40 入学試験・最終試験前①
ご主人様が行ってしまった。
スーも一緒に救護室に行きたかったのだが、魔獣は救護室に来ては駄目だとニックに追い返された。
スーの頭の上にいるちょうちょと一緒にその場に残されてしまったのだ。
カイとタイリーの従魔達も、その場で待機している。
数人いた試験官達も、壊れた結界の後始末に行ってしまい、この場に残っている人族は、ハロルドとクライブだけだ。
いつの間にか皆が倒れたカーバンクルの周りに集まっていた。
よく見るとカーバンクルはまだ幼い。親離れしたばかりか、もしかしたら……。
カーバンクルは冒険者ギルドの魔獣ランクではB~C、中位から上位の魔獣だ。魔法に特化しており、魔法を使って攻撃してくるため、厄介な相手といえる。だが、目の前のカーバンクルは幼い上に酷く弱っている。
これでは攻撃など、何一つできないだろう。
(おい、大丈夫か?)
スーはカーバンクルへと声をかける。
スーに声をかけられたカーバンクルは、グッタリとしたまま、こちらに顔を向けることもできないのか、チラリと目線だけを送ってくる。
「お前、スライムか?」
(ああ、そうだ)
「そうか、デカイな……。そんなにデカイなら、俺を喰えるんじゃないか?」
(え?)
「そうだな。こつは食い意地が張っているから、お前なんかペロリだぜ」
(ディスってんじゃねーよ。カーバンクルより先に、お前を喰うことにするぞ)
スーは頭からちょうちょを振り払おうとフルリと身体を揺するが、慣れたものなのか、ちょうちょはスーの頭の上に居座ったままだ。
「頼む、俺を喰ってくれ」
(は?)
「へ!? おい、冗談は止めた方がいいぞ。スライムは何でも喰うからな。本気にしたらどうするんだ。喰われたら死んじまうんだぞ」
また目を閉じてしまったカーバンクルに、ちょうちょが説明なのか説得なのか分からないことを言っている。
「もう嫌だ。俺は喰われたい……。死にたいんだ!」
「なんでだよ。あのいけ好かないヤツに虐められているのか?」
ステージの上にいたスーとちょうちょは、カーバンクルが虐げられていた場面を見てはいない。だが、あんな主の従魔にされているのは苦しいだろうと分かっている。
「俺は嫌だった。あんな奴の奴隷になるぐらいなら死んだ方がましだったんだ。だけど母さんが死ぬなって。生きていれば何とかなるって……」
幼いカーバンクルは涙を流す。
「お前の母君は……」
スーの隣にいたグリファスが念話で問う。
グリファスは人型のままなので、倒れたカーバンクルの前で片膝を着いている。
「殺された。俺の目の前で殺されたんだっ。母さんは人族になんかに負けるわけなんかないのに、俺がいたからっ。俺があいつらに捕まってしまったから。母さんはあいつらに攻撃できなかったんだっ」
カーバンクルの瞳からはポロポロと涙が流れているが、必死に嗚咽を堪えている。
「あいつらとは何人もいたのか? お前をテイムしたのはワークス侯爵家の息子ではないのか?」
「違う。人族は6……7人? 沢山いた。母さんが狩りに行って、俺一人で巣穴に居た所を襲われた。母さんが戻って来た時には、俺はすでに捕まってしまっていたんだ。母さんがあいつらに殺されて、俺も抵抗できなくなるまで殴られてから術をかけられた。だけど術をかけたのはズルズルした服を着た年寄りの人族だった。それからお前の主だって言われて、あいつに渡された。俺はそんなこと認めないっ」
身体が辛いだろうに、それでもカーバンクルの声は鋭い。
(あのいけ好かないヤローは、自分は何もせずに他の奴にテイムさせたってことか?)
「そうなのだろう。ギルドを追い出された元冒険者達を雇って魔獣を捕まえさせ、テイマーになる者がいる。そんなズルをギルドは認めてはいないが」
「なんだよそれ。そんなことして何になるんだよ」
スーの頭の上でちょうちょが憤っている。
「テイマーは希少だ。テイマーというだけでザイバガイト学園に入学することができる」
「じゃあヤツが入試に合格するために、カーバンクルは親を殺されて奴隷にされたっていうことかよ」
(ヤツは試験に合格するために、金を使って裏口入学を考えたのか……。だがテイマーになったとしても魔力は必要だろう?)
テイマーと従魔は魂が繋がる。そのため従魔の体力や魔力を回復するには、テイマーの魔力が必要になる。
目の前のカーバンクルの