ロイヤルアゼールの嗜み(1)
「ーー新しい部屋での夜は、ゆっくり過ごせたかい?」
午前の公務と城下向けの歓迎会を終え、ひと息ついたエリヴァルはゲストでの参加となったフィンネルとフレドリクスをもてなす。
「エリヴァルの案内のおかげで、指示の仕方もすぐに出来て快適だったよ。太子殿…。フィンネルは、上の階だって話だね…」
「ええ、用意した本棚では足りないくらいの広さで、このままでは書庫が出来上がりそうです」
同居生活でのルールとして、お互いに階級差を設けず呼び捨てに。とはされたが、まだ抵抗感は抜けないようで時折、呼びかけの際に呼称が入ってしまう。
「それは完成が楽しみだ。この王宮の前の主人達は文学に重きを置かなかったようで、書物の種類が少な過ぎて困っていたんだよ。複雑な工具の作り方や細工品の書物の類はたくさん有ったんだけどね、みんな叔父上が焼き捨ててしまわれたんだ」
「是非ともお立ち寄り下さい。と言うより、エリヴァルは婚約候補者なのだから、自由に入ってきて構わないかと…」
焼き立てのスコーンにナッツの入ったオイルを塗り、クリームを浮かべた紅茶を飲み干す。
ニオブへの熱い目線を思い出したエリヴァルは、ちょっとした悪巧みを思いついてニコニコとフィンネルに微笑んだ。
「……さて、貴国では婚約を考えている相手に、挨拶程度の口づけをするのは、無礼にはならないかい?」
「無礼では、無いと思いますが、私はいきなりそんな事はーー」
自分を責められていると思ったフィンネルに、口元に少しついたままのクリームを舐め取って舌先で送り込む。
フレドリクスが一瞬で顔を赤らめ、唇を奪われる形となったフィンネルは、事情がよくわからずに混乱したまま、赤い舌が口に触れて唇を強く吸われていった。
「……挨拶は必要みたいだから、略式で失礼したよ。フレドリクス、彼は姫君が二人も並んでいるのに、我が国の宰相補佐官に目を奪われていた浮気者だったから、少しキツくしてみたんだ」
「そ、それは、その…」
「まあ、ニオブは美人だからね。歳も若いし、タリアやノースも含めて、元老院の差し金の候補者だから、向こうも多少はわかっていると思うよ。……でも、今のキスで、少しこっちに気持ちが動いたかもしれないけどね」
「何故、宰相補佐官殿も候補に…?」
混乱したままのフィンネルを置いて、フレーバーティーの追加で口直しをしたエリヴァルは、お詫びも兼ねてフレドリクスに軽い口づけをする。
「ーー続きをしたくなったら菓子箱追加を持って来れば、相手をするかもしれないよ。鍵は掛けていないけど…入浴中と叔父上が隣に眠る時は、少しだけ勇気を持ってノックを鳴らすといい」
「お菓子箱で姫君の唇を奪えるなら、城中の民がお部屋に殺到してますよ…」
「でも、ボクは退屈な籠の鳥だから、気まぐれに受け入れてしまうかもしれないよ。退屈なクイーンが愛称だからね。ソファーに横になって暇を持て余していたら、甘いお菓子を運んできた相手に蜂蜜を吸わせる事も、無いとも限らない…」
「そして、入ってきた瞬間に漆黒の将軍が斧を掲げている。と言うわけですか…?」
それには否定も肯定もせず、勇気が有るならどうぞとだけ伝えたエリヴァルは、オイルを染み込ませたスコーンを半分に切り、二人へ手渡した。
柔らかさと、酸味が効いたオイルの風味に寒気を覚え、目の前の姫君に気軽に触れたら胴を二つに切り分けられる。と言う意味にも取れた。
「それでも、僕は菓子箱を持って……入ってしまうかもしれないな。エリヴァルは、その罠を通ってしまいたくなる魅力的な姫君だよ」
「なら、たくさんの菓子箱をお待ちしているよ。頂いた手土産は、バスルームでいくつかダメになってしまったから、甘い物には飢えているんだ。…ああ、プラムの菓子だけは遠慮するよ。ちょっと口に合わなかったんだ」
「わかった、早いうちに取り寄せておくよ」
「お部屋に伺うかは命の残り時間と相談してから決めますが、ウェイクフィールドは砂糖菓子が豊富ですから、ご挨拶のお礼として何箱でも持ち寄りますよ」
「それは有難い。貴国とは今後も良い取り引きを行えると第二王女の名の下に約束しよう。何なら、技師も紹介するし、工場だって建てても構わないよ…」
マフィンの上にたっぷりの蜂蜜が塗られ、ナイフで切り分けエリヴァル自ら二人の口元に交互に運んでいく。甘くて濃厚な味わいと、蜜の髪をした姫君の吐息が耳元に届き、歓待と呼ぶには贅を尽くした午後が過ぎていった。




