66話 知りたい、知りたくない。
水族館デートもいよいよ佳境!
空飛ぶペンギンに感動したり、推し語りをしたりと順調に見えた優斗と千春。
しかし、ひょんなことから飛び出した千春の一言が優斗の心を大きく揺さぶることに!
「誰よりも大事な人だから」
そんな台詞を真顔で言われて平常心でいられる男子高校生なんているのでしょうか?
たぶん、いません。
それでは水族館編中盤、どうぞお楽しみください!
「あと少しで屋外エリア、か。た、楽しみだね」
「そ、そうだね……」
「「……」」
さっきから会話がたどたどしい。
話題を探しては途切れ、沈黙が訪れる。
お互いに目を合わせることすらできず、二人の間には何とも言えない気まずさが漂っていた。
《ヒロインのモデルはいなくて、完全オリジナルってことにしたけど……》
ちらりと千春の横顔を見る。
どこか元気がない。
僕の発言で傷つけてしまったのだろうか。
もしそうなら謝りたい。
けれど、何がいけなかったのか。
どんな言葉が彼女を傷つけたのか。
僕にはまるで分からなかった。
女心って、やっぱり難しい。
そんなことを考えながら階段を上りきると、視界が一気に開けた。
そこに広がっていたのは、水色の世界。
巨大な筒状の水槽の中を、何羽ものペンギンたちが優雅に泳いでいる。
その光景に思わず、
「ぺ、ペンギンが空飛んでる!」
と言葉が漏れた。
次の瞬間、周囲のお客さんたちの視線が一斉にこちらへ向く。
しまった。
少しだけ顔が熱くなる。
すると、
「ぷふっ」
小さな笑い声が聞こえた。
振り向けば、千春が肩を震わせていた。
「ご、ごめん……ちょっと変だった?」
「そういうわけじゃなくて――」
千春は口元に手を当てながら、
「確かにそう見えるよね。とても幻想的というか」
ふふっと笑う。
その笑顔は、さっきまでの沈んだ雰囲気が嘘みたいに柔らかかった。
それから彼女は空を泳ぐペンギンたちへ手を伸ばす。
「――まるで、オフィス街の中を飛び回ってるみたい」
一羽のペンギンを追うように、人差し指がゆっくりと動く。
その横顔は眩しいほどに輝いていた。
まるで、目の前の景色に胸を躍らせる無邪気な少女のようで。
思わず見惚れてしまう。
「私ね、優斗君にどうしてもこの景色を見せたかったんだ……」
ぽつりと千春が呟いた。
「私の大好きなこの場所を、君だけには共有したくて」
「それと――」
少しだけ憂いを帯びた表情でこちらを振り返る。
「私のこと、もっと知って欲しくて」
ぶわっ、と。
その瞬間、トンネルを吹き抜ける風が二人の間を通り過ぎた。
黄金色の髪がふわりと舞う。
頬にかかったおくれ毛を指先で払う仕草は妙に様になっていて。
目を逸らせば崩れてしまいそうなほど繊細で、
ガラス細工みたいだと思った。
「……それはどうして?」
問いかけると、千春はきょとんと目を瞬かせた。
そんなことを聞かれるとは思わなかった。
まるでそんな顔だった。
やがて小さく笑い、
当たり前のことを口にするように言う。
「誰よりも大事な人だから」
――ドクン。
心臓が大きく脈打った。
「……」
その顔は真っ直ぐ僕を見つめている。
冗談でもない。
からかいでもない。
ただ純粋な本音だった。
だからこそ。
その言葉の意味を考えそうになった瞬間、
彼女の視線がふと上へ向いた。
そして、
「っ!! も、もちろんオタ友的な意味だけど!!」
顔を真っ赤にして叫び出す。
熱気球みたいに頬を膨らませながら、両手をぶんぶん振り回していた。
「ははっ。」
思わず息が漏れる。
なんだかんだで平常運転な千春に少し安心してしまった。
「……それくらい分かってるってば。」
気にしていない風を装って答える。
何も誤解していない。
何も期待していない。
何も勘違いしていない。
そう自分に言い聞かせるように。
けれど――
《あの瞬間の千春の顔が、脳裏に焼き付いて離れない》
胸はとっくに悲鳴を上げていた。
同時に、燻っていた過去の記憶が胸の奥で蠢き始める。
知りたい。
知りたくない。
知りたい。
知りたくない。
相反する感情が何度も何度もぶつかり合う。
彼女のことをもっと知りたい。
けれど、その先へ踏み込むのが怖かった。
あと少し。
もう少しだけ手を伸ばせば何かを思い出せそうなのに。
胸の奥の何かが、それを必死に拒んでいる。
これ以上進むな。
思い出してはいけない。
そんな警告だけが、理由も分からないまま心を縛り付けていた。
果たして僕は、どうしたいのだろう。
《分からない。今はまだ》
どこまでも弱くて。
変わることを恐れていて。
現状維持に縋ろうとしている僕は、
心に生まれ始めた小さな綻びに気付けなかった。
「せっかくだし、この場所をもっと堪能させてもらうとするよ」
二歩先に進んだ後、僕は振り返った。
「エスコートお願いしますね、千春さん」
冗談めかしてそう言うと、
「えぇ! 任せてください!!」
千春はぱっと満面の笑みを咲かせた。
その笑顔に導かれるように。
僕は再び、彼女の隣を歩き始めた。
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