って配信画面をクリックした。
「視聴登録者0人。登録日は…。ははっ、ついさっきじゃん」
ガチの配信素人。
既にダンジョン内に入ってる。
場所は初心者のチュートリアル用ダンジョンじゃなかった。
攻略者として誰かのパーティーに入ったことはあるんだろう。そうじゃないといきなり一般のダンジョンには入れない制度だからな。
ちょっとアドバイスしてやるか。
〈こんばんちゃ、初見です〉
『あっ、こんばんは! はじめての視聴者さんですね。見に来てくれてありがとうございます!!』
顔は仮面みたいので隠してる。
でも礼儀正しいな。
声のトーンも明るくて良い。
別に粗暴でも強けりゃ、ダンジョン攻略ってエンタメとして楽しめる。でも言葉使いが荒いと炎上しやすい。だからこういう子の方が長く推せる。
〈ソロ配信なの? 大丈夫?〉
『はい。ポーターとしてダンジョン攻略に同行した経験はあります』
〈けっこう若そうに見えるけど〉
『ちゃんと18歳ですよ』
18歳!? てことはアレじゃん。
特別指定でポーターしてたってことか!
だったらダンジョン適性も高いんだろう。
戦闘面で心配は要らないかな。
でも危機感を持ってもらうためにも書き込みはしておこう。
〈18は若いだろww〉
〈ソロだし気をつけてな〉
配信中も読みやすいよう、長文は書き込まない。なるべく一文で完結させ、必要なら2回書き込む。
『はーい。ありがとうございます』
〈ドローンの設定に苦戦してるとみた〉
『そうなんですよ。思うような画角にならなくて』
〈ちょっと設定画面ひらいて見せて〉
『こうですか?』
〈そうそう。右上の詳細設定ボタン押して〉
俺の指示に素直に従い、少年がドローンの設定をしてくれる。俺は少年が求める画角を聞きつつ、数多のダンジョン攻略配信を見てきた身として視聴者が見やすい角度で撮影できる調整を指示していく。
指示厨って思われたくないので、普段はこういうことをしない。でも困ってる人がいて、自分がそれを何とかできるなら力になってあげたいとは思う。
『おぉ! 凄い!! 完璧ですね』
〈この設定が気に入ったなら保存しといてな〉
『了解です!!』
俺はひとつ仕事を終えた気になった。
〈ところで今日はどこに挑戦すんの?〉
『ちょうど今日、攻略者証を入手したんで、いっちょ未踏破ダンジョンを攻略してやろーかと!』
……は?
みみみ、未踏破ダンジョン!?
〈まてまてまて〉
〈攻略者としては初心者なんだろ!?〉
〈未踏破ダンジョンなんてやめとけ〉
『御忠告ありがとうございます。でも俺は行きます。行かなきゃダメなんですよ。大丈夫、安全マージンは十分とって進みますから』
やべぇ。コイツやばい奴だ。
自殺志願者か?
これだけダンジョンの研究が進んで、強いダンジョン攻略者がたくさんいて、それでも未踏破なんだ。それにはもちろん理由がある。理不尽なほどモンスターが強いとか、人の思考をあざ笑う凶悪なトラップが仕掛けられてるとか。
ただ未踏破と言っても、第1階層なら比較的安全なダンジョンもある。
あるんだけど……。
この少年が今いるのは、そういう安全なダンジョンじゃない。なぜわかるかというと、俺はこのダンジョンの風景に見覚えがあるからだ。
未踏破ダンジョンという情報。そして数多の攻略者が挑戦し、そのほとんどが1階層の10%くらいしか進めないので、何度も映し出される入口付近の風景を覚えてしまった。
〈ちなみにそこって、深淵だったりする?〉
『おぉ! 凄いですね。正解です。俺は今、深淵ダンジョンにきてます』
はい馬鹿!!
ソロで深淵!?
死にに行くようなもんだろ!
