65話 天才的心理戦(ポンコツ)
「ふぅ〜……」
長く息を吐き、千春はスマホから顔を上げた。
読んでいた時間にして一、二分。
決して長いわけではないが、それでも感想を口にするには十分な時間だった。
驚きと不安を胸に、僕は千春へ視線を向ける。
「読み終わった……?」
千春は小さく頷いた。
「感想なんだけど―――」
改まった様子に気圧され、思わず唾を飲み込む。
僕は黙って次の言葉を待った。
「面白かった」
「……え?」
思わず聞き返してしまう。
「ストーリーの作り込みもすごいし、主人公の抱えてる問題とか、ヒロインとの出会いもすごく鮮明で綺麗で、引き込まれるっていうか―――」
千春は堰を切ったように語り始める。
さっきまでの真剣な表情はどこへやら。
好きなものを語る時特有の熱量が、その声からひしひしと伝わってきた。
「何より、ヒロインの強いところと弱いところのバランスが丁度いいね」
「そ、そうかな?」
「そうだよっ! 可愛らしくて、つい応援したくなるっていうか―――」
腕を組み、うんうんと頷きながら語る千春。
その姿は妙に評論家じみていて、年相応の可愛らしさとのギャップについ笑ってしまう。
当の本人は理由も分からないといった様子で、きょとんとしていた。
「そんな風に言ってもらえると嬉しいよ」
自然と頬が緩む。
「やっぱりネット越しで言われるのと、直接言われるのとじゃ全然違うね」
食べ終わったホットドッグの包みを丸めながら僕は言った。
「でも羨ましいな。私、こういう才能全然無いから」
「そうなの?」
意外に思って聞き返す。
「百合香たん愛なら無限に語れるんだけどね。ゼロから物語を書くってなると……」
「それは分かるかも。結構難しいよね」
二人して苦笑いを浮かべた。
「ねぇ、優斗君」
「ん?」
「逆に聞くけど、書く時のコツって何かあるの?」
「コツかぁ〜……」
言われて額に手を当てる。
これといった方法論なんて無い。
強いて言うなら、長年ラブコメを読み漁ってきた知識と経験くらいだ。
―――あっ。
「実体験を基に書いたり、モデルになる人がいたりすると良いのかも」
「実体験にモデル……」
「そうすればキャラも動かしやすいし、描写にも説得力が出るんじゃないかな」
「ふ〜ん?」
半分分かったような、分かっていないような声を漏らす千春。
「じゃあ、このヒロインもモデルがいたりするの?」
そう言って千春が指差した先には、ヒロインの登場シーンが映っていた。
「身長は高くてスレンダーで、肌は雪みたいに真っ白。髪は綺麗なカフェオレ色で、誰からも好かれる超絶美少女……」
読み上げながら、千春の視線がゆっくりと僕へ向く。
その瞬間。
彼女の表情がわずかに強張った気がした。
「やけに描写が細かいけど、これってもしかして―――」
「っ!!」
心臓が跳ねる。
《『これって私?』とか言われたらどうしよう……!》
そんな焦りが脳内を駆け巡る。
しかし、
「ゆ、優斗君の……き、気になってる人だったり?」
「……へ?」
間の抜けた声が漏れた。
「ひょっとして身近な人? ……そっか、そうだよね」
さっきまで太陽みたいに輝いていた笑顔が、みるみるうちにしぼんでいく。
急激なテンションの落差についていけない。
「優斗君にだって、他の仲良い女子とか好きな子くらいいるよね」
「いや、えっと……」
「ほんと、なに浮かれてたんだろ私……」
どこか魂の抜けたような顔で、千春はサンデーパフェを無言でつついた。
さっきまで幸せそうに頬張っていた同一人物とは思えない。
《『これって私?』って言われたらどうしようって身構えてたのに……》
完全に予想外の方向へ誤解が飛んでいっている。
「……」
僕が何か言うより早く、千春はさらにしょぼくれていく。
その姿は、まるで電池切れを起こしたぬいぐるみみたいだった。
《なんでそんな話になったんだ……?》
原因にまるで心当たりがない僕は、再び頭を抱えるのだった。




