心を軽くする薬(1)
「……外遊から戻ってみれば、今度は執筆の最中か」
「返事が貰えないのは分かっているんだけどね、姉上に定期報告も兼ねたラブレターだよ。向こうの侍女が中を見て読んでくれる所まで、確認してくれているらしいのだけどね。何十通送ろうと、何も反応を示されないそうだ」
インクの蓋を閉め、蝋封をして印を押して小間使いに手渡す。虚しさを覚える返って来ない作業にも、そろそろ諦め時を考えた方がいいかもしれない。
「お前…。この新しい瓶、また薬の数を増やしたのか…? 髪を切ってからは、もう不要になったと、言っていたのに」
書斎机に一緒に並んでいたのは、以前の抗不安薬より効き目を強めた小瓶だった。ラベルの日付から最近になって処方された薬だとは思うが、あまり一般に出回るような物ではない。
「薬師とのご相談の上、だよ。姉上の懐妊が公表されてから、熱が戻って来てしまって…。どうにも、自分一人の力だけでは気持ちを抑えきれなくなってしまったんだ。せっかくフレドリクスが住み始めたおかげで、少しずつ"わたし"が近づいたのにね」
「公務はしばらく休め。私も当分の間内務に専念するから、一人では決して眠るな。別に、三の君と一緒でも他の誰と寝てもいい。この間のように水を飲ませて吐かせるような事は、お前に二度としたくはない」
「……休むと言ったって、リリスもまだ不慣れだし、スケジュールは詰まっているのに…」
「そんな物はどうでも良い。どうせ元老院の長老たちが働くのを嫌がって、お前に押し付けているだけだ」
すぐにエリヴァルのインク瓶を借りて指示書を書きつけ、元老院の者たちには従わなければ誠意を見せて貰うと事実上の処刑宣告の添付書きを追加してから送りつける。
元々、同居案を出した際に公務も通常通り行うよう義務付けた連中だ。さぞ走り回って、国益のために働いてくれるだろう。
「……そうだね。少し、疲れているのかもしれない。懐妊の話を聞いても、返事が届かない手紙を送り続けて、嫁がれた姉上にとってエリヴァルイウスは迷惑なのに。…気持ちが、収まらないんだ。叔父様の事も好いているし、フレドリクスと一緒に居ると落ち着いた気分になるし…。そうした方がいいって、理解はしているんだけど。やっぱりボクは、姉上を愛してしまっているんだって…」
「だから陛下も、お前が王室を離れないように姉を嫁がせた」
『……あの子だけは、エリヴァルイウスだけは彼女に渡さない。もう、王室には残された血筋がない。私たちは、エリヴァルの御子を待つ事だけが、残された仕事…』
「……姉上の。お声が聞きたくて、髪に触れたくて、お顔を拝見したくって。胸がたまらなく痛いんだ! 苦しくて、胸が痛くて、涙が溢れ出てきてしまうの。陛下には姉上に会う事を禁じられ、自由に外を出る事を咎められ、人前で名前を出すのでさえも許されない…。区切りが付いたと、気持ちが切り替えられたと思っていたのに、姉上の。ベリウスの話を耳にするだけで、止められなくなる」
「お前の姉は、自らの意志で嫁いで。会う事でさえ求めずに返事も寄越さない。やがて産まれた子供は王宮に入り、ここに戻ってくる」
「時間が解決してくれるなんて、嘘だよ。ボクは叔父上に抱かれている時でさえ、ベリウスの事を想ってしまうんだ。フレドリクスの部屋に入るようになって、"わたし"に戻っていく自分を感じ取るたびに、ベリウスを焦がれる気持ちも戻っていく…」
外遊用の常備薬を取り出し、口移しで眠り薬をエリヴァルに飲ませていく。
疲れ切った身体に染み込んだ薬は瞼をゆっくりと閉じさせ、オーカスは愛する姪に何もしてやれない自分の無力さを心から呪った。




