56 カーバンクル帰る③
「母さん、痛いよね。俺を庇ってこんな目にあって、ごめんね」
「坊やが謝ることなんて何もないよ。悪いのは人族さ」
「母さん聞いて。俺ね、人族にちゃんと仕返ししてやったんだ。あのスライムに助けてもらったけど、俺を従魔にしていた奴も、俺を金で買った奴も、引き裂いてやったよ」
「まあまあ、なんて立派になって」
母子は離れていた時間を埋めるように、ピッタリと寄り添いながら話をしている。
人族を殺めるのは、魔獣にとっては心温まるエピソードだ。
「しかし、このまま帰ってもいいものか」
(え、なんだか嫌な予感がするんだが、何かする気か?)
親子のほのぼのとした語らいを見ているグリファスの発言に、スーの表情は曇る。スーは一刻も早く帰りたいのだ。
「母君は何とか生きてきたが、これからは幼子も育てていかなければならない。あの身体では無理があるだろう」
(いや逆にチビ助が手助けになるだろう)
「だが、まだ幼子に魔法は使えまい」
(そりゃあそうだけど)
「なんとか母君の傷を治してやりたいのだが」
(いくら神獣でも、癒しの魔法は使えないって言っていたじゃないか)
「ああ、魔法ではなく物理の方だ」
(物理?)
スーは頭を捻る。
「母君の傷を見ると怪我を治療しておらず、そのままの状態のようだ」
グリファスはカーバンクルの母親の怪我の状態を見る。
人族に怪我を負わされた時、助けがいなかったのだろう。
なんとか生き延びることはできたが、治療してもらうことも、自力で治療することもできず、ただ自然治癒で、ここまで回復したようだ。
体中に傷跡がある。特に右側が酷く、前足、耳、目に障害が残っている。
(どうやって治療するんだ?)
「魔獣は身体の中に魔素が流れている。獣と違って魔素があるから力も強く身体も丈夫だ。病は回復しやすいし、怪我の治りも早い。だが今回の母君のように酷い怪我をした場合、魔素が怪我の場所で滞ってしまい、逆に怪我が治るのを妨げてしまう場合がある」
(へー)
スーもレベルアップした時から、身体の奥にエネルギーの塊があるのを感じている。
そのエネルギーが身体中をめぐり、今までできなかったことを可能にしている。それが魔素なのかもしれない。
「滞っている魔素を一旦取り除いて、流れをスムーズにしてやれば、傷が治るかもしれない。治らなくとも、軽くはなるだろう」
(そんなことできるんだ)
魔素の存在すら、ろくに知らなかったスーにすれば、そういう治療のやり方があることを知らなかった。
「ああ、魔素の流れを良くしたからと言って、全ての傷が治るわけではない。だが、足が変形してしまっているのを少しは元に戻してやりたい」
暴行を受けた時、前足で庇ったのだろう、母親の右前足は折れ曲がってしまっており、歩くのですら支障が出ている。
(で、物理ってどうするんだ)
「ああ、森の奥に行って、サート草を取って来る」
(サート草? 聞いたような……)
「スーが三次試験の時に吐き出した草だ。あの草はハロルドが持って行ってしまったからな。サート草は人族の間では魔獣の毒素を中和する薬になると言われている。だが本当は魔素を取り除く薬となる」
(ああ、あれか。あの草が魔素を取り除く? 無くすという事か)
「そうだ、サート草に魔素を吸わせることによって無くすことができる。母君の滞っている部分の魔素を取り除いて、正しい流れにしてやれば、怪我が治るのが早いだろう。前足の変形を元に戻すことができるかもしれない」
グリファスは羽を広げる。
「今から探しに行ってくる。ただサート草は、森の奥に生えている草だが、決まった場所に生えているわけではないし、群生しているわけでもない。探すのが難しい草だ。時間がかかるかもしれない。スーよ、留守を頼む」
そのまま飛び立とうとするグリファスへ、スーが待ったをかける。
(グリファス、行かなくていい)
「なぜ止める。少しでも母君の怪我が治るかもしれないのだぞ」
(あー、行かなくていいっていうか、行く必要がないっていうか)
「何を言っているのだ?」
グリファスは不思議そうにスーを見る。
(もう有るんだ)
「有るとは?」
(これだろう)
スーは大量のサート草を吐き出す。ご主人様を魔獣の生贄にしようとしたサノト村から刈り取ってきたものだ。
「うわっ、臭いっ」
「なっ、なんだいこの臭いはっ!」
辺りにサート草の臭いが充満し、親子の触れ合いにいそしんでいたカーバンクルの母子が悲鳴を上げる。
(これでいいんだろう……。ん?)
グリファスへと視線を向けると、グリファスも自分の鋭いかぎ爪で、鼻を押さえている。
「こんなに持っていたのか……」
(おお、神獣でもこの草は臭いんだな)
サート草の臭いは人族とスライムには効かない。
グリファスのしかめっ面を見ながら、スーは面白がる。
「臭いよー。鼻が曲がるよー」
(逃げるな。母親のことを思うなら手伝え)
臭さに泣きが入り、逃げ出そうとしている仔カーバンクルをスーが触手で止める。
(いいか、今からお前の母親の治療をする。そのための臭い草だ、我慢しろ。治療をするために棒が必要だ。お前が探してこい。あ、それと縛り付ける蔦もだ。蔦はなめして使うけど、柔らかいやつがいい)
「棒?」
(添木と言って、傷を固定して怪我が正しい状態で治るように補助する枝だ。できるだけ固い真っすぐな棒がいい。長さは持って来てから調節する)
スーは仔カーバンクルへ枝の太さを、これくらいと触手を使って指示する。
仔カーバンクルは理解したのか、飛び出していった。ただ単に臭い場所から逃げ出したかったのかもしれない。
鼻をつまんだままのグリファスが母親へ治療の説明をするのだが、余りの臭さに説明を聞いていない。
不自由な身体で、臭さから逃れようともがいているので、スーが飲み込むことにする。
「なっ、何をするんだいっ。放せっ」
(大丈夫、顔は出しといてやるから。サート草を使って治療するから、少し大人しくしてくれ。ほら『良薬は口に苦し』じゃなくて『良薬は鼻が曲がる』って言うじゃないか)
暴れる母親を飲み込み動けなくして、グリファスが粉々に砕いたサート草を、自分の身体の中に入れたまま母親の傷に擦り付ける。
サート草は、またスーの身体の中に戻ることになり、充満していた臭さは治まっていく。
母親はやっと治りかけていた傷を強く擦られて、悲鳴を上げる。
「止めろっ。母さんを放せっ」
棒を咥えて戻ってきた仔カーバンクルが、母親を助けようとスーへと襲い掛かる。
(あーれー、やめてー、痛いわー)
仔カーバンクルから渾身の力で、噛みつきひっかかれ、スーはわざとらしい悲鳴を上げているが、スーのムチムチボディには傷一つ付いてはいない。
ぺっ!
十分にサート草が母親の身体から魔素を吸い取ったと感じたスーは母親を吐き出す。
母親は痛みのためか、ぐったりとしている。
(後は任せた)
自分の身体の中にある魔素ですら、理解していないスーは、グリファスへ母親の魔素の流れを整えるのを頼むのだった。




