57 カーバンクル帰る④
「なんとお礼を言ったらいいのか」
スーに飲み込まれ、身体中に臭い草を擦りつけられたが、それが自分の怪我を治すためだということを母親は理解している。
蔦で前足をグルグル巻きにされ、動きにくいが、なんとか上半身を起こすと頭を下げる。
「礼には及ばん。親孝行息子の手伝いをしただけだ」
グリファスの言葉に、仔カーバンクルが嬉しそうに笑顔を見せる。
母親の調子が良くなってきているのが分かったのだろう。
前足は固定され、もう曲がりくねってはいないし、耳は切れたままだが、血がこびりつき膿んだ状態ではなくなった。
右目もほぼ見えなかったのが、かすかだが視力が戻ってきているようだ。
「できれば少しの間、前足を使うのを控えるほうがいいな」
「俺、できるよっ。ちゃんと獲物を捕ってきて母さんに食べさせる!」
仔カーバンクルはやる気満々だ。
やる気があるのと、出来るかというのとは別問題だが。
「ありがとう坊や、でも母さんは魔法が使えるから、大丈夫よ」
母親はそう言っているが、魔法を使うにも、まずは獲物を探さなければならない。
前足を使わずに森を探し回るのは不可能で、どうしても負担がかかるだろう。
(ああ、そうだった)
スーは思い出した。
食べられそうなものが、自分の中にあることを。
ドン!
カーバンクル親子の前に肉の塊が現れる。
「え、なに!?」
「これは……」
(腐ってないと思うぞ。お前らは小さいから、これくらいあれば、何日かもつだろう)
随分と前に入れたままになっていたワイバーンの肉を親子へと押しやる。
不思議なもので、スーの体内に入っているものは、時が止まるようだ。自身にも仕組みは分かっていない。
サート草も萎れていなかったし、ワイバーンの肉も新鮮そうだ。
ドラゴン種の肉は滋養強壮に満ちている。母親の怪我の治りも早くなるだろう。
「どこから出したのだ? サート草の時もそうだが、貴重な品ばかりを、なぜお前は持っている」
グリファスが驚くというよりは呆れ気味だ。
このスライムは謎すぎる。
(たまたま拾ったんだよ)
スーは嘯く。
「こんな貴重な肉を……」
「にくー、肉―。すごーい、美味しそーう」
(ああ、腹いっぱい食え)
母親は遠慮するが、仔どもは無邪気だ。
母親が生きていて良かった。
これで思い残すことなく王都に戻ることができる。
まだ寝たままの母親に挨拶をして、スー達は帰途につくことになった。
(チビ助、元気でな。何かあったら俺を呼んでもいいぞ。おねしょの時は呼んでも来ないけどな)
「おねしょなんてしたことないっ」
スーのからかいに、仔カーバンクルはキーッっと、怒っている。
「息災でな」
「うん。神獣様、ありがとうございました」
仔カーバンクルはペコリと頭を下げる。
そして、スーへと視線を向けると、モジモジとしだす。
(どうした?)
「あの、その……」
この世界に猫はいないが、成猫の大きさしかない仔カーバンクルが上目使いでこちらを見る様は、とても愛らしい。
愛らしいが、自分こそは愛らしいペットだと自負しているスーにすれば、他所を認めようとは思わない。
「ス……」
(ス?)
「ス、スーおじちゃん、ありがとう! 大好き!!」
(お、おう)
いきなりの告白(?)に、スーは面食らってしまう。
仔カーバンクルは走って母親の元へと戻ってしまった。恥ずかしいのだろう。
「愛らしいものだな」
グリファスが微笑みながら、逃げてしまった仔カーバンクルの後姿を見ている。
スーは、母親の後ろからこちらを見ている仔カーバンクルへと触手を出して大きく振る。
そしてカーバンクルの巣穴を後にした。
グリファスの背中に乗って帰途につく。
今度は仔カーバンクルを飲み込んでいない分、随分と楽だ。
乗り物酔いも軽い気がする。
触手でしがみつくのに、それほど力を入れなくてもいい。
(なあ、グリファス)
「ん、どうした」
(カーバンクルって、長命種だよな)
「そうだな、長命種とまではいかないが、人族と比べると4倍くらいは長生きじゃないか」
(だよな……)
スーは少し考えこむ。
(カーバンクルの独り立ちって、生後何年ぐらいなんだ?)
種族の寿命はそれぞれ違う。
短命な種族は成長速度が速く、長命な種族は成長速度が遅い傾向にある。そのため長命種の親離れの年齢は高いことが多い。
「そうだな、我もはっきりとは知らないが、だいたい30年ぐらいではないのか」
(じゃあ、チビ助もそのぐらいだってことだよな……。俺、12歳なんだけど)
「ブハッ」
スーの年齢を聞いて、グリファスが噴き出す。
仔カーバンクルからスーおじちゃんと呼ばれたが、スーは仔カーバンクルよりも、随分と年下だったのだ。
(うわぁっ! グ、グリファスッ、真っすぐ飛べっ。フラフラすんなっ)
「グフフフ。おじちゃん。スーおじちゃん……」
グリファスは、笑いが止まらない。
仔カーバンクルにすれば、悪気は一切ないし、最上級の親愛の情を示してくれたのだ。
ただ、いくら仔どもだとしても、知っておくべきだった。
スライムは短命種だということを。それも、魔獣一と思われるほどに寿命が短い。
スーは規格外で長生きだが、それでもスライムはスライムなのだ。
そんなスライム相手におじちゃん。
グリファスは、笑いを止めることができない。笑うたびに身体が上下してしまう。
背中に乗っているスーにすれば、たまったもんじゃない。
落ちないように触手に力を入れて、しがみつく。
せっかく乗り物酔いせずに済むと喜んでいたのに。
(ぐわわわー。吐く、吐いてしまうー)
またも、酷い乗り物酔いに苦しむことになってしまった、スーなのだった。




