42 入学試験・最終試験前③
「その仔、具合が悪かったのか?」
一緒に救護室から戻って来たカイが、ティナの後ろから覗き込む。
カイとタイリーは、次の試験のことでニックと立ち話をしていたので、ティナの周りが騒がしかったことを知らない。
大騒ぎをしていたように感じているのは当事者達だけだ。実際はスーとちょうちょの声は人族には聞こえていないし、クライブ達はそこまで大声を上げてはいない。
「そうなんです。グッタリしていたけど、今はちょっと持ち直した感じです」
ティナが嬉しそうに答える。
「え、あ……。どうなったんだ。身体が動く!?」
首輪が外されたカーバンクルは、死んでしまうと思わるほどに弱っていたのに、今では少し身体を持ち上げて、キョロキョロと辺りを見回している。
本人が一番驚いている。
(力業とか出来ないとか、大層なことを言っていたけど、簡単に外れたじゃないか。もしかして俺達に首輪を外させたくなかったのか?)
「なんだよー。あれ程深刻そうに言っていたけど、首輪って外せるじゃないか。グリファスの嘘つきー」
「いや、そんなはずは……」
グリファスはスーとちょうちょから責められているが、そんなことよりも目の前の光景に驚きを隠せない。
神獣として長く生きてきたが、こんなことは初めてだ。
「従魔の媒体を、術者以外が外すなんて、あり得ない」
ハロルドも異常なことだと分かっている。
「随分と元気になったようだな」
大騒ぎをしている皆に飽きたのか、クライブがカーバンクルへと近づいて来た。
ティナの隣に膝を着くと、カーバンクルを覗き込み、そっと撫でる。
カーバンクルは、まだ戸惑ったままなのか、されるがままで、威嚇しないどころか大人しくしている。
「ええ、良かっ……うわっ!」
返事をしようとしたティナは驚きに声を上げ、カイは固まってしまった。
いきなりクライブはパアッとした笑顔を見せたのだ。
今までのクライブは、王族だからなのか、感情が乏しいというか、表情を変えないというか、いつも真顔だった。美しい人形のように感情の起伏が見当たらない人物だったのだ。ティナは気づいていないが、先ほど周りが大騒ぎしていた時も、一人だけ通常運転だった。
そんなクライブの満面の笑顔だ。元々もの凄い美形のクライブだから、その威力は半端ない。隣にいたティナとカイは眩しさに目が潰れそうだ。
「なんということだ、私に撫でさせてくれる魔獣がいるなど信じられない。なんという僥倖だろうか。愛い。愛いではないか、素晴らしい!!」
サワサワサワサワ。
クライブは嬉々としてカーバンクルを撫でている。
物心ついた時には神獣のグリファスに加護を受けていたクライブには、近づく獣も魔獣もいなかった。クライブが近づいて行けば、脱兎のごとく逃げてしまう。グリファスの威圧が恐ろしいのだ。
動物好き、可愛いもの好きのクライブにすれば、とても寂しかった。
今のカーバンクルは自分の身に起こったことに対処できずに呆然としている状態なので、クライブの神獣臭さに気づいていない。幼さもあるかもしれない。
クライブの撫で撫で攻撃にもされるがままだ。
「よ、よかったですね」
クライブの喜びように、同意するしかないティナとカイだった。
「ティナ、その手に持っている首輪を渡してくれないか」
「はい、どうぞ」
嬉々としたクライブを、ただ見ているしかないティナに、グリファスが声をかける。
ティナはすんなりと手に持ったままだった首輪を渡す。ティナには必要の無いものだから。
バヂヂヂィ。
受け取ったグリファスの手の中で、首輪は小さいが禍々しい青白い火花を一瞬散らした。
(うわっ。なんだったんだ?)
