33話 言えなかったこと
体育祭の練習も少しずつ本格化してきました。
今回のお話は、練習終わりのひとコマ。
オタク談義で盛り上がったはずの千春ですが、実は心の中に引っ掛かっていることがあったようです。
友達以上恋人未満な二人の距離感と、千春の抱える小さな傷に触れていただけたら嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
ジョボジョボジョボ
蛇口をひねると、上向きに水が溢れ出る。
そのまま、汗だくの顔面にバシャバシャとぶっかけた。
「ふぅ~~~、生き返るぅ。」
あまりの爽快感に思わず声が漏れる。
ヒヤッとした感覚が火照った肌にちょうどよく、体の熱が引いていくのが分かった。
「運動後、しかも夏の近いこの時期は格別だな。」
手の甲で顔を拭いながら、ひとりごちる。
「なんというか、体に染み渡っていく感じが良いですよね。」
「そうなんだよ~、まさにスポンジにでもなった気分―――って、え?」
顔から水を滴らせながら、声の方向に目を向けた。
ぼやけてだけど声とシルエットで、そこに誰がいるのか分かった。
「お疲れ様、優斗君。」
「は? え?」
慌てて持ってきたタオルで顔を拭いながら、キョロキョロと周囲を見渡す。
《人は……誰もいない? か。いや、それよりも―――》
「どうして、千春さんがここへ?」
「えっと、なんとなく?」
「なんとなくって……。」
だってここは、グラウンドから離れた水飲み場。
運動部や体育祭練習の生徒で、グラウンド近くの水飲み場は混雑する。
―――そう見越して僕は、わざわざこの場所を選んで来たのに。
というか、大半の生徒が知らない穴場スポットのはずなのに。
「大分遠くなかった? ってかここ、よく見つけられたね。」
「それは……。」
言葉を詰まらせた。
心なしか落ち着きの無さそうに、手の中のタオルをギュギュっと握っていた。
「練習終わりに、たまたま優斗君の姿が見えて……。」
「うん。」
「その……どこ行くんだろうな~って。」
「あぁ~、そゆこと。」
要は、着いてきちゃったってことか。
それなら色々と納得する。
「後を付けるつもりじゃなかったんだけど。……ごめん。」
「いや、そこはほんと気にしてないから大丈夫だって。」
表情を暗くした千春に対し、励ますように言葉を投げかけた。
「っと、それはまず置いといて。」
顔を上げた彼女と目を合わす。
「千春、何かあった?」
「っ。」
驚いたようにこちらを見る千春。
「……なんで?」
「そうだな、オタクの勘ってやつ?」
嘘である。
さっきから様子がおかしいし、わざわざここに来たのだって、それ関係の話をしたかったからだと思ったからだ。
だって他に考えられないもの。
彼女が人の目っていうリスクを冒してまで、僕に会いに来た理由が。
千春はしばらく黙り込んだ後、
「……すごいね、優斗君。何でもお見通しだ。」
「フフッ、オタクの観察眼を舐めるでないよ。」
蛇口をキュッと閉めると、水がゆっくりと引いていった。
そのまま蛇口に残った水を、ひっくり返して流し出す。
排水溝がゴボゴボと鳴っていた。
「私、来栖さんに……。」
それからゆっくりと僕の隣に立って、近くの壁に背を預けた。
「来栖さんに、嘘をついたんです。」
「うそ?」
「はい。」
そう言われて思い返す。
「もしかして、“蒼炎のブレイバー”の話?」
肯定するように一拍、間を開けてからまた口を開く。
「読んだことあるか聞かれた時、咄嗟に無いって答えてしまったんです。」
「……なる、ほど?」
聞いていて、あの時は引っかかった。
僕と意外と好みのジャンルが似ている千春が、その作品を読んでいないというのは不思議だったからだ。
「本当は全巻読んだどころか、グッズもイラストブックも買っているほどなんです。」
「にわかどころかガチオタクじゃないか。すごいなぁ……。」
「そう、なのかな? ありがとう。」
少し照れくさそうに目を細めた。
けれど、その笑顔は長く続かなかった。
「でも本当は、来栖さんにもきちんと言いたかったの。」
「読んでます、って?」
「うん。むしろ大好きで、来栖さんと同じ“蒼ブレ”オタクなんだ―――って。」
一瞬だけ、困ったように眉を下げる。
「でも……。」
壁に預けた肩が小さく沈む。
「言えなかった。」
タオルを胸元へ引き寄せる。
「言ったらまた、私の傍から離れていくんじゃないかって。」
ぎゅっと、その手に力が入る。
微かに唇を震わせた。
「それが……怖かった。」
面白かった!
千春を応援したい!
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浜焼き三太郎




