43話 誰にも負けたくない
ピピピッ、ピピピッ。
「……。」
ピピピッ、ピピ―――カチッ
丸みを帯びた目覚まし時計を掴み、スイッチを押し込む感触が指先に伝わった。
「うぁ~あ。……今何時だ?」
時計を見ると朝の5時。
いつもの起きる時間より、数時間早い。
「体がまだ少しだるいなぁ、起きたくないなぁ……。」
弱音を漏らす。
「けど―――」
ベッドから降りて、パジャマを脱ぎ捨てる。
それから傍にあったジャージを手に取って、
「やるしかないよな。」
するりと袖に腕を通した。
***
「はっ、はっ、はっ―――」
息の切れる音が朝の公園に響き渡った。
周囲には犬の散歩をする女性と、ラジオ体操をしている老人くらいしかいない。
そんな中、僕はというと。
「ふぃ~。疲れた……。」
かれこれ十往復ほど、坂道ダッシュを繰り返していた。
持ってきていたタオルを取り出し顔を拭く。
「ウォーミングアップ終了、っと。」
体も十分温まり、汗でTシャツが肌に張り付いている。
だけど、誰が見るでもないので気にしない。
少し休んでから、次のトレーニングの準備を始めた。
「次は5分の階段ダッシュ。よっしゃ、さっさとやるか~。」
息を整えながら、近くの白塗りの階段を見上げた。
所々に雑草が顔を出し、黒い染みが階段に点々と残っている。
「中学校以来か。鈍ってないといいんだが。」
手首足首をストレッチしてから、機を見て一気に駆け上がった。
ふくらはぎとすねに乳酸が集まる感覚があった。
「はっ、中々キツイな。」
ついでに多少痛みもあったけど、意外にも不快に思わなかった。
むしろ数年ぶりに味わう感じが心地良い。
「思い出すなぁ、昔を……。」
階段を上り切り、早起きの空と朝日を眺めて僕は呟いた。
中学の陸上部だったあの頃を。
当時の僕もオタク全開で、みんなとは距離があった。
それでも練習への態度と実力を認められ、三年生では部長を任された。
彼らとのわだかまりが埋まっていくのを感じて嬉しかった。
だからこそ、みんなの期待に応えたかった。
目標の県大会優勝―――いや、全国制覇の夢が少しでも叶うように。
誰よりも頑張った。
でも明らかに無理をしてるように映ったんだろう。
“もっと休んだら?”
“肩の力抜きなよ、大丈夫か?”
何度も声を掛けられた。
だけど僕は聞かなかった。
自分の恰好とプライドを優先して一人で突っ走っていた。
やがて迎えた中学最後の大会。
その前日に僕は怪我をした。
もっとも、後遺症になるとか、歩けなくなるとかそういうのではなく、一時的な疲労によるもの。
それでも医師から、大会に出られないと宣告されてしまった。
試合本番。
僕が出るはずだった短距離も、リレーも、そこにいたのは別の選手だった。
結果は惨敗。
僕が松葉杖をついている横で、みんなの泣きじゃくる姿を目の当たりにした。
口を開こうにも言葉が浮かばず、呆然と立ち尽くしていた時。
メンバーの一人に言われた。
“全部お前のせいだ”って。
他のメンバーは庇いもせず罵りもしなかったけど、その目だけはこっちを見ていた。
僕は悟った。
自分の無茶が、忠告を聞かなかったことが、みんなの夢を壊したんだって。
その日から陸部には顔を出さず、卒業式を迎えても彼らと話すことは無かった。
“贖罪”。聞こえはいい。
要するに、反省している振りをするための逃避。
僕は陸上を辞めた。
高校では文化部を立ち上げ、惰性で日々を消費していた。
だけど、今は違う。
「はぁ、うっ……。」
針を呑んだみたいに肺の内側がチクチクと痛む。
休むと視界に靄がかかる。
それでも、叶えたい目標が今の僕にはある。
持ってきた飲料水が喉を伝う。
「……無茶はしない。でも、やるからには誰にも負けたくない。」
自分を思う人たちがいる。
彼らの前でダサい真似だけは出来ない。
何より、カッコいいって思って欲しい人が居る。
それだけで、頑張る理由は十分だ。
「さぁ、とっとと次行こうか!」
昇り始めた朝日に向かって駆けだすのだった。




