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過労死して異世界召喚された俺、やっぱりコンサルとして働くようです  作者: 月泉


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3/5

魔王様がいないと、何も決まりません

 翌朝。


 三日間の現状分析、その二日目。


 全軍戦況会議の開始を告げる鐘が、魔王城に三度響いた。


 高城律は円卓の端に立ち、ひとつだけ空いた椅子を見ていた。


 他の席より一回り大きい。黒い背もたれには、翼と角を組み合わせた魔王家の紋章。


 本来なら、レオノーラが座る席だ。


 今日は誰もいない。


 代わりに円卓の中央では、彼女の紋章を刻んだ黒い石板が紫色に光っていた。


『本日の全軍戦況会議は、余の不在のまま通常通り進行せよ』


『異界顧問・高城律の調査に協力すること』


 本人の声まで再生される。


 これがなければ、異世界に来て二日目の人間など、会議が始まる前に追い出されてもおかしくなかった。


「……本当に来ないのか」


 向かい側でガルドが言った。


「来ません」


「呼び戻すなら今だぞ」


「始まる前に戻したら、何も分からないでしょう」


 ガルドが盛大に鼻を鳴らした。


 律は空席へ目を戻す。


 魔王がいなければ、会議そのものが崩れる。


 まずは、そう仮説を置いていた。


 そうなれば話は早い。


 もっとも、話が早そうな仮説ほど、きれいに外れることも多い。


「高城さん」


 隣からフィーネが小声で呼んだ。


 濃紺の外套を着た彼女は、今日も羊皮紙の束を抱えている。


「こちらで大丈夫です。魔王様は普段、あちらに」


 当然ながら、例の空席を指す。


 律は円卓から少し離れた場所へ下がった。


 今日は会議を仕切りに来たわけではない。


 見るために来た。


 開始時刻になると、フィーネが机上の小さな銀鈴へ触れた。


 澄んだ音が響く。


 同時に、円卓中央の黒い石盤が低く唸り始めた。


 青白い光が立ち上り、空中で山脈になり、川になり、森になっていく。砦や街道、都市が浮かび、無数の光点がその上をゆっくり移動していた。


「《戦況投影盤》です。各地の観測所から情報が送られてきます」


 律は立体の戦況図を見上げた。


 かなり高度だ。


 その横で、フィーネは羽根ペンを取り出し、羊皮紙へ会議の日付を書き始める。


 立体戦況図を出せるのに、議事録は手書き。


 気になる。


 かなり気になる。


 だが、今日は別件だ。


 フィーネの進行で、各軍団からの報告が始まった。


     ◇


 十五分ほど経って。


 律は少し拍子抜けしていた。


 普通に進んでいる。


 各戦線の状況、前日の損耗、敵部隊の移動、食糧と魔石の残量。担当者が必要な事項を報告し、その内容が戦況投影盤へ反映されていく。


 長々と演説する者もいなければ、軍団長同士が机をひっくり返すこともない。


 魔王がいなくても、報告は回る。


 一つ目の仮説は外れた。


 なら、捨てればいい。


「思ったより早いですね」


 律が小声で言うと、フィーネは羽根ペンを動かしたまま答えた。


「報告までは、いつも早いです」


 報告までは。


 その言葉を頭に残した直後、戦況投影盤の北側が赤く明滅した。


『北方第三砦』


 前日、レオノーラが《黒炎界》で守った砦だ。


 前線担当官が立ち上がる。


「北方第三砦より、標準軍用魔石十二基の追加要請です。現在の残量では本日中に防壁維持へ支障が出ます。八基で明日まで、十二基あれば次の補給隊到着まで二日は維持できる見込みです」


