64話 君は知る、僕のこと
果たして千春は優斗の小説をどう読むのか。
そして優斗は、その感想に耐えられるのか。
水族館編中盤!
『君は知る、僕のこと』
どうぞお楽しみに!
「その……引かないで聞いてほしいんだけど」
「安心して。ちゃんと聞くから」
千春の前で大きく深呼吸をする。
言葉を口にするまで、一拍だけ間を置いた。
「実は……趣味で小説を書いてるんだ」
喉に引っかかった言葉を、なんとか最後まで吐き出した。
「……」
千春からの反応はない。
頭上の薄明かりが、ちょうど彼女の表情をぼかしていた。
正直、今どんな顔をしているのか分からない。
「あのさ……」
その声に、自分の肩がビクッと跳ねる。
もしここで、
『ちょっと気持ち悪いかも』
なんて言われたら―――。
そう思うだけで、身体の震えが止まらなかった。
だけど。
「小説書いてるなんて、とってもすごいよ!!」
「へっ?」
千春から返ってきた言葉は、予想していたものとは正反対だった。
それどころか。
「ちなみにジャンルは? ストーリーは? 設定は?」
勢いよく身を乗り出しながら、矢継ぎ早に質問を重ねてくる。
「ちょっ、一回落ち着いて!!」
僕は慌てて手を前に出して制した。
薄明かりの中で見えた千春の顔は、純粋な興味と感心でいっぱいだった。
その様子に思わず圧倒される。
それからスマホを取り出し、とあるサイトを開いた。
「たかゆう? これって……」
「僕のユーザーネーム。このサイトで小説を投稿してるんだ」
「えぇっ!?」
言うが早いか、千春の指が高速で画面の上を滑り始める。
「代表作『君と恋して、色を知る』……ジャンルは学園ラブコメっと」
そう呟きながら画面をスクロールし、
「あらすじは―――」
千春は小さく息を吸った。
「生まれつき感情が色で見える主人公。だけど恋心だけは見たことがない。だから恋愛感情だけが灰色だった。ヒロインと出会い、初めて恋を知ることで、その色が少しずつ見えるようになる……」
読み終えた千春は顔を上げる。
そして次の瞬間、
「面白そう! ねっ、一話読んでみてもいいかなっ?」
目をきらきらと輝かせながら、スマホを胸に抱きしめた。
その姿は、今にも尻尾をぶんぶん振り出しそうな子犬みたいだった。
心なしか頭の上に耳まで見える気がする。
《可愛い……って、違うそうじゃない》
「それは全然構わないんだけど……」
言いながら、僕は少しだけ言葉に詰まる。
「僕の小説ってさ、本当にオタクの願望を詰め込んだだけって感じなんだよ。だから、その……気持ち悪いとか―――」
「そんなこと思うわけないよ」
千春は間髪入れずに言った。
まるで一秒たりとも迷わなかったみたいに。
「人の趣味とか創作活動も尊重してこそ、真のオタクだと思うから」
「でも……」
その先を続けようとして、言葉がうまく出てこない。
すると。
「『自分には似合わない?』」
「っ!!」
僕が言おうとしていたことを、千春は見事に言い当てた。
「私、知ってるよ。オタクが何なのか」
そう言って、優しく目を細める。
「好きなものを好きでいることに、見た目も周りの目も関係ないんだって」
空になったドリンクカップを手に取る。
中の氷がカランと音を立て、光が小さく揺れた。
「そう教えてくれたのは、他でもない優斗君なんだよ?」
そう言いながら、千春は人差し指を立ててみせる。
「……そうだったか」
「ふふっ。そうだよ。思い出した?」
鈴を転がしたような笑い声が響く。
僕は気持ちを落ち着かせるように、手元のドリンクを一口飲んだ。
「じゃあ、その……改めて読んでもらってもいいかな?」
「うん。ちゃんと読んで、感想もまとめておくね」
「……ありがとう」
胸の奥からじわりと湧き上がる羞恥心を、冷め始めたホットドッグと一緒に飲み込む。
千春はさっそく画面へ視線を落とし、真剣な表情で読み始めた。
僕は落ち着かない気持ちをごまかすように、テーブル脇の水槽へ視線を向ける。
ゆったりと泳ぐ魚たちを眺めながらも、意識はずっと彼女のほうへ向いたままだった。
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