〈自殺行為だ。今すぐ引き返せ〉
『……すみません。初めての視聴者さんからの忠告でも、撤退はできません』
退く気はないらしい。
残念だ。
〈そっか。じゃあ頑張れよ〉
俺はもう彼の命を諦めた。自分の無力を嘆きはしない。ダンジョン攻略は自己責任だ。アイテムなどの研究が進み、死亡率が低下してエンタメ化された現在でも、こーゆー馬鹿がいるから無謀な挑戦をして死ぬ若者が減らない。
後はこの少年がどんな最期を迎えるか見届けよう。
それがこの配信を見つけてしまった俺の責任。
『あれ、まだ見ててくれるんですか?』
〈まぁな。お前が死ぬ時も光になって消えるだけだし〉
配信画面では攻略者が怪我をしても、血などは赤い光のエフェクトで表示される。死ぬ瞬間もパッと光になって消える。俺はダンジョン適性が低くて攻略者になれなかった。だからダンジョン内では実際にはどうなっているのか知らない。興味もない。
『てっきりいなくなっちゃうかと』
〈そこ、深淵なんだろ?〉
〈じゃあそんなに時間かからないかなって〉
深淵は1階層からモンスターがくっそ強い。だからこの少年がそのモンスターに殺されるとしても、ビビッて逃げ出すにしてもそう時間はかからないと思った。
『ひとりでも見ていてくれるなら嬉しいです。俺の初挑戦、見届けてください!』
〈はいよ〉
『あっ。さっそくモンスターがきました。でっかい犬ですね』
まじかよ。もう終わりだ。
1階層を徘徊している凶犬ヘルハウンド。深淵ダンジョンの1階層でも群を抜いて強いモンスターにかち合うなんて。
コイツ、持ってねぇな。
他の討伐例があるモンスターならまだしも、ヘルハウンドは20人のS級攻略者で構成されたパーティーを壊滅させたバケモンだ。討伐例もまだない。
ちょっと前までポーターをやってた攻略者には絶対倒せねぇ。何秒生き残れるか。
……あれ?
待てよ。
特別指定のポーターだった少年が、免許を取って攻略者に?
なんかそんな話がSNSで話題になってたな。
そのポーターってブレイズファングに同行した時、魔法障壁を持つキマイラの首を一撃で切り落としたやつと同一人物で、武器は確か──
『俺の初戦闘、見ててくださいね。一瞬なんで』
少年が腰に着けたポーチに手を突っ込んだ。
引き抜いた手には忍者が使うクナイが握られていた。そのクナイはダンジョン攻略者たちの間で流行っているモノ。D級ダンジョンでゲットできる上等級 の武器。
え、えっ!?
もしかしてコイツ──
俺が少年の正体を予想したのとほぼ同時。得物を見つけたヘルハウンドが少年に襲い掛かった。速度バフを受けた軽装剣士でも避けきれないその噛みつき突進を、元ポーターの少年は軽く躱した。
ほんとに最小限の動きで避けた。
避けただけに見えた。
ドサッ
ヘルハウンドが地面に倒れた。
そしてピクリとも動かない。
……は?
『はい、俺の勝ち! ねぇ、見てくれました? こうやって回避しつつ、ザッって感じで首を斬ったんですけど』
〈え、えっ、待って。倒したの?〉
『はい。倒しました』
〈ヘルハウンド、だよな〉
『そうみたいです。ステータスボードにもモンスター名と討伐数が表示されました。この犬っころ、S級指定なんですねぇ』
倒したモンスターなどが自動で記録され、ダンジョン内でのみ表示することが出来るステータスボードを少年が配信画面に映るようにしてくれた。
そこには【ヘルハウンド討伐数:1】という表記がある。
驚くべきことだが、俺は少年の発言に気になる点があった。彼がヘルハウンドの名前を知らなかったことだ。
〈ねぇ。もしかして君、深淵攻略の配信とか見てない?〉
『見ませんね。ポーターのバイトが忙しくて』
ということは彼は初見でヘルハウンドの超高速突進を交わし、カウンターでその首を切り裂いたことになる。
こここ、こ、コイツ!
ほほ本物だぁぁ!!
本物の、あの最強ポーターだぁぁぁああ!!
俺はこの情報を拡散すべく、震える手で各種SNSアカウントで投稿を開始した。