「その首輪どうなってんだよ、光ったぞ」
「呪いが生きているのか?」
スーとちょうちょは放たれた火花を見て、思わず目を細める。
ハロルドだけが首輪の状態が分かるのか、驚きに呆然と呟いている。
「まさかとは思ったが、この首輪にかけられたテイムの術は、まだ生きている。今は我が押さえ付けている状態だ。術がかかったままの媒体を外すことができるなど、目の前で起こったことなのに信じられない……。ティナ、君は一体何者なのだ」
「?」
名前を呼ばれたティナは、何を言われたのかと首をかしげる。グリファスの話を聞いていなかった。
ティナは首輪をグリファスへ渡すと、すぐにカーバンクルへと視線を戻していた。少し調子が良くなったように思えるカーバンクルだが、まだまだ心配だったから。
ティナは首輪が発した音や光にも気づいていない様子だ。やはり魔力が無いのか?
術は魔力の無い者には感知することはできない。
だが、それならば尚更分からなくなる。なぜ首輪を外すことができたのか。偶然などあり得ない。
グリファスは答えを見つけることができずに考え込んでしまう。
王族のクライブとよく似たグリファスの考え込む姿は、人ならざる者のよう(実際に人ではない)に美しい。
「グリファス様、見てください。魔獣を触ることができているのです。私が撫でても逃げないのです。ああ、何と柔らかくて可愛らしいのでしょう!」
グリファスに、浮かれぽんち(死語)のクライブが嬉々として笑顔を向けてくる。
クライブに撫でられ続けているカーバンクルは、呆れているのか抵抗するのを諦めたのか、されるがままだ。だが、随分と体調は良くなったように思える。
いつもは自分を王族として律しているクライブだが、はしゃいでいる姿はあどけない。まだ15歳になったばかりの少年らしさがあった。グリファスは微笑ましいと笑顔を浮かべ……は、しなかった。なぜ今声をかけるのかと言いたい。
空気を読め。
自分が深刻そうにしているのに、なぜ気づかない。
今の自分は、眉間に刻まれた皺に人差し指を当て、シリアスに考え込んでいますよのポーズをとっていたのだ。ここで突っ込まれたら、格好を付けて自分に酔っている、ただのナルシストではないか。恥ずかしい。
神獣として長く生きているが、こんな恥ずかしい思いは久しぶりだ。
思わず手にしていた首輪を握りしめてしまった。
ジュッ。
神獣の力は偉大だ。
小さな音と共に術は簡単にかき消され、首輪ごと壊れてしまった。
片田舎の酒場で、一人の老人が息絶えた。
酒を飲んでいたのに、いきなり胸を押さえて苦しみだし、一緒にいた中年男が驚いて声をかけたが、あっという間だった。
老人と中年男は、臨時収入に喜び、このところ毎日酒を飲んでいた。
ケチな詐欺や人の物をくすねたりと、常日頃から素行が悪く、冒険者ギルドから追い出された二人だったが、老人は術者としては熟練だったし、中年男は腕っぷしが強かったから、仕事に困ることはなかった。
冒険者ギルドを通さない、正規の仕事ではなかったが。
今回も貴族の坊ちゃんがテイマーになりたいからと、魔獣を捕まえてくれという仕事だった。
初めて会う仲間達と共に魔獣の住む森へと入り、運よく仔だけがいる巣穴を見つけた。
後から母親が戻って来たが、上位の魔獣は頭がいい。自分の子どもの命が危ないと分かると、抵抗することなく殺されていった。
仔は殺さないように注意して痛めつけ、老人がテイムの術を掛けた首輪を着けさせた。
思ったよりも多くの金を受け取ることができ、上機嫌の二人だった。
テイムの方法には二種類あり、テイマーの特性がある者が己の魔力でテイムする方法と、老人のように術式を媒体に用いてテイムする方法だ。
老人が掛けたテイムの術式は、老人が解くか、老人が死なないと解けないし、仔が死ねば術は役目を終え消滅するというものだった。
この術式だと媒体と老人は繋がったままとなるが、老人と仔は、もう二度と会うことはないだろうし、あの貴族の坊ちゃんは、従魔を大切にするような奴じゃなかった。すぐに従魔は殺されて、術は解除されるだろう。
老人は軽く考えていた。
まさか、外れることのない首輪が外され、術を力業で消されるなど、考えたこともなかっただろう。
術式と繋がったままの老人に、消された術式の反動が、一気に押し寄せてきたのだ。
老人は、そのことに気づく間もなく、この世から去って行ったのだった。




