58 地獄の補習開始
ティナの地獄の日々が始まった。
何もせずに住居費、食費がタダで、手当まで貰えると思っていたティナだが、世の中そんなに甘くはなかった。
アール教頭からも、生徒として一生懸命頑張りなさいといわれていたが、そこにはピンときていなかった。
入学式までの一カ月間、ティナは『基礎学力習熟組』に入れられ、毎日勉強漬けの日々になっている。
基礎学力には文字の読み書きはもちろん、四則演算、テーブルマナーや言葉遣いなど、内容は多岐にわたる。
だいたい長時間椅子に座って勉強するなんてこと自体が初めてなのに、それ以外にも様々なことを習わなければならない。
ティナの頭は爆発している。
だが、ティナと同じ部屋にいる全員、頭が爆発していた。
今年度入学の基礎学力習熟組は全部で四名。
ティナとカイ。それとリーナとフロックだ。
同じCブロックのカイは、田舎で猟師をしていたそうで、ティナの一歳年上。テイマーでブルーウルフのトムを連れている。
リーナは少女というよりはお姉さんという雰囲気の女性で十九歳。
フロックは習熟組の最年少で、ティナよりも一歳年下の少年だ。
リーナ、フロック共にAブロックの攻撃魔法タイプだ。
毎年数名の文字の読み書きができない生徒が入学してくるそうで、学園も慣れたものだ。
入学までのカリキュラムは出来上がっている。それに、たった一ヶ月で基礎学力が身に着くわけがなく、入学後も特別授業が続くのだが、生徒達は、まだ知らない。
(おっ、見てみろちょうちょ、俺ってば才能あるじゃないか)
ティナの書き損じの裏紙に、スーが文字を書いている。
両脇から触手を出して、左の触手で紙を押さえ、右の触手でペンを持ち、ティナの教本を盗み見ながら自習に励んでいる。
テイマーは基本、どこにでも従魔を連れて来てよい。
他の生徒が嫌がったり、従魔がいることにより不都合が生じる場合は、同行を拒否されるが、魔法学校なだけあって、従魔には寛容だ。
今は習熟組の授業中だが、スーとちょうちょはティナの隣にいる。なんなら一緒に授業を受けている。
「見てみて、こんなことできるよ。凄い? すごい?」
(うるせー、毛玉は黙ってろ)
「お前、身体中、汚れてるぞ」
カイの従魔であるブルーウルフのトムも同じ教室内にいるが、じっとしているのが苦手なのか、腹を上にして、クネクネと身体を捻っている。
スーとちょうちょは相手にしていない。
レベルが上がり、知能も上昇したスーは、ティナと一緒に授業を受けることにより、読み書き計算ができるようになっていった。
だが、ちょうちょとトムは、勉強というか知識を受け付けない。
勉強を嫌っているとか、なまけているとかではない。根本的に憶えることができないのだ。
レベルが高い魔獣は知能も高いが、文明を持たないのはそこなのかもしれない。
勉強が身についているのはスーだけだ。
なぜスーだけなのかは、スー自身も分からないのだが、スーは勉強が好きだし、知識が身に着くのに喜びを感じている。
もっともっと勉強がしたい。スーには目標があるのだ。
文字がスラスラ書けるようになって、ご主人様と筆談したい。
これで自分の溢れるご主人様愛を、やっと伝えることができる! ペンを持つ触手にも力が入るというものだ。
(ご主人様、それは “あ” ですよ。赤いリンゴの絵が描いてあるでしょう)
ティナがガリガリと羽ペンで、紙を破く勢いで文字を書いているのを、スーが横でフォローしている。
いかんせん言葉は通じていないが。
ティナは勉強が苦手らしい。
他の生徒達よりも、進みが随分と遅い。なんならスーの方が、よっぽど先取り学習をしている。
入学式までの一カ月で、できるかぎり勉強を進めておかないと、後の苦労が大きくなってしまうのだが、出来ないものは出来ない。
本人は真面目に前向きに取り組んでいるので、教師達から叱責されるようなことはないが、やはり落ち込んでいるようだ。
「こんなの、やってらんないわよっ。昼食べにいくわよ、昼っ」
朝から始まった授業が、やっとひと段落して昼休みになった。
教師が部屋から出て行った瞬間に、習熟組の一人、リーナがペンを放り出して叫ぶ。
毎日の勉強に、嫌気がさしているのだ。
「ティナ、食堂に行こう!」
「ごめんなさい。私はスーさん達と一緒だから、お弁当なんです」
リーナの誘いを断る。
食堂は魔獣禁止で、スー達は入ることができない。ティナはお弁当を貰って、スー達と一緒に食事をしているのだ。
「ティナ、俺も弁当だから一緒に食べよう」
「なにサラっとナンパしてんのよ」
「油断も隙もありませんね」
「ナンパなんかしてねーよ」
従魔は獣舎に入れて、世話係に任せっぱなしのテイマーも多いが、カイも従魔と一緒に食事をするタイプのようだ。
ティナを誘ったことを、リーナとフロックに揶揄われている。
「それじゃあ、皆で一緒に中庭でお昼にしましょうか。今日は天気もいいから、気持ちいいわよ」
リーナの提案に全員が賛成する。
現在の学園は、新入生は入学前、在校生は長期休暇中だ。学園内は閑散としている。
ほとんどの生徒は帰省中のようだが、帰省しない生徒もいるため食堂は営業している。
食堂でお弁当を貰うと、中庭へと行く。
中庭は、さすが王立学園というだけあって、広々と美しく整えてある。
入学説明会の前なので、皆は中庭の使い方を知らない。一部の場所には入らないようにとの立て看板も立ててあるのだが、習熟組の目には入っていないし、入っていても読めない。
「今日は日差しがあったかくて、ピクニック日和だねぇ」
「学園の中庭でピクニックはちょっと」
「いいの、こういうのは気分なんだから」
リーナとフロックの言い合いを見ながらティナは思う。
今まで学校というものにティナは通ったことはなかった。
だから同級生や友人の存在を知らなかった。
対等に親しく話せる相手がいるのが、どれほど嬉しいことか、ティナは実感する。
バババババッ!
はしゃいだトムが庭に穴を掘っている。
(これだから躾けのなってない毛玉は)
「飼い主、止めろよ」
ペット組は冷ややかな目線を送っている。
今日のお弁当は、細長いパンに切れ目を入れて、甘辛い味を付けた野菜炒めが詰められている。
なかなかボリュームがあるし、もちろん美味しい。
「こら、待てっ、これはお前が食べていいもんじゃない。待てってば」
魔獣は人と同じ物を食べると、体調を崩すことがあるらしい。
カイが持っているパンを食べようとしているトムを、カイが止めている。
スーやちょうちょはティナと同じ物を食べているので、ティナは不思議そうにその光景を見ている。
(まったく、毛玉は落ち着いて食事もできないのか)
「だな。おっ、今日のパンは、まあまあいけるな」
ティナからパンをちぎってもらっているが、それでも随分と大きなパンに、ちょうちょは噛り付いている。
スーは大きなパンを一口というか、一飲みだ。
「まあ、ちょうちょさん、具合が悪いの?」
ティナは何かに気づいたのか、スーと並んで芝生に座っているちょうちょに顔を近づける。
「え、いや、あの……」
なぜかちょうちょは、焦ったのか手に持っていたパンを落としてしまったのだった。




