57話 トラウマとご褒美
いつもお読みいただきありがとうございます。
長らく続いた体育祭編も、今回でひとまず終了となります。
優斗にとっては過去のトラウマと向き合い、自分自身を少しだけ変えることができた大切な時間でした。そして千春との関係も、以前とは違う形へ少しずつ進み始めています。
一区切りを迎えたその帰り道。 達成感に浸る優斗でしたが、そんな彼を待っていたのは忘れかけていた過去の記憶と、新たな物語の始まりでした。
体育祭編のエピローグ、そして次章へのプロローグとしてお楽しみいただければ幸いです。
「じゃあな、優斗」
「うん。じゃあね、雅之」
プシューッ、と扉が開き始める。
その隙間へ滑り込むように、雅之は電車を降りていった。
電車が再び動き出し、彼の姿が夜の向こうへ消えていく。
「ふぅ……疲れた」
扉脇の仕切りに背中を預け、小さく息を吐く。
今日まで積み重なっていた疲労と、それを上回る達成感が一気に押し寄せてきた。
身体の力が抜けて、足元すら少し頼りなく感じる。
家に帰ったら、そのまま爆睡だな。
そんなことを思いながら、優斗は苦笑した。
「にしても……」
スマホを開く。
真っ先に表示されたのは、今日撮った写真だった。
「我ながら、今日は青春っぽいことしちゃったな」
雅之や来栖さん、そして千春たちと撮ったリレーメンバーの集合写真。
優斗はそれを眺めながら、静かに思い返した。
《中学のトラウマを思い出しそうで、最初は嫌だったんだけどな》
むしろ心配し過ぎて損した気分だ。
まあ、今となってはそれも良い思い出だけど。
自然と視線が写真の中の千春へ向く。
「全部、千春のおかげ……か」
そこに映るのは、眩しいほど飾らない笑顔。
あの笑顔を見ていると自然とそう思えた。
『これからも私が傍に居る』
あの言葉があったから、前を向けた。
トラウマと向き合い、克服するために走れた。
少しでも格好良いところを見せようと、練習だって必死にやり切れた。
そして何より――
《千春の応援がなかったら、あそこまで頑張れなかった》
最後のリレー。
大勢の歓声の中でも、彼女の声だけははっきりと聞こえた。
どれだけ背中を押されたのか、自分でも分からない。
雅之が言っていた。
千春は、僕にとって特別で大切な存在だと。
今回の体育祭を通して、そのことは嫌というほど実感できた。
だけど――
「そんな一言じゃ表せなくなってる気がするな」
写真の中の千春を見るだけで高鳴る鼓動。
彼女のことをもっと知りたいと思う気持ち。
一緒に居たいと願うこの感情。
今の優斗には、それを上手く言葉にできなかった。
《でも昔、同じような気持ちになったことが――》
ふと、そんな考えが脳裏をよぎる。
その瞬間。
忘れたはずの記憶の断片が、不意に意識の底から浮かび上がってきた。
「っ……!」
胸の奥が強く軋む。
同時に、頭を内側から叩き割られるような痛みが走った。
【――君は、友達って感じだから】
ノイズ混じりの少女の声。
まるで耳元で囁かれたかのように鮮明だった。
やめてくれ。
今さら思い出させるな。
それは中学時代の記憶。
二度と思い出したくなくて、ずっと胸の奥に押し込めていた傷。
淡くて。
脆くて。
純粋だった頃の記憶。
「はっ……ふぅ……」
胸を押さえ、深く息を吸う。
何度か呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いて顔を上げた。
すると、周囲の乗客たちの視線が集まっていることに気付く。
心配そうな人もいれば、怪訝そうな表情を浮かべる人もいる。
優斗がわざとらしく大きく息を吐くと、彼らは気まずそうに視線を逸らした。
《完全に不審者扱いだな……》
諦めたように息をつき、気持ちを切り替えるように窓の外へ目を向けた。
帳の下りた夜空。
その下に連なる街灯や住宅の明かり。
電車の速度に合わせて、次々と景色が流れていく。
《もう、あの頃の自分じゃない》
《僕だって変わったんだ》
そう言い聞かせるように、ブレザーのポケットからイヤホンを取り出す。
耳へ押し込むように装着し、スマホの画面へ指を伸ばした。
「再生っと」
音楽を流そうとした、その時だった。
ブブッ、と画面が震える。
「これは……!」
表示されたのは、一件のL〇NE通知。
送り主の名前を見た瞬間、思わず目を見開いた。
千春
『水族館、行きませんか?』
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