88 実習授業②
「まあ凄い! スーさんは、なんて賢いんでしょう、偉いわっ」
リーリャの足元まで棒を転がしたスーを見て、ティナが大はしゃぎしている。
(ぐへへへ)
抱っこされ、頬ずりされ、スーはデロデロだ。
「スー、ちょっと恥ずかしいぞ」
「僕も、僕も抱っこ!」
ちょうちょはティナの肩に止まり、呆れた顔をしている。
みかんはティナの足元でぴょんぴょんと跳ねている。
「まあ、みかんちゃんも抱っこなの?」
毎日美味しい食事をちゃんと食べているからなのか、ティナの筋力は上がっているらしい。
スーを片腕で抱いたまま、みかんも掬い上げる。
(みかん、お前は遠慮というものを知れ。どっか行け!)
「パパと一緒」
(パパじゃねぇー)
ティナの腕の中でスライム達は騒いでいる。
「スライムが言葉を理解して、それを実行に移せるなんて……」
リーリャは驚きに呆然としている。
ちゃんと報告書は来ていた。
ティナというテイマーが、入学試験ではトップの成績で合格したということが。
その上、神獣様からの推薦があり、教頭が特別枠で入学させたのだと
だが、リーリャにすれば話半分だった。
妖精をテイムすることに成功したテイマーの入学は、学園始まって以来のことなので、そのことでの特別枠だと思っていた。
教室での授業の時は、スライムも妖精も大人しくしていたから、注目するようなこともなかった。
本日から屋外実習になったのだが、小さなスライムが増えていた。
従魔二匹のテイムというだけでも珍しいのに、三匹などあり得ない。
それが最弱といわれるスライムだとしても、テイマーへの負担は相当なもののはずだ。
そして目の前のスライムは、テイマーの命令を理解し、棒を転がすという方法を、テイマーから指示されることなく、自身で考えて行動したのだ。
スライムが高い知能を持っているなんて。
カイのブルーウルフやタイリーのサラマンダーはランクの低い従魔だが、スライムの方がもっと低い。スライムは最低ランクでしかない。二匹ですら主の命令を遂行することはできなかったというのに、スライムは簡単に軽々とやり遂げた。
「ちゃんと主の命令を理解しているようですね。正しく実行できた従魔を褒めるのは、いいことです」
リーリャは従魔の行動が合格だったと伝える。
ティナは嬉しそうだ。
ティナの従魔は、主にとても懐いているようだ。
これは驚くべきことで、魔獣がテイムされる時、半死半生の目に遭わされ、無理やりテイムされることがほとんどだ。
主を恨んでいる従魔は多い。
カイやタイリーの従魔も珍しく主に懐いているが、甘えまではしていない。
こんなにベッタリ主に甘えている従魔を見たことがない。甘え過ぎているぐらいだ。
気を取りなおしたリーリャは、少し離れた場所で、優雅に座っているクライブへと、チラリと視線を向ける。
どうしたものか。
一教員でしかないリーリャは、王族に対応したことはない。
神獣の加護を持つクライブは、一応はテイマークラスに入ってはいるが、授業に出ることはないと聞かされていた。
リーリャも納得していた。
それなのに、いきなり連絡がきて、今日から授業に参加すると言われたのだ。
どうすればいいのか。
リーリャもこの学園の教師になり十年近くが経ち、ベテランといえる立場になってきたが、神獣の加護を持つ生徒など、指導したことはない。
学習指導要項にも、一切の記載は無い。
「先生」
「は、はいっ」
いつのまにか近くに来ていたクライブに話しかけられ、リーリャは飛び上がりそうなほど驚いた。
「私も従魔を連れてきた方がいいですか? 従魔と言っても神獣ですが」
「いや、あの、なんと言いますか……」
神獣!
神獣様をこんな初級テイマークラスに呼ぶと言うのか!
