87 実習授業①
大騒ぎをしているペット達はそのままに、授業は進んで行く。
「よろしいですか、従魔とテイマーは魂が繋がっていますが、心が繋がっているわけではありません。そこを勘違いしてはいけません」
リーリャの説明に、生徒である新米テイマー達は不思議そうな顔をしている。
テイムが成功すると、テイマーと従魔の魂は繋がる。そのために従魔はテイマーに逆らえなくなるし、テイマーが死ねば従魔も死ななければならない。
だが、心が繋がるとはなんだろう。
「いくらテイムが成功したからといって、従魔を思い通りにすることは出来ないということです。このことを理解せずに、従魔が指示通りに動かないからと腹を立て、従魔に暴力を振るうテイマーがいます。そのようなことをしていれば、必ず報いがあるでしょう」
リーリャの説明は、生徒達にはピンとこない。
なぜなら、カイやタイリーは従魔を可愛がっていると思っているからだ。暴力を振うことなど無い。
たまに暴走するトムにカイがゲンコツをお見舞いすることはあるが。
リーリャはそのまま歩いて、少し離れた場所まで移動すると、同じような大きさの色違いの木の棒を4本、間隔を開けながら置いて行く。
木の棒は長さ30センチ、太さは直系10センチ程度。それほど大きなものではない。
「では、訓練を始めます。カイ、従魔に命令して、緑色の棒を取って来てください」
戻ってきたリーリャは指示を出す。
緑の棒は、4本のうち左から二番目に並べられている。
「はい」
三人横並びで授業を受けていたが(クライブは少し離れた場所にいる)、カイは一歩前へ出ると、自分の従魔トムへと命令を下す。
「トム、緑の棒を取ってこい」
「ワフッ」
命令された瞬間、トムは飛び出す。
動けるのが嬉しいのだろう。トムはじっとしているのが苦手のようだ。
カイは棒のある方を指さしていたので、トムは迷うことはない。
すぐに並べられた棒の所まで辿り着くと、一番手前の赤い棒をくわえて戻ってこようとする。
「違う、違うっ。緑の棒だ。それじゃない」
「ワウ?」
口から赤い棒をポトリと落とすと、隣にある黒い棒をくわえようとする。
「違う。緑のやつだって言っているだろう」
「クーン」
何度も違うと言われ、トムはパニックになったのか、全ての棒をくわえたり離したりしている。
「従魔を戻して下さい」
「はい。トム、戻ってこい」
「ワフ」
主に呼ばれ、ホッとしたのか、トムはすぐにカイの足元へと戻って来た。
「従魔への指示は、従魔が理解できるように端的に出さなければいけません。カイ、ブルーウルフは色覚が弱いということが分かっていますか?」
「あっ、そうか」
ブルーウルフには色の違いが分からない。
緑の棒と言われても、トムには緑が分からなかったのだ。
「常日頃から、従魔の特性を理解し、指示の出し方を考えていて下さい」
「はい」
カイは少ししょげているようだ。
「ごめんなトム」
「ワフッ」
カイはトムに謝ると、頭を撫でる。
トムは先ほどのことなど忘れたのか憶えていないのか、頭を撫でられて、ただ嬉しそうに尻尾を振っている。
その様子を横目で見ていたリーリャは、ホッと胸を撫で下ろす。
カイは指示通りの働きができないからと、従魔を殴るようなテイマーではないようだ。
「ではタイリー、従魔に2本の棒を持ってこさせてください」
「はい。ランダー、あそこにある棒を二本持ってこい」
名前を呼ばれたタイリーは、サラマンダーのランダーの背中を叩く。
ランダーはノソリノソリと動き出す。
棒の落ちている場所まで行くと、一本を口にくわえ、そのまま踵を返して戻ってこようとする。
「ランダー、二本だ。もう一本持ってこい」
「?」
ランダーは、タイリーの指示が理解できないのか、口にくわえた棒を落とすと、新たな棒をくわえる。
「違う。二本一緒に持って来るんだ」
「??」
ランダーは違うと言われて、オロオロと棒をくわえたり離したりを繰り返している。
「従魔を戻して下さい」
「はい。ランダー戻れ」
タイリーの命令を受けても、ランダーはまだ棒を気にしている。棒をくわえたものの、別の棒が気になったのか、くわえた棒を離すと、また違う棒をくわえようとしている。
「ランダー、戻れと言っているだろう!」
「!!」
ランダーはビクリと身体を強張らせる。身体に衝撃が走ったようだった。
命令を聞かないランダーに、タイリーが躾けをしたのだ。
テイマーは従魔に苦痛を与えることができる。従魔は心臓を鷲掴みにされるような痛みに襲われるのだ。
ランダーは苦しそうにしながら、急いで戻って来た。
「ランダー、お前は足が遅い。もし敵に襲われて逃げるのが遅くなったらどうする。ちゃんと言うことを聞かないと駄目だ。痛かったよな、ごめんな」
タイリーは自分が痛そうな表情をして、ランダーを撫でている。
「基本的な命令に従わせることは、とても重要です。ですが、いくら命令を聞かないからと体罰は容認できません。体罰が習慣化してしまうことや、感覚が麻痺してしまう可能性があります」
「はい、すみません」
タイリーは頭を下げる。
従魔はどんなに虐げられても文句など言えず、反抗することもできない存在だ。
だから軽んじてしまうのだ。何をしてもかまわないと思ってしまう。
タイリーは、今はランダーに謝っていたが、それが常習化すれば、謝ることもなくなっていくだろう。リーリャはそうなることを危惧している。
「それでは、ティナ、従魔に棒をティナの所ではなく、私の所に持ってくるように命令して下さい」
「はい……」
リーリャから指示を出され、ティナはどうすればいいのか困ってしまう。
だってティナに従魔なんていないのだから。
スー達はペットで、テイムしたわけではない。聞き分けはいいし、ティナの言葉を理解しようとはしてくれているが、命令を聞くわけではないのだ。
「えっと、スーさん、リーリャ先生の所に棒を持って行ってほしいのだけど……」
ティナは一応言ってみる。スー達に言葉は通じないから、頼んでも意味はないのだが、リーリャの手前、何もしないわけにはいかない。
(わっかりましたぁ!)
スーはノリノリだ。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら棒の所まで移動する。
そして棒を頭で押す。
コロコロと棒を転がして、リーリャの元まで運んでいく。
触手を出そうとは思わない。
スーは、ただのスライムでいることにしたのだ。
ご主人様の命令を理解し、行動している時点で、ただのスライムではないのだが、そこに気づいてはいない。
スーが考えたのは、周りの者達にスーが戦力になりうることを知られないようにすること。触手を使い攻撃ができると思われないことだ。
ご主人様を護るために。
ご主人様は学園で襲われた。それも三度。
犯人は分かっていない。だが、犯人は学園内にいると思っていいだろう。三度とも学園内で起こったのだから。
寮は強化したが、それでは足りない。
犯人を探し出す。だが今は犯人が誰なのか分かっていない。
だからスーは何もできないスライムだと周りに思わせる。犯人にスーのことを軽んじ、油断させるのだ。
この場にスーの戦闘力を知っているのはクライブだけだ。
クライブの前でグリファスと派手に模擬試験をしたから。
だが、クライブは無口な男だ。スーのことを周りに喋ることはないだろう。
ご主人様の命を狙った犯人を、見つけ次第始末する。
決定事項だ。
スーは決意するのだった。




