41 入学試験・最終試験前②
「スーさぁん、ちょうちょさぁん、どこー?」
(ご主人様!)
スーが振り向くと、人族達がこちらに向かって来ていた。
ティナとカイ、タイリー。皆を救護室に先導していたニックもいる。救護室から戻って来たのだろう。
「ご苦労様ニック。皆は大丈夫だったのか?」
「ああ、心配はいらない。タイリーが少し怪我をしていたが、かすり傷だった」
ハロルドの問いに、ニックが答える。
「まあ、可愛らしい。ウサギさんかしら、それとも猫さん?」
スーを見つけて近づいて来たティナが、横たわるカーバンクルのことに気が付いた。
「あっ、分かった、フェネックさんね。何かで見たことがあるわ、でも本物は初めてよ、何て可愛らしいのかしら!」
ティナがもっと近くで見ようと思ったのか、嬉しそうにカーバンクルの傍まで近寄ると膝を着く。
「フェネックとは何だ? そういえば我のことも鷲さんとか言っていたな」
グリファスが不思議そうに首を傾げる。
この世界には犬も猫、ましてや鷲やフェネックは存在しない。ついでにワニも。
家畜ですら牛や豚ではない。似たような家畜は存在しているが、名称も外見も違う。味は似ている。
ちょうちょは偶然名前が同じ虫がいるが、ティナの思っているちょうちょとはたぶん違う。蝶ではなく“ちょうちょ” という虫だ。もの凄くデカイ。
「そうですね、ウサギさんとか猫さんとも言っていましたが、何のことなのでしょう」
グリファスの隣にいるクライブも不思議そうにしている。
グリファスがスーとちょうちょと交わしている念話は、グリファスの加護を受けているクライブにも通じている。ただスーとちょうちょの念話は理解できない。
グリファスは人型をとっている時は、人族の言葉を話すこともできるが、ティナに話しかける時など以外はわざわざ人族の言葉を話すことはない。
今までのカーバンクルのことは、度々グリファスから通訳してもらい、それをハロルドへと伝えていた。
だからクライブとハロルドもエリオットの非道な行いを知った。
「なあスー、もしかしてティナは、カーバンクルに “フェネック” とかいう名前を付けて、ペットに加えようとなんてしていないよな」
ちょうちょは自分の時を思い出し、少し遠い目をする。
(ま、ま、まままま、まさか。ご主人様がそんなことをするわけがないだろう。いくら毛が多いからって、ご主人様は俺以外を軽々しくペットになんかしないっ。しないったらしない。絶対にしないっ)
「だから毛に拘るなよ。それに、お前以外って言うけど、俺もペットなんだがなぁ」
ちょうちょが呆れたように乗っているスーの頭をペシリと叩く。
「落ち着けスー。カーバンクルは既にテイムされている。それにテイムとは名前を付ければ完了するような簡単なものではない」
グリファスがスーを落ち着かせようとしている。余りにも煩いからだろう。
「カーバンクルが弱っていたから従魔にしようとしたのか? だがワークス侯爵令息の従魔なのであろう。勝手に己の従魔にすれば、それは略奪行為と見なされてしまうのではないのか?」
「他者の従魔をテイムすることは不可能です。ティナはそのことを知らなかったのかもしれませんね」
クライブと、クライブからペット達の嘆き(?)を通訳してもらったハロルドが、二人してトンチンカンな話をしている。
クライブは神獣を連れているがテイマーというわけではないので、テイムのことが良く分かってはいないのだ。
「まあ、このフェネックさん具合が悪そうだわ」
周りが騒いでいるが、ティナは気づいていない。
覗き込んだカーバンクルの状態を知り、心配そうにしている。
(ご主人様はそんな毛玉をペットにしようとなんかしませんよねっ。思ってもいませんよねっ。そうですよねっ!)
「スー落ち着け。毛に拘りすぎだ。ティナも俺達に相談も無しにペットを増やそうとなんかしないはずだ。そうだよなティナ」
「ティナ嬢、他人の従魔を自分のものにしようとするのは控えた方がいい」
「ティナはテイムやテイマーのことが分かっていないようだな。少し勉強した方がいい。私が教えよう」
ティナの周りで皆が一斉に話しかけてきて煩い。だが、一番騒がしいスーとちょうちょの言葉は元から聞こえてはいない。
「あの、この子魔獣ですよね、具合が悪そうなんですけど、魔獣って、どうすれば助けることができますか?」
自分の隣に立つグリファスへと問いかける。
長い間魔獣をペットとして飼っていたティナだったが、スーが怪我をしたり、体調を崩したりすることは今までなかった。せいぜいたん瘤を作るぐらいだったのだ。
スーはか弱いスライムの割には丈夫だった。ティナは魔獣の手当のやり方を知らない。
「カーバンクルが助かることはないだろう……」
「え? で、でも何かやれることが」
ティナはそっとカーバンクルの身体を撫でる。
まだ温かい。呼吸もしている。
何か出来ることがあるはずだ。
カーバンクルはティナに撫でられたことが刺激になったのか、自分の首に付いている首輪を外そうと前足を動かす。が、届かなかった。
この首輪がある限り、自分は奴隷として死んでいくしかないのだ。それなのに最後の力を振り絞っても、忌々しい首輪を外すことができない。
「この首輪が苦しいの?」
ティナの言葉にカーバンクルは答えない。もうその力は無い。
「そうよね、首輪が邪魔よね、私が取ってあげるわ」
ティナはカーバンクルの首に手を伸ばすと、そっと首輪に手をかける。
その首輪は外すことはできない。
ティナの様子を見ていた皆は誰もそのことを伝えなかった。カーバンクルを奴隷だと言いたくなくて。
その首輪がある限り、カーバンクルは奴隷のまま死んでいかなければならないのだとティナに知られたくなかった。
「はい、外れたわよ。スッキリしたわよね」
笑顔のティナの手には外された首輪があった。
「「「ええええええーーー!!」」」
周りの者達の目が、あり得ない光景に、飛び出しそうになっている。
「首輪が外れただと!? 信じられない」
(へっ、外れた!?)
「どういうことだっ。外れている。首輪が外れているじゃないかっ!」
「ほう、首輪は外れないのではなかったのか? だが外れたのなら良かったではないか」
「まさかこんなことが起こるなんて……」
グリファス、スー、ちょうちょ、クライブ、ハロルド。ティナの周りはあり得ないことを目の当たりにして、阿鼻叫喚になっていた。(クライブだけは、ことの重大さが分かってはいない)
「あ……。首が……。身体が軽い」
今にも息絶えそうだったカーバンクルが、一つフゥと息を吐く。
「まあ、フェネックさんが目を開けたわ」
ティナ一人だけがこの状況の中、ニコニコと喜んでいるのだった。




