89 妖精を愛でる会
どうしたのだろう、このごろクライブ様の様子がおかしい。
ティナは困惑したままクライブに視線を向ける。
今までティナはクライブと都度お茶会をしてきた。お茶会の名称は “妖精を愛でる会” だ。
ちょうちょが王宮シェフのサンドイッチを食べたいというので、クライブにお願いして持ってきてもらい、一緒にお茶をするという流れだ。
クライブは可愛くて小さなものが好きらしく、ちょうちょを愛でていた。ティナはちょうちょの付き添いで、ついでの立場だった。
それにクライブは王子様で、先では国王になることが決まっている人だ。そうそう暇なわけではない。
せいぜい10日から二週間に一度会えればいい方だった。
それなのに、クライブが実習授業に参加するようになってからこっち、毎日のようにティナを誘ってくるようになった。
いくら学園の食堂で会うのだとはいえ、VIPルームに入るのは敷居が高い。
こちらはクライブにお願いしている立場なので、誘われれば嫌とは言えない。それにちょうちょが断ろうものならティナの顔をパシパシ叩いてくる。痛くはないが。
「どうしたティナ、今日のクッキーは口に合わなかったか?」
「い、いえっ、とても美味しいです」
考え込んでしまったティナを、クライブが不思議そうに見ていた。
なぜなのか、この頃クライブは、王宮サンドイッチだけではなく、ティナにお菓子まで用意してくれるようになったのだ。
今まで茶菓子はあったが、こんなに豪華な物ではなかった。
田舎育ちのティナは、甘味といえば果物ぐらいで、スイーツなんて食べたことはなかった。
あまりの美味しさに頬が落ちそうだが、高価なものだと分かっている。
食べるたびに恐縮してしまう。
(うん、なかなかイケる。ご主人様、アーモンドが乗っているやつがおススメです)
「僕は、こっちの四角いクッキーが好きだよ」
テーブルの上では、大小のスライムが別皿に貰ったクッキーの感想を言っている。
スーは何枚ものクッキーを一度に身体に取り込み、みかんはお行儀よく一枚ずつクッキーを取り込んでいる。
スライムに、遠慮と言う文字は無い。もともと魔獣にそういうものを望んではいけない。皿ごと食べないだけましだ。
「お前ら食い過ぎなんだよ」
ちょうちょは、自分の身体ほどの大きさのある王宮サンドイッチを頬張っている。
(お前が言うな)
「ちょうちょは絶対デブる」
スライム達が揃ってちょうちょに反発している。
騒いでいるペット達だが、今日はグリファスがいないため、人族にペット達の言葉が伝わることはない。
「何か必要な物や欲しい物があったら、遠慮なく言ってほしい。出来る限り用意しよう」
「い、いえ、あの、お構いなく」
お菓子もだが、クライブは気まで使ってくれる。
先日、寮に突然国王陛下がやって来た。そして、なぜなのか王宮で生活しろと言われて、思わず泣いてしまい謝られた。そのことが引っかかっているのかもしれない。
寮に住むことができているので、何も気にすることはないのに。
「せっかくだから、宝石やドレスを贈らせてもらいたいのだが」
「いっ、いえ、滅相もありません。宝石もドレスも必要ありませんから」
「そうか? これから必要になってくると思うが」
思わず大声で拒否してしまったのに、クライブが変なことを言う。
これから必要ってなに?
現在、ティナのクローゼットには、王子宮に上がった時のドレスが、かけられたままになっている。この先着る機会はないだろう。
「あの、気を使っていただかなくても大丈夫です。それに先日、生活支援金を頂いたんです」
「生活支援金?」
「はい。特待生として入学させていただいているので、毎月生活支援金を支給していただけるのです。先日、初めて頂きました!」
今まで遠慮して視線すら上げることのなかったティナが、目をキラキラさせて嬉しそうに話している。
ティナが特待生で入学したのは聞いていたが、生活支援金が支給されていることは知らなかった。
「そうか、それは良かったな」
「はいっ、とてもありがたいです。毎月銀貨5枚も支給されるんです」
「そうか、銀貨5枚なのか……」
王族、それも第2王子であるクライブは、もちろんお金を見たことはあるし、持ったこともある。だがそれは、全て金貨であって、銀貨の存在は知っていても、見たことも触ったこともない。
自国の通貨なのに、価値がいまいち分かっていない。
「ですので、必要な物は自分で購入することができるのです。今度お買い物に行こうと思っていて、凄く楽しみなんです」
ティナがウキウキしているのが分かる。
それほどまでに買い物とは楽しいものだろうか?
