心を軽くする薬(2)
「ーーそんなに丁寧な給仕をしなくても…。ボクは、小さな赤子では無いんだよ?」
「久しぶりのお勤めですもの、これくらいしなくてはね」
エリヴァルの不調を訴え出た王弟の命により公務は休止となり、暇を持て余したリリスは体調に配慮する進言もあって侍女勤めを再開した。
とは言っても既に国の要人となったリリスにエプロンドレスは着させられず、コルセットの留め具は姫君用の硬いものだったので多少の窮屈さは抜けない。
「姉姫への思慕が再燃したって、いいじゃないの。男は子を産むための道具だと割り切る。なんて言っていた時期も有ったのに、罪悪感を抱え込んでいるから薬なんかに手を出すのよ…」
「このまま、姉上への気持ちを忘れられると、思っていたんだけどね…。亡きカスティア王女に囚われた時、叔父上の采配で姉上はボクを助けに王宮へやって来た。その身を犠牲にして伯母上から守ってくれて、ボクは、エリヴァルイウスは……姉様を心から愛するようになった。何度か肌を重ねた事も有ったけれど、ボクが事実上の残された後継者だったから、姉様の方が身を引いてしまった」
とても長く、ふんわりとした薄紫の髪。赤い瞳に白い肌。少しだけ似ている半分血の繋がった実の姉。その身体の感触を、匂いをよく覚えている。
平民育ちとは到底思えない気高い心と強い意志、不義の王女でありながら民の支持も厚く、誰よりも美しい想い人。
「名前を公言するのでさえ禁じるなんて、陛下も罪なお人だわ。でも、姉姫さまご自身がエリヴァルに会いたくないと告げるお気持ちも分かるの…。一時期の貴方たちは、本当に恋人のようだった。その身の半身のように、離れてしまったら心が折れてしまうくらい似合いの二人」
「子まで孕んでしまっては、ボクにも何も出来ないよ。もし、お会いする事が叶ってしまったなら、きっと王室を捨てて二人で産まれてくる子供を育ててしまうだろうね…。平民育ちの姉上とは違って、ボクはきっと迷惑をかけ続けて、何度か苦労を重ねて裁縫の仕事なんかを始めるのさ」
「だから、姉姫も会えないし便りの返事も送れない…」
封をまだ閉じていない、何十通目かの手紙は書斎机に置かれたままだ。体調を崩した事で何かの返事が来るかもしれないと、僅かな期待を持ってしまって続きが書けなくなった。
「ボクが子を産んで、次代を残したら二人で逃げ出すかもしれない。そうなったら、生まれた我が子を捨てる事になるから、そんなの出来ないけどね。全てが終わるまで、どこか遠くの場所で姉上の帰りを待ち続けるのも、一つの道かな」
肩の先まで伸びてきた髪を、リリスはアレンジしながら飾り立てる。背中の辺りまで届くようになったら、姪か甥が産まれる事になるのだろうか…。会ってみたいような、姿さえも見たくないような複雑な気持ちだった。
「……ねえ、私と言っていた頃を思い出したせいで、気持ちがつらくなったなら。そんな呼称なんて忘れて、今の自分で"わたし"に戻ってみたらどうかしら?」
「ボクを止めにして、わたしにするのかい…? 儀式や式典では無理に直していたけれど、何だか上手く言葉を紡げそうにもないよ」
殻に閉じこもっていたエリヴァルは、部屋を出るようになった。昔の幼かった頃の自分からボクになり、前の"わたし"を静かに見つめられる。
「単なる言葉遊びよ。名前の公言を禁じられ、私と二人きりの時でさえ姉姫の名を呼ばなかったでしょ? リリスティンと一緒の時だけは、自分の言葉だけで愛を囁いても許されるわ。丁寧な会話なんて必要ない、エリヴァルの本当に思う"わたし"を使って、第一王女の名を呼べばいいのよ」
「素直な気持ちで、姉上の名前を…」
大きく深呼吸をして、何度も彼女の名を思い浮かべる。大好きな人、愛する、とても大切な姉上。
「ーー私はベリウスを。ベリウスニシウムを愛しているわ。誰に抱かれても、拒絶されても、エリヴァルは、ベリウスを愛している…。ずっと、いつまでもずっと、彼女が来てくれる事を待ち続けるの……」
呼吸が荒くなり、胸が締め付けられる。言葉を紡げば思慕が強まり、忘れえぬ女性の面影が頭を占めた。
リリスの胸に抱かれ、何度も彼女の名を呼ぶ。返って来ない便りと、空虚なままのお腹を抱えた退屈なクイーン。生まれが違えば、継承者が多かったらと嘆きの言葉は幾つも浮かんでは消えていった。




