94 馬車の中
スーとちょうちょは馬車の中に閉じ込められてしまった。
どんなに暴れても馬車を壊すことができない。
カイが主犯だったのか?
カイからスーは、何もできないスライムだと思われていると思っていたから、ティナを護ることばかりを優先していた。まさかスーとティナを引き離すために、こんな魔法を仕込んだ馬車まで用意するなんて。
考えが甘かった。
カイのことを疑っていながら、こんな罠に引っかかってしまった。自分の落ち度だ。
何か理由があるのか、焦っているのか。こんな強引な手に出てくるなんて。
一刻も早くご主人様の元へ行かなければ。
ご主人様のことを考えると心配と不安で押しつぶされそうだ。
スーは従魔ではなくティナのペットだ。
だからご主人様と魂が繋がってはいない。ご主人様がどこにいるか分からないし、危険が迫っていても、感じることができない。
最悪ティナが死んでしまっても、一緒に逝くこともできない。
(どうすればいいんだ……)
「悲観するなっ、みかんがいる。みかんがティナと一緒だ。あんなチビだが神獣様だぞ、みかんがティナを護ってくれる!」
カフェを出て大通りに向かう時、街の人ごみで踏まれるといけないからと、みかんはティナのポケットに入れられていた。
スーとしては、メチャクチャ嫉妬していたが、それが幸いした。
カイはみかんのことに気づいていないだろう。
「落ち着いて脱出方法を考えよう」
(ああそうだな)
まだ短い付き合いだが、スーとちょうちょはみかんのことを信頼している。
みかんは神獣でペットではないが、いつの間にかペット仲間のように感じていたのだ。
だから大丈夫。
スーとちょうちょは、ここから脱出することに専念する。
パシィッ。
馬車に力をくわえると跳ね返される。
馬車の中をどれだけ探しても魔法陣は無いので、外側に施されているのだろう。
魔法は馬車の中の力を内側に跳ね返す。複雑な魔法ではない分、威力は強い。
きっと馬車のどこか一カ所でも壊せば、魔法陣は無効になるだろう。
窓には隙間があり光が差し込み、空気も入って来ている。それなのに隙間に触手を差し込むことはできない。
外側からはよくて、内側からは何もできない。
どれくらいの力なら跳ね返されるのか。スーは触手を出すと、先端を刃物にして、カシカシと壁を削ってみる。
ある程度の力までなら、魔法は作動しないようだ。
だが、こんなことを続けていても、いつ壁を壊すことができるか分からない。
どこか一カ所。一カ所でいい、どうにかして壊せないか。
スーは馬車の中をグルリと見回す。
スーは覚悟を決める。
(ちょうちょ、頼みがある)
「何だ?」
スーの思い詰めた声に、スーが良からぬことを考えているのだろうと、ちょうちょは嫌そうな顔を向ける。
(これを使いたいんだ。でも俺には使うことが出来ないから頼む)
スーが取り出したのは、ゴブリンロッドだった。
「それは何だ?」
(井戸の底にいたゴブリンが持っていた。棒の先から炎を出すことができる)
「炎がねぇ、それで?」
嫌な予感しかしない。それでもちょうちょは問うてみる。
所持していたゴブリンのレベルがいくつあったのかは分からないが、このゴブリンロッドは所有者のレベルより低い者は使えないようだ。
いくらスーが振り回しても、何も起こることはなかった。
スーはレベルが6しかない。だが、ちょうちょはレベル30。使えるはずだ。
「スー、この狭い馬車の中で炎を出そうなんて考えていないよな。焚火は外でやるもんだ」
(どこか一カ所でも燃え落ちれば、そこから脱出できる)
「いやいやいや、焼きスライムと焼き妖精ができるだけだ」
(大丈夫だ、ちょうちょは俺の中に取り込む)
「お前……」
スーは自分だけが炎の中で耐えるつもりだ。
ちょうちょを自分の中に空気と一緒に取り込めば、熱さでやられることはないだろう。
ただ、自分が死んでしまえば、スーの身体の中からちょうちょも出られなくなってしまうのだが。
「なんで燃やすんだよ」
(外から攻撃を加えると返される。だが馬車自体が燃えるなら、それは攻撃にはならない。跳ね返されずに燃え落ちればいいんだ)
小さな刺激だったら、魔法は発動しない。火を付けることは出来るだろう。
「こんな狭い馬車の中で火を着ければ、丸焦げになるぞ」
(大丈夫だ、そんなに長い間、炎に耐えることはないだろう。俺は丈夫だから心配するな)
スーは自分の丈夫さに自信があった。レベルも上がった今、馬車が燃えて炭になっても、耐えることができるだろう。
それに、どこか一カ所でも穴が開けば、それで魔法陣は壊れる。