 円卓がざわついた。


 標準軍用魔石は、防壁や通信、魔導兵器、飛行補助などに使われる軍用の共通資源だ。


「十二基を送れ」


 ガルドが即答する。


「待て」


 低い声が割って入った。


 首筋に赤黒い鱗を持つ竜人――竜騎兵団長ラグナだった。


「竜騎兵団も八基を要求している。五基あれば一度は飛べるが、それでは次がない」


「第三砦を失えば北方街道が開く」


「空を取られれば、その砦へ補給隊すら近づけん」


 二人の視線がぶつかる。


 そこへ、淡い青の法衣を着た結界局長が静かに加わった。


「東部都市結界にも十一基を要請しております。七基あれば最低限は維持できますが、市民一万二千を守るには余裕がありません」


 戦況図の東側に、都市を覆う半透明の膜が浮かんでいる。


 フィーネが手元の記録を確認した。


「現在、即時配分できるのは二十三基です」


 律は三者の要求を頭の中で並べた。


 北方第三砦は十二。竜騎兵団は八。東部都市結界は十一。


 合計三十一。


 最低限だけなら、八、五、七で二十。


 最低限を全て満たしても、残るのは三基だけだ。どこへ上積みするかで、取るリスクが変わる。


 しかも、三者とも間違ったことを言っていない。


 第三砦も落とせない。制空権も失えない。そして、一万二千の市民も守らなければならない。


 誰かが無能だから揉めているわけではなかった。


 正解がないのではない。


 正解が、一つではない。


 こういう問題を前にすると、疲れているはずの頭が勝手に動き始める。


 本当に、ろくでもない職業病だった。


     ◇


 議論は続いた。


 ガルドは北方街道を、ラグナは制空権を、結界局長は東部の市民を守ろうとしている。


 それぞれが情報を出すほど、かえって簡単には決められなくなっていく。


 やがて、円卓の端にいた軍団長が口を開いた。


「……魔王様の御判断を仰いでは?」


 張りつめていた空気が、わずかに緩んだ。


 何人かが頷く。


「駄目です」


 律が言った。


 一斉に視線が集まる。


「今日それをやったら、この会議を開いた意味がありません」


 ガルドが低く唸った。


「これは戦時の判断だぞ」


「分かってます。だから確認したい」


 律は空いた魔王席を見る。


「この配分、本来は誰が決めるんですか?」


 誰もすぐには答えなかった。


 補給局は配分案を作れる。


 軍団長は、自軍に割り当てられた資源なら決められる。


 だが、複数軍団や都市をまたぐ配分になると、最終判断を下せる者がいない。


 だから、魔王へ上げる。


 今の仕組みでは、そこで終わっていた。


「なら貴様が決めろ」


 ガルドが律を見る。


「二十三基をどう配るか。これだけ口を出すのだ、案くらいあるのだろう」


 あった。


 最低必要量。失った場合の被害。代替手段。他戦線への波及。


 数分あれば、それらしい配分案は作れる。


 だからこそ。


「俺は決めません」


「何?」


「俺が決めたら、魔王様が俺に置き換わるだけです」


 ガルドが口を閉じた。


 律は円卓を見回した。


「今日見たいのは、俺が答えを出せるかじゃない。魔王様がいなくても、この軍が答えを出せるかです」


     ◇


「高城さん」


 フィーネが羊皮紙の束から三枚を抜き出した。


「昨日の調査で、似た魔石配分の記録を三件用意してあります」


 律は少しだけ目を見開いた。


「先に見てたんだ」


「必要になるかもしれないと思いまして」


「助かります」


 頼まれたことだけでなく、その次を考えている。


 こういう人間を見つけると、律はすぐ仕事を渡したくなる。


 そして、期待した分だけ仕事を積む。


 前の世界でもよくやった。


 ――やめておこう。


 少なくとも、今は。


 フィーネが水晶へ触れると、過去三件の配分記録が空中へ浮かんだ。


 国境砦と鉱山。


 治療施設と魔導砲台。


 輸送隊と都市結界。


 律は順に目を通していく。


 数字より先に、レオノーラが毎回何を確認しているかが気になった。


 失った場合の被害。


 代替手段の有無。


 復旧までにかかる時間。


 他戦線への影響。


 そして、最低限必要な魔石の数。


 三件とも、聞き方は違う。


 見ているものは、ほとんど同じだった。


「あるじゃん」


 律が呟く。


「何がですか?」


「決めるための基準です」


 律は空中の記録を指した。


「魔王様は勘で決めてるわけじゃない。毎回、ほぼ同じところを見てる」


「当然だ」


 ガルドが不満そうに言う。


「ええ。問題はそこじゃない」


 律は首を振った。


「ルールがないんじゃない。魔王様の中にはある。ただ、それが言葉になっていないんです」


     ◇


 フィーネに頼み、戦況図の脇へ五つの観点を浮かべてもらった。


 失った場合の被害、代替手段、復旧時間、他戦線への波及、最低必要量。


「今日は、この五つだけ使ってください」


 ガルドが表示を見る。


「それで決めろと?」


「魔王様が過去に見ていたものです。俺が持ち込んだ基準じゃありません」


 律は円卓から一歩下がった。


「ここからは口を挟みません」


 ラグナが目を細める。


「判断を誤ったら?」


「その時は、何が足りなかったのか調べます」


「戦場だぞ」


「だからですよ」


 律は肩をすくめた。


「この世界に来て二日目の俺が決める方が、よほど怖いでしょう」


 ガルドが一拍置いて鼻を鳴らす。


「それはそうだ」


「そこは迷わないんですね」


 議論が再開した。


 今度は、さっきまでとは少し違った。


 北方街道への影響。次の援軍が届く時間。竜騎兵に代わる戦力の有無。東部都市の避難経路。


 それぞれが「自分には必要だ」と主張するのではなく、同じ観点に沿って情報を出し始める。


 律は黙って聞いた。


