58話 いざ、水族館デートへ
新章開幕!
体育祭が終わったからといって、優斗たちの日常が落ち着くわけではありません。むしろ、お互いを意識し始めた二人の関係は、ここから少しずつ新しい方向へ動き出していきます。
そんな新章の幕開けは、千春からの一通の誘いから。
それでは、水族館デート編をお楽しみください。
「ふぅ~、やっと着いた」
一時間くらいたった頃、ようやく電車を降りた。
時刻は午前九時。
平日の月曜日ということもあってか、乗客も降車する人もそれほど多くない。
目立つのは大学生や子連れの母親くらいだ。
もっとも、みんな向かう先は同じなのかもしれない。
S〇icaをタッチし、改札を抜ける。
そのままコンビニ横の壁に寄り掛かった。
「確か、出たところで待ち合わせだったよね」
昨日までの千春とのやり取りを確認しながら呟く。
集合時間は九時半。
まだ余裕はある。
幸い、彼女もまだ来ていないみたいだし。
「滑り出し順調じゃない?」
「何の話?」
「っ!?」
突然背後から声を掛けられ、慌てて振り返る。
そこには千春が立っていた。
しかも、なぜか両手に麦茶を抱えている。
「おはよ、優斗君」
「お、おはよう千春。ビックリした……」
「ごめん? ちょっと飲み物買ってて」
そう言って彼女は僕の背後を指差した。
なるほど。
だからさっきまで姿が見えなかったのか。
ということは――
「もしかして今回も僕の方が遅かった?」
「うん、ちょっとだけ」
「あぁ~……」
思わず肩を落とす。
すると千春は困ったように微笑んだ。
「その、ドンマイ?」
「気にしないで、こっちの話だから……」
「えぇ?」
不思議そうに目を瞬かせる彼女に、苦笑いしか返せなかった。
「そうだ、はい」
「……ん?」
ひやりとした感触が頬に触れる。
視線を向けると、千春がペットボトルを差し出していた。
「麦茶。熱中症対策に二つ買っておいたの」
「そんな、わざわざ……」
財布を取り出し、小銭を探る。
そしてペットボトルを受け取りながら、千春の小さな手のひらに百五十円を乗せた。
「もう。別にいいのに」
彼女は少し困ったように笑い、それを可愛らしいポーチへしまう。
「改めて、今日は来てくれてありがとう、優斗君」
「こちらこそ、誘ってくれてありが――」
そこでようやく、彼女の服装に目が留まった。
白の半袖ブラウス。
淡い緑色のロングスカート。
胸元にはオリーブ色のブローチが添えられている。
それだけじゃない。
いつものお団子ヘアではなく、今日はハーフアップにまとめられていた。
「……」
思わず見入ってしまう。
「優斗君?」
千春が愛らしく小首を傾げた。
「へっ? あ、あぁ、ごめん……」
呼び掛けられて、ようやく我に返る。
《っぶな。今、一瞬意識飛んでなかったか?》
胸を撫で下ろしながらも、なぜか彼女の顔をまともに見られない。
「その……服」
「うん。実は今日、思い切ってスカートにしてみたの」
そう言って千春はスカートの裾を摘まみ、照れくさそうに身を翻した。
ふわり、と柔らかな緑色の裾が揺れる。
「やっぱり変……だったかな?」
不安そうな瞳が、おずおずとこちらを見上げてくる。
僕は慌てて首を横に振った。
「いや、全然」
「……ほんと?」
「似合ってる、と……思う」
それだけ言うので精一杯だった。
恥ずかしくなって思わず視線を逸らす。
「その……すごく」
言い切った瞬間だった。
コトッ。
何かが落ちる音がする。
足元を見ると、千春の麦茶がコロコロと転がっていた。
「千春?」
呼び掛けても返事はない。
彼女は呆けたように固まっていた。
やがて、
「そ、そっか……」
と小さく呟く。
「と、とりあえず行こう?」
ぎこちない動きで麦茶を受け取ると、千春はくるりと背を向けて歩き出した。
夏の日差しのせいだろうか。
雪のように白い肌は、耳まで真っ赤に染まっている。
後ろ姿だけでも分かるほどに。
その反応に困惑したが、やけに軽快な彼女の足取りに頬が緩んだ。
僕は慌てて表情を引き締めると、彼女の背を追うように歩き出したのだった。
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