「他に何か方法が……」
スーの言うことは本当だろう。
もし馬車が全焼しても、スーはそれに耐えられるとちょうちょも思う。
だが、そんな方法はとりたくない。
方の方法を考えるが、魔法の檻に閉じ込められてしまった自分達には出来ることは何も無い。脱出する術が思い浮かばないのだ。
(頼む)
スーはゴブリンロッドをちょうちょの前へと差し出す。
「分かったよ。やりゃあいいんだろう。ただし俺はスーの中に入らないぞ。こう見えても高レベルの妖精様だ、炎ぐらいへでもない」
(頼もしいな)
スーは右手触手でゴブリンロッドを握り、左手触手の上にちょうちょを乗せる。
そのまま天井近くまで触手を伸ばす。
炎は上へと登って行く。天井に火を付けるのがいいだろう。
触手で固定されたゴブリンロッドにちょうちょは両手を添える。
身体から魔素が抜ける感覚があるから、使えそうだ。
強い炎を出すと、弾かれて炎が自分達を襲ってしまうかもしれない。小さな炎を出すことを考えて、ゴブリンロッドを握りしめる。
「よし、いけっ」
ちょうちょの声と共に、ゴブリンロッドの先に小さな炎が灯る。
炎はなかなか天井に移ることはなかったが、少しずつ天井に炎が燃え広がっていく。
(よし、これで天井が燃え続ければ、穴があくだろう)
小さな馬車の中には熱と煙が充満してくる。
「うわぁっ!」
いきなりスーが、ちょうちょを触手で掴むと、自分の中に取り込んでしまった。
「こらっ、俺を取り込むんじゃないっ。俺も一緒にいるって言ったじゃないかっ。自分だけ火傷すればいいなんて思うんじゃねーよ」
ちょうちょがいくらスーを殴るが、スーの身体の中は柔らく、効果は無い。
「ちっきしょう。妖精様の本気を見せてやるからな!」
ちょうちょは加護を発動する。
魂が削れようが、そんなことに構っていられない。
最大最強の力を出してスーの防御力をアップさせる。
隙間から空気は入ってきているから、炎が消えることはない。それどころか炎はどんどんと強くなっていく。
火は上へと行く習性があるが、勢いを増した炎は壁へも伝っていく。
炎はだんだんとスーへと迫って来る。
思った以上に火の周りが早い。
すぐにでも天井を壊したいが、へたなことをすれば跳ね返されて、炎がスーを襲うだろう。
全身がピリピリと炎に焼かれる。
息が苦しい。
ちょうちょの加護がなければ、すぐに全身火傷になっていただろう。
それも時間の問題かもしれない。
おかしい。
これぐらいの炎は耐えられると思って火を着けた。
馬車が全焼しようと、身体にダメージは受けないはずだった。それなのにスーは身体にダメージを受けている。いつの間にか、体力が低下している。
なぜだ、分からない。
まるで馬車に攻撃をした分が、全て自分に返ってきて、体力が減ってしまったかのようだ。攻撃が跳ね返されたとしても、自分にダメージを受けたようには思えなかったというのに……。
もしかして、魔法なのか?
スーはいつの間にか、抵抗力を奪われていた。
炎は燃え盛っている。
馬車の中が狭い分、逃げ場がない。
少しでも息ができるように、できるだけ平べったくして身体を低くする。
こんなはずではなかった。
熱さと息苦しさで、意識が遠のきそうだ。
ご主人様を絶対に助けなければならないのに。ご主人様に会うまでは死ねないのに。
使い込まれた古い荷馬車だが、頑丈に作られているようで、木で出来ているから盛んに燃えているのに、なかなか燃え落ちない。
熱がスーに襲い掛かる。
もう息が出来ない。
このまま死んでしまうのか……。
身体の中で何かが動いている、ちょうちょだ。
自分が死ねば、ちょうちょも死ぬことになる。
それは駄目だ。
動きにくくなった身体から、ちょうちょを吐き出す。
ちょうちょは何かを手に持ち、飛び出してきた。
「スー、このバカ野郎! お前は、げほげほげほ!!」
飛び出したちょうちょは、熱気と煙に咳き込み、言おうとした文句が言えないでいる。
スーの身体は全身火傷している。
感覚すら無くなって来た。
それでも最後の力を振り絞り、最初に火を着けたところを伸ばした触手で叩く。
バシィ。
穴が開いた。
小さな穴だが、これで魔法が解けた。
(この穴ならちょうちょは出て行ける。ご主人様を頼む……)
「おい、スーッ、呑気に寝てんじゃねーよ。起きろっ。魔法が解けたんだ。馬車を壊して脱出するぞっ!」
ちょうちょがスーの身体を揺さぶっても、スーの黒い瞳は、とうとう閉じられてしまった。
「スー、起きやがれっ」
ちょうちょの叫びはスーには届かないのだった。