勘弁してほしい。
今ここにいるのは、最下級レベルGのスライム2匹とFのブルーウルフ、Eのサラマンダーだ。妖精は別枠としても、ランクが違いすぎる。
それに平教師の私に神獣様に何を指導しろというのか。
リーリャは血の気が引いて来る。
リーリャの心労をよそに、なんとグリフォンが舞い降りて来たのだ。
リーリャは気絶しそうだ。
(ジジイ、暇そうだな)
「授業参観かよー」
「じぃちゃんが来たー」
いくら自分の加護をしている王族が授業を受けているといっても、わざわざ見に来るか? どれだけ過保護なんだよ。
自分達のことは丸ッと棚に上げて、ペット達は神獣へと呆れた視線を向けている。
「みかんが心配でな」
グリファスにとってみかんは、唯一無二の同胞といえる存在だ。どうしたって気になる。
愛おしいのかもしれない。
それに、みかんは神獣とはいえ生まれて間もない。
そのうえ人族との関わりはティナ以外には、ほぼ無い。
いきなり授業に参加すると聞いて、グリファスは親心(?)で見に来たのだ。
「あ、あの、神獣様、本日はお日柄もよく……」
リーリャの挨拶にグリファスは返事をしない。グリフォンの姿の時に人語を話すことはない。
「先生、気にしないで下さい。グリファス様は気が済まれたら戻られるでしょう」
クライブの言葉を、神獣には関わるなと言われているのだとリーリャは受け取った。
実際そうなのだろう。自分には何もできないのだから。
(ジジイ、お前が来ると従魔達が委縮するから威圧はちゃんと押さえとけ)
威圧は押さえてはいるのだろう、トムやランダーは具合が少し悪そうにはしているが、倒れてはいないから。
ただ、迷惑ではある。
「人族の授業に参加してみてどうだ、みかん」
「楽しい」
「そうか、それは良かった」
グリファスの問いに、みかんは素直に答えている。
まるで本物の祖父と孫の会話だ。
「そうだ、我と対戦してみるのはどうだ。そちらは三匹一緒でいいぞ」
(いやいやいや、それはジジイがやりたいだけだろうが。俺達を巻き込むな)
グリファスの提案にスーは即刻拒否する。
グリファスにすれば、みかんの実力も知りたいが、スー達が一気に強くなったことが気にかかっている。
前回の模擬試験の時には感じなかった攻撃力をスー達から感じたのだ。
まさか模擬試験の時、神獣相手に実力を隠していたというのか?
それならば、神獣を舐めている。
まあ本当の所は、スー達と戦うのは楽しい。
(ジジイ、俺が可愛らしいペットのスライムだということを忘れているようだな。ジジイの楽しみに俺は付き合わねぇぞ)
「まあ、そういうな」
(あ、こらっ、俺の柔らかボディを掴むんじゃないっ!)
グリファスは、前足の鈎爪で、スーを捕まえる。
スーはビチビチと抵抗しているが、まるで効果はない。
「やめろっ。パパを放せっ!」
みかんがグリファスへ身体ごと体当たりしている。
外から見ると、小さなスライムがぴょんぴょんと跳ねて大きなグリフォンへぶつかって行っている様は、とても愛らしい。
クライブがグッと、何かに耐えるように拳を握っている。
「パパ……?」
グリファスは掴んだままのスーとみかんを交互に見ている。
(俺はパパじゃねーっ)
「パパを放せって言っているだろうっ」
大小のスライムは叫んでいるが、言っていることは随分と違う。
「スー、お前いつのまに産んだんだ?」
(産むわけがねーだろうがっ。分かっていてボケてるんじゃねーよ)
「ぶははははっ!!」
とうとうグリファスは笑い出してしまった。
余りのことに、スーを掴んでいた力が弱まり、スーは鈎爪から解放された。
(自分はじいちゃんって呼ばれているくせに、俺を笑うな!)
「グリファスがじいちゃんでスーがパパなら、グリファスとスーも親子ってことか。ウケル」
ちょうちょが、また大笑いしている。
(止めろ)
「それは嫌だな」
スーとグリファスは “スン” と、いきなり真顔になってしまった。
ペット達の騒ぎの中、実習授業は終了してしまったのだった。