 知らない情報が次々と出てくる。


 自分が決めなくて正解だった。


 それでも。


 北方へ、もう一基。


 言葉が喉まで上がる。


 口を出せば早い。


 自分で決めれば、もっと早い。


 そうやって人の仕事を途中から取り返す癖が、自分にあることを律は知っていた。


 今回は黙る。


 指先を組み、円卓から一歩離れた。


     ◇


「北方第三砦に十基」


 最後にガルドが言った。


「竜騎兵団に六基」


 ラグナが続く。


「東部都市結界に七基。それで結構です」


 結界局長が頷いた。


 合計二十三基。


 北方には、援軍到着までの時間を稼ぐため最低量より二基を上積みする。


 竜騎兵には、偵察と救援を両立できる六基。


 現時点で敵の接近が確認されていない東部は、最低限の七基で維持する。


「満足はしておらん」


 ガルドが言った。


 ラグナも鼻を鳴らす。


「同じだ」


 結界局長は苦笑した。


「私も、もう数基あるなら欲しいですよ」


 律は少し笑った。


「それでいいです」


「いいのか?」


「全員が満足するなら、そもそも取り合いになってません」


 重要なのは、全員が同じ答えを好きになることではない。


 なぜその結論になったのかを、互いに説明できることだ。


 誰か一人の正解に従う以外の決め方を。


 魔王軍は、少なくとも一度はできた。


     ◇


 会議が終わると、フィーネが記録を見直しながら何度か瞬きをした。


「……いつもの半分も経っていません」


「今日は議題も少なかったですから。短くなっただけで成功扱いするのは早いです」


 それでも、朝に置いた仮説は更新できる。


 魔王がいなければ、何も決まらない。


 それは違った。


 魔王がいなくても、判断の基準が共有されれば決められる。


 律は頭の中で、仮説を書き換えた。


 会議室を出た一行は、そのまま魔王執務室へ向かった。


 レオノーラは机上の書類から顔を上げる。


「終わったか」


「はい。北方十、竜騎兵六、東部七です」


 レオノーラの眉がわずかに動いた。


「魔王様なら、どう配りました?」


「北方九。竜騎兵五。東部九」


 違う。


 背後でガルドの肩が僅かに強張った。


 レオノーラはその様子を見て、「理由を聞こう」とだけ言った。


 ガルドたちが、会議で使った五つの観点とともに結論を説明する。


 レオノーラは口を挟まず、最後まで聞いた。


「……なるほど」


 しばらく考えたあと、椅子へ背を預ける。


「余なら、その配分にはしなかった」


 ガルドが僅かに目を伏せる。


「だが、筋は通っている」


 ガルドが顔を上げた。


「よろしいのですか」


「余と答えが違うだけで誤りなら、最初からお前たちに考えさせる意味がない」


 律は何も言わなかった。


 同じ答えにはならなかった。


 それでも、レオノーラは受け入れた。


 もし律が代わりに配分を決めていたら、この変化は起きなかったはずだ。


     ◇


 その後。


 フィーネは会議室へ戻り、決定事項を正式記録へ写していた。


 戦況投影盤には、北方十、竜騎兵六、東部七という数字がすでに残っている。


 それを見ながら、羊皮紙へ一つずつ手で書き写す。


「その数字、水晶にそのまま残せないんですか?」


「残せます。ただ、正式な軍務記録は羊皮紙ですので」


「……残せるんだ」


 律は戦況投影盤を見る。


 遠く離れた戦場を立体で映せる。


 記録もできる。


 なのに、最後は手で転記する。


 記録水晶を原本にする。転記をなくす。異なる記録媒体をつなぐ。


 改善案が勝手に浮かんだ。


 待て。


 また始まった。


 今日は直しに来たのではない。


 律は口を閉じた。


 その時。


 フィーネの羽根ペンが止まった。


「……高城さん」


 声の調子が変わっている。


 彼女は二枚の記録を机へ並べた。


「これ、同じ時刻の記録です」


 一枚は中央記録院。


 もう一枚は補給局。


 どちらも、王都中央備蓄庫の同じ項目を示していた。


『可動在庫 二百六十基』


『可動在庫 二十三基』


 律の目が止まる。


「どちらも、すでに配分が決まっている分を除いた後です。記録時刻も同じです」


 フィーネが先に付け加えた。


 同じ時刻。


 同じ倉庫。


 同じ「可動在庫」。


 数字だけが違う。


 差は、二百三十七基。


 今日。


 二十三基をどう分けるかで、あれだけ揉めた。


 その十倍以上が、記録の上では消えている。


 盗難、誤配、転記ミス、集計の遅れ。


 いくつもの可能性が、一瞬で頭に浮かぶ。


 一つの数字が違うだけなら簡単だ。


 だが、こういうずれは、複数の仕事がつながる場所で起きることが多い。


 面倒な匂いがする。


 それなのに。


 律の頭は、さっきまでより冴えていた。


 まただ。


 本当に、懲りない。


「この二百三十七基、どこにあるか分かります?」


 フィーネは首を振った。


「分かりません」


 律の視界に、細い光が走る。


《構造視》。


 二つの記録。


 補給局。


 中央備蓄庫。


 それらを、新しい線が結んだ。


 律は羊皮紙から目を上げた。


 窓の向こうには、魔王城の下層へ伸びる巨大な搬送路が見えている。


「次は」


 律は言った。


「倉庫を見に行きましょう」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


魔王不在でも、会議は進む。

けれど「決める」ところで止まる――今回は、そんな魔王軍の意思決定の癖を見ていく回でした。


そして最後に出てきた、消えた二百三十七基の魔石。


次回は会議室を出て、いよいよ倉庫と補給の現場へ向かいます。

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