今まで商品を購入しようとする時は、王宮御用達の商人を王宮に呼び付け、持ってこさせた商品の中から選ぶのが買い物だった。
自分の足で、店舗に向かうなど、考えたこともなかった。
(ご主人様、今度こそ一緒に買い物に行きたいです)
「まあ、俺も付いて行ってもいいぜ」
「僕も行くー」
前回の買い物は、トリカから止められて一緒に行くことはできなかった。
今度こそ一緒に行くのだとペット達は意気込んでいる。
「何を買うのだ?」
「そうですね、石鹸が小さくなったから買いたいです。それにタオルも破れちゃって、一枚、やっぱり二枚は欲しいかな。後は……。あっ、すみません、変なことをペラペラと」
ティナは、慌てて頭を下げる。
相手が王子様だと思い出した。生活雑貨の話などしていい相手ではなかった。
「いや、とても興味深い。そうか買い物か……。よし、私も一緒に行こう」
「はい!?」
ティナは一瞬クライブが何を言っているのか分からなかった。
「あの、一緒にとは?」
「私も買い物に行ってみたい。ティナの買い物に同行させてもらおう」
「いえいえ、もらおうって言われても、私が行くのは露店とか屋台とかで、綺麗なお店じゃないんですよ」
「そういう店で買い物をしたことがないので、楽しみだ」
楽しみだというクライブだが、顔は無表情だ。ちっとも楽しそうには見えない。
王子であるクライブは、いつも王族たらんと己を律している。そのため何が有っても感情が顔に出ることはない。ようするに表情筋が死んでいるのだ。
クライブが楽しそうにしていたのは、カーバンクルがいた時だけだった。みかん相手だと、まだそこまでいってはいない。
「ですが、あの、王族の方と一緒というわけには」
ティナは焦る。
百姓の娘が、何の因果で王子様と一緒に買い物をしなければならないのか。
いつ不敬罪に問われるか分かったものではない。命がいくつあっても足りない。
パクパクと金魚のように口を開け閉めしているティナを見ながらクライブは思う。
ティナは自分の周りにいる令嬢達とは違う。
ティナが平民だからなのか? それだけではなさそうだ。
何が違うのか……。
ティナには欲が感じられないし、見栄が無い。
王族の自分と親しくなれば、それだけで周りの者達への牽制になるし、優越感に浸れるだろう。
学園の中には、平民を見下す貴族の子どももいる。そんな奴らを見返すことができるというのに。
それなのに、ティナは自分からは逃げようとするのだ。
興味深い。
ティナと共に街をぶらつきながら買い物をするというのは、楽しそうだ。
表情筋が仕事をしていないクライブの口元が少し動いたように感じられた。
「ハリオル」
「はっ」
クライブの呼びかけに、部屋の隅で待機していた男性が前へと出てくる。
ザイバガイト学園の三年生でシーダルト侯爵家嫡男だ。
学園内ではクライブの傍仕えをしており、いつも近くに控えている。
「明日はティナと買い物へ行く。仕事の調整を頼む」
「畏まりました。買い物は放課後でよろしいでしょうか?」
「そうだな……。そうだティナ、せっかくだから夕食を街で食べよう。レストランを予約しておこう」
「買い物……、夕飯……、レ、レストラン……」
勝手に予定を立てられて、ティナはキャパオーバーになってしまっている。
なぜこんなことになってしまったのか。明日を思って目の前が暗くなるティナなのだった。
王宮にて。
クライブとティナが街へと買い物に出かけることになったと、国王であるシルベストに報告が入った。
学園内には王宮の間諜が何人もいる。リアルタイムで情報が国王へと報告されているのだ。
「そうか。デートをするのか。でかしたクライブ!」
シルベストは、ここにはいない息子を褒める。
クライブに言って聞かせた甲斐があった。
ティナに王室へ嫁いできてほしい。
このまま交際を深めていき、クライブと結婚してもらえれば、神獣を連れたティナを王室へと取り込むことができる。
「よしっ、有識者を集めろ。明日のデートは、必ず成功させなければならない。綿密なデートプランを練り上げるのだ!」
「はっ!」
使用人達が動き出す。
ティナを王宮に嫁入りさせるための、国家プロジェクトが動き始めたのだった。




