93 カイと荷馬車
「ほら、こっちだよ」
「ちょっと、待って」
カイに手を引っ張られて、連れられて行く。
余りの人ごみにクライブとはぐれてしまい、途方に暮れていたら、カイが現れたのだ。
「道に迷っていたんだろう? 俺は帰るところなんだ、一緒に送っていくよ」
「あ、でも、私はクライブ様と一緒に来ていたの。ただはぐれてしまって……」
「こんなに人が多いんだ、クライブ殿下を探すのは無理だよ」
カイはグイグイとティナを引っ張って行く。
ティナもそうだとは思うが、このまま連れて行かれていいのだろうか。
(ご主人様、そいつとは行かない方がいいです)
「だな、止めとけよ」
ペット達は、いきなり現れたカイを胡散臭そうに見ている。
スーはカイを信用していない。
ご主人様の部屋に矢が撃ち込まれた時、カイがやって来ていた。
犯人へと続く手がかり。それがカイだ。
だからグリファスを通じてカイのことを調べてもらっている。
カイが犯人とは思わない。
だが犯人と通じているはずだ。共犯なのか、犯人に使われているのか……。
カイが白か黒か。ハッキリするまで静観しているのだが、もしカイが黒ならば、スーはカイを亡き者にするだろう。
ご主人様の命を狙ったというのなら、スーに躊躇いはない。それがトムの命を奪うことになってしまうのだとしても。
出来ればご主人様にカイと接触するのを止めてもらいたい。
だがご主人様とカイは、習熟組でも授業でも一緒だ。
それに田舎から王都に出てきたという共通点があるため、ご主人様はカイに親しみを持っているのか、二人は仲がいい。
「スライム、骨。骨欲しい」
スーが苦虫を潰した顔をしていると、カイと一緒に来たトムが、忙しなく尻尾を振りながら、期待の眼差しをスーに向けている。
(こんな所で骨を投げられるとでも思っているのかよ)
「これだから毛玉は」
ペット達は無視している。
「ほら、こっちこっち」
「あ、引っ張らないで」
断ることが出来ないまま、道を一本抜けると、人通りもまばらな場所に出た。
一台の馬車が止まっている。
小さな箱型の馬車で、それこそ四角い箱を積んだような作りになっている。
「あの馬車で送るよ。田舎じゃ馬車を扱うのは普通だったから、御者もできるんだ」
カイは得意そうだ。
田舎では御者なんて職業は無い。子どもでも荷馬車を扱うから、ティナもできる。馬じゃなくてロバだったけど。
「さあ、乗って乗って」
カイが馬車の扉を開けて促す。
いつものカイとは違って強引だ。
何だか急いでいるみたい。焦っているような……。
(馬車に乗ったら駄目だ)
「止めろ、ティナ」
疑惑のカイと馬車に一緒に乗るなんて危険だ。
スーはティナの足元で通せんぼをして、ちょうちょはティナの髪の毛を引っ張って、馬車に乗るのを止める。
「あら、スーさん、ちょうちょさんどうしたの?」
ペット達の、行くなと言っているかのような態度にティナは戸惑う。
カイに人見知りしているのだろうか?
でも、カイとカイの従魔のトムとは、習熟組でも授業でも一緒で、顔見知りのはずだし、トムとはよく一緒に遊んでいるのに……。
「ほら、乗って!」
「あ、ちょっと待って」
カイが馬車の扉を開き、ティナの背中を押す。
なんだかおかしい。おっとりしたティナでさえ、何かを感じる。
馬車には乗らないで、クライブを探すと言って別れた方がいいだろう。
「あの、やっぱり止めておくわ。せっかく誘ってくれたのに、ごめんなさい。クライブ様を探してみることにするわ」
「え、どうして? クライブ殿下と会うのは、もう無理だよ。それに徒歩で帰るには遠すぎるよ」
「それは……、そうだけど」
「もしかして馬車がボロイから? 外見はそうだけど、中は結構綺麗だよ、少しだけでも見てみてよ」
カイは、どうしてもティナを馬車に乗せたいようだ。
そのままティナの背中を押して、馬車へと乗せようとする。
(馬車の中に何かあるのか?)
スーは先に馬車に乗り込む。
馬車の中を確かめる意味と、ティナが馬車に乗れないように、入り口から阻止しようと考えたのだ。
それなのに。
パタン。
いきなり馬車の扉が閉じた。
まだティナは馬車には乗っていない。
馬車の中にはスーとスーの頭の上に乗っていたちょうちょだけが入った状態だ。
(どういうことだ)
「おいっ、閉じ込められたぞ!」
スーとちょうちょは状況がつかめずに、閉まった扉を見たまま、一瞬動きが止まってしまった。
(おい、扉を開けろっ!)
扉にスーが体当たりをしてみるが、扉はびくともしない。
おかしい。
(ちょうちょ、離れていろっ!)
スーの頭の上からちょうちょが飛び立つのと同時に、スーは力を込めて扉へと体当たりする。
パシィッ!
スーの身体は強い力で弾き飛ばされてしまった。
(畜生ッ、どうなってるんだ!)
何度も何度もスーは扉へと力の限りぶつかる。
扉だけじゃない。閉められた窓にも、天井にもぶつかり続ける。
そのたびに弾かれてしまう。
強い力を出せば出すほど、弾かれる力も強くなる。
(駄目だ、びくともしない)
「おい、この馬車、魔法がかけられているんじゃないか?」
(魔法?)
「おかしいじゃないか、お前の力があれば、こんな木でできた馬車なんてひとたまりもない。それなのに壊れるどころか、傷一つ付いちゃいない」
狭い馬車の中は、窓が閉められており、隙間から入って来る光だけなので薄暗い。
だが、壁にも床にも傷は見あたらない。
「たぶん、従属の首輪と同じだ」
(従属の? カーバンクルが着けられていたやつか)
「ああ、どんなに魔法を使っても、どんなに力を入れても、全て内側に弾かれる。スーが壁にぶつかっても、力はスーに跳ね返るだけだ」
ちょうちょにも詳しいことは分からない。だが、そう思わざるを得ない状態なのだ。
(ご主人様……)
「ちくしょう、どうすりゃいいんだ」
スーとちょうちょは狭い馬車の中、途方にくれてしまうのだった。




