70話 周りからの見え方
人との距離感は、案外自分では分からないもの。
当たり前だと思っていた関係も、誰かの目には少し違って見えることがある。
そんなある日の放課後。
優斗は何気ない一言に、思いもよらない形で向き合うことになる。
今回は少しだけ、周囲から見た二人のお話です。
「小鳥遊君、ちょっといいかな?」
声を掛けられ、そちらへ視線を向ける。
そこに立っていたのは、ショートカットの女子生徒だった。見覚えはあるが、名前までは分からない。
「ん? いいけど、どうかした?」
「えっとね、ここの問題が分かんなくて。よかったら教えてもらえないかなって」
そう言いながら、彼女は教科書の一箇所を指差した。
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「うん、ぜひぜひ」
教科書へ目を落とす。
どうやら数学の問題らしい。
内容を確認して、どこか見覚えがあると思った。
前に千春から教えてもらった範囲だ。
《これなら僕でも解けそうだな》
「ここの問題は、まずXで微分して、そのあとにYが──」
「ふんふん」
説明を続けていると、不意に甘い香りが鼻先をくすぐった。
シャンプーとも柔軟剤ともつかない、柔らかな香り。
何気なく視線を上げる。
すると、その子の顔が思った以上に近くまで寄ってきていた。
──ゴトッ。
その瞬間、近くで何かを落とした音が響いた。
反射的にそちらを見る。
すると、なぜか千春と目が合った。
どうやら手にしていた教科書を落としてしまったらしい。
彼女はぽかんとした様子で、その場に立ち尽くしていた。
「千春さん、平気?」
クラスメイトの一人が慌てて声を掛ける。
すると千春は、はっと我に返ったように瞬きをして。
「い、いえ。大丈夫です。お気になさらないでください」
すぐにいつもの微笑みを浮かべた。
相変わらずの聖女フェイスである。
「……」
ただ。
気のせいだろうか。
その目が妙にこちらを見ている気がする。
しかも、どこか笑っていないような。
いつもより少しだけ唇が尖って見えた。
なんとなく背筋が寒くなる。
「小鳥遊君、どうかした?」
「え?」
女子生徒の声で我に返る。
「なんか、ぼんやりしてたみたいだけど」
「そ、そうだったかな?」
誤魔化すように耳の後ろを掻いた。
すると。
「……千春さんに見とれてただけじゃね?」
隣から雅之がぼそりと呟いた。
「……マジかよ。優斗、おめぇも──」
「だっ!? ば、馬鹿違うって!!」
すかさず達哉まで乗っかってくる。
両脇から詰め寄られ、妙にいたたまれない。
特に雅之の言葉は核心を突いていて、うまく言い返せなかった。
結局、にやにやと笑う顔から目を逸らすのが精一杯だ。
一方の達哉は達哉で、対抗心を燃やしているのか目がぎらぎらしている。
なんというか、圧がすごい。
《ただでさえ変な誤解をされそうなのに、本人に聞かれてたらどうするんだよ……》
そんなことを考えていると。
「千春さんっ!? 顔真っ赤だけど平気!?」
「もしかして熱あるんじゃ!?」
「だ、大丈夫ですっ!!」
教室の反対側が少し騒がしくなっていた。
どうやら千春も千春で大変らしい。
《……まあ、あっちはあっちで忙しそうだな》
そう結論付けて、再び目の前の女子生徒へ向き直る。
「ごめん。待たせちゃった」
「……優斗君って、千春さんと付き合ってるの?」
「へっ?」
思わず目を見開く。
彼女は少し照れたように視線を逸らしながら、
「その、なんとなくなんだけど……」
と言葉を続けた。
「千春さん、優斗君といるとき雰囲気違うから。」
彼女は困ったように笑う。
「それに距離もちょっと近いし、もしかして―――みたいな?」
彼女の一言に、僕は返す言葉を失った。
そんな風に見えていたなんて、思ってもいなかったのだから。
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