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目を覚ますと同時に、窓を叩く雨に気付いた。子気味の良いコツコツという音。昨日の放課後から降り続いているのだろうか。
昨日──。
私は勇気を振り絞って、仲良くなりたいと思っている篠原先輩に「一緒にお話しませんか」と誘ったのだ。
でもその返事は「今日貴方にあげられるのは雨天順延券だけね」であり、篠原先輩は何も話さずに帰ってしまったのだ。
はて雨天順延券とは?
向かいに座っていた私と仲の良い──と勝手に思っている──都島先輩に助けを求めるとスマホで調べてくれたのか
「スポーツの試合とかで悪天候のため別日に延長される場合がある。その時に観客に渡される、次の試合を無料または割引で見ることのできる券のこと」
と辞書的な文面が返ってきた。
ふむふむなるほど。つまり?
「そこから転じて、アメリカでは、またの機会になんて意味で使われている」
ふむふむ。
そして、都島先輩はスマホをしまい、カバンを肩にかけながら
「つまり、雨が降ったからまた今度、ってことだな」
と言った──。
すぅ、と一息付き、枕に顔をうずめる。
私嫌われてる? だって暗に「私と話したくない」って言ってない? なんで? しつこかったから? 急に仲良くなりたいです、なんて言って気持ち悪がられた? というか、今日は土曜日だし、次に会うの月曜日の放課後だよ!?気まずいよぉー!!
ベットの中で一人、呻きながら時々絶叫する。
すると、不意にドアがコンコンと叩かれ、お母さんの声がした。
「朝から変な声出さないでねー。朝ごはんできてるよ」
顔が赤くなる感覚がした。
めちゃくちゃ周りに聞こえてた!!恥ずかしい!
はーい、と返事をして階下に降りる。
ダイニングテーブルの上に並べられていたトーストとスクランブルエッグ、少しの野菜をお母さんと一緒に食べ、部屋に戻る。
そして、外に出る準備を開始する。
なんたって今日は、推し作家の新作発売日なのだ。これは逃せない。篠原先輩のことを完全に忘れられるわけではないけれど、いつまでも引きずってはいられない。
「よし」と小さく声に出して気分を入れ替える。
顔を洗い、クローゼットから服を出す。今日は雨だから、汚れても目立ちにくい黒色のナイロン素材のワンピース。半袖だから、ショート丈のパーカーを取り出して、ワンピースと合わせてみる。白色だから、おかしくはないよね。
いつものように三つ編みをして、メガネをかける。
カバンには必要最低限財布さえ入っていれば大丈夫。一応ハンカチとモバ充。
これで出かける準備は完了した。
私の行きつけの本屋は駅前にある。様々な服屋や雑貨屋の入った建物の一番上。階を一つ使ったとても大きなものだ。
私の目的である新作はすぐに見つかった。
絵本のようなかわいらしいタッチで描かれたイラストが挿入された表紙と、手書き風とでも言うフォントの題名。
両手でそれを持ち、裏表紙にあるあらすじを確認する。
ああ、おもしろそう。
笑みがこぼれるのが止められない。
いけない、これじゃ変人になってしまう。
表情筋に力を入た後、新作を一冊抱え、別の本棚の前に向かう。どんな出会いがあるか分からないから、というのもあるけれど、単純に本を見て回るのが好きなのだ。
立ち読みを繰り返していると、小学校低学年くらいの女の子とその親であろう女性がうろうろと歩き回っているのが目に入った。お目当てのものが見つからないのか、女性が「ないね〜」なんていいながら女の子の後ろを追っている。
盗み聞きは良くないだろうと思いつつも、女の子がお母さんに向けて放った発言が耳に入る。
「『魔法探偵 シャロン』って本なの」
『魔法探偵 シャロン』……。それって、私が小学生の時に始まった児童文庫では……!最近じゃ十三巻くらい出てるやつ!うわっ、懐かしい!
近くの本棚を探していた女性が、諦めたように「ここの本屋には無いのかもね」と女の子を帰るよう諭した。女の子も「うん」と言いつつ、女性の手を握っている。
ああ、帰っちゃう!
「あの、児童文庫の棚は探しましたか……!」
咄嗟に、話しかけてしまった。
女性と女の子は話し掛けられるとは思っていなかったのか、少し驚いた顔をしつつも、「児童文庫……?」と記憶をたどっているようだった。
「えっと、さっき『魔法探偵 シャロン』って聞こえてきて……。 児童文庫の棚は少し離れたところにあるので、もしかしたらまだ探されてないのかなって……」
弁明がましく盗み聞きのことを白状しつつ、説明する。途中で声が小さくなったのはご愛嬌ということで……。
「良かったら、案内しますよ」
それを聞いた女の子は、嬉しそうに「ほんと?」と私を見上げてきた。女性も、少し申し訳なさそうな顔をしたけれど、女の子の方を見てから「ありがとうございます。お願いします」と微笑んでくれた。
現代小説と書かれた棚の前から少し離れ、青や緑、黄色で縁取られた背表紙が並べられた児童文庫棚に移動する。と、お目当ての小説は案外早く見つかった。さすが十三巻もある長編小説だ。
久しぶりに眺める『魔法探偵 シャロン』は、私が小学生の時とあまり変わっていなかった。
……懐かしい。
思わず笑みがこぼれる。金髪のボブを風に揺らし、魔法のステッキを持っている姿は、今でもたまに思い出す。
女の子は、一巻を大事そうに手に取り、私に向き合った。
「お姉さん、ありがとう!」
満面の笑みで、感謝を伝えられる。女性も、嬉しそうに笑いながら、「本当にありがとうございます」と丁寧に頭を下げてくれた。
「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」
そのまま会釈をし、その場から離れる。そして、深呼吸。
うっわぁ、緊張したぁ。でも、お姉さん、だって! 可愛かったぁ。このまま『魔法探偵 シャロン』も好きになってくれたら嬉しいな。
「ねえ」
不意に、後ろから声が掛けられる。
「え?」
条件反射的に振り返る。
そこには、
「これから時間はある? 良かったらお茶しないかしら?」
篠原結姫が、微笑みながら立っていた。
急展開に、心臓が跳ねる心地がした。
どうしてここに? なんで声を掛けてきたの?
「たまたまここに来て、可愛らしい後輩がいたから声を掛けたのよ」
「え、声に出てましたか!?」
「ええ」
篠原先輩は気にしてないとでも言う様子で軽く頷いた。
うそっ、恥ずかしい。
篠原先輩はふふ、と分かりやすく笑みを浮かべて、「表情がクルクル変わるわね」と言った。
「そんなに分かりやすいですかね?」
「ええ。それで?」
それで?というのは誘いに対する応えを聞きたいのだろうか? なら、これからの用事は特に無いし、行ける。というか、行きたい。仲良くなるチャンスかもしれないし、あ、でも嫌われてるかもだよな。でも、嫌いな人をお茶に誘う?
ぐるぐると色んな思考が駆け巡り、最後には新刊を見せながら
「えっと、お会計だけさせてください」
と言うしか無かった。




