37話 ぎくしゃく
人との距離が縮まる時。
嬉しいばかりではなく、時には戸惑うこともあります。
自分でも名前をつけられない感情に振り回されながら、
優斗は今日も体育祭の練習へ向かいます。
それでは第三十七話、よろしくお願いします。
体育祭練習四日目。
あの日から三日が経った。
今日も今日とて、雅之と走り込みトレーニング。
数十分が経った頃、
「それじゃあ一旦休憩挟むか。」
「いや。ハァ、僕はまだまだ、いけるって……。」
膝に手を当て、肩で息をしていた。
「無理すんなって、息切れ切れじゃねぇか。」
「だ、だいじょ―――うっ!」
「ほら、言わんこっちゃない!」
突然の眩暈と共に、僕はその場に座り込んでしまった。
「立てるか?」
「ん、平気だ……。」
差し出された彼の手を掴んで、よろよろと立ち上がる。
すると、僕らの方に駆け寄る足音が二つあった。
「ねぇ~~~! そっち大丈夫そう?」
それに遅れて間延びした、それでいて心配そうな声が聞こえた。
見ると、千春と来栖さんが心配そうに僕を見ていた。
「いや、ちょっと立ち眩みがしただけ……。別に大したことじゃないよ。」
「それほんとに大丈夫なわけ?」
「お前なぁ、そういうの放っておくとロクなことにならないんだぞ?」
雅之が珍しく眉をひそめている。
その表情だけで、本気で心配していることが分かった。
「僕は大丈夫だから……。さぁ、とっとと練習再開しないと。」
「やる気があるのは結構だけど、今日の優斗ちょっと変だぞ?」
「別に変じゃないよ。体育祭に向けて気合入っただけだって。」
「だとしてもだ。その調子で練習させるわけにもいかんだろ?」
雅之に握られている腕に力が入るが、気にせず僕は軽く振り払った。
《今は走りたいんだ。じゃなきゃ、頭の中がどうにかなりそうなんだよ。》
視線は無意識に千春を追ってしまう。
だから彼女のいる方を見ないように、眉間に手を当て目を閉じる。
「……私もそう思います。」
すると突然、柔らかなソプラノボイスが響いた。
思わず声の方を見る。
「暑くなってきたこの時期は、熱中症の可能性だってあるんですよ?」
瞳を大きく開いて、翡翠色を暗緑色へと変えていた。
あまり口を開かない千春の突然の発言に、雅之も来栖さんも目を丸くした。
「そんな大袈裟な―――」
「大袈裟なんかじゃありません!」
語気のこもったトーンで彼女が言い放つ。
普段の聖女モードとは違う、強張って怒っているような表情に心臓はバクバクしていた。
「万が一があってからでは遅いんですよ?」
「……」
雅之にも心配された。
来栖さんだって気遣ってくれた。
だけど。
千春の言葉だけが、胸の奥底に沈んでいた。
だって千春の顔があまりにも真剣で、
その瞳には、僕の姿しか映っていないように見えたから。
「保健室―――行くなら私、付き添います。」
「え、いや、それは……。」
「だったら俺が連れていくわ。こういう時の男手だからな。」
雅之が力こぶを見せつつそう答えた。
野球部時代の貯筋が貯まっているからか、ナイス筋肉である。
「えっと……。」
困ったようにこめかみを指で搔いていると、
「そうだよ千春っちの言う通り。無理は禁物っしょ。」
来栖さんが呟いた。
《千春っち、か。》
その呼び方が妙に引っかかった。
《もうそんなに仲良くなったのか……。》
ゾワゾワ
胸の奥に生まれた黒い感情は、瞬く間に広がっていく。
振り払おうとしても消えてくれない。
むしろ意識すればするほど、その存在感を増していくばかりだった。
「……わかった。」
僕は言った。
「とりあえず、水飲んで休んでくる。それでもヤバかったら……雅之、頼んだ。」
「今すぐにでも、保健室に放り込みたいんだがしゃあねぇ。優斗がそう言うんなら。」
「サンキューな。」
そうして女子二人組にも振り返った。
「ありがとう、二人とも。」
「いいってことよ~。」
「……。」
千春だけは何も言わなかった。
僕はそれに気づかないふりをした。
今の千春に向き合う勇気も、心の余裕も。
今は足りていなかった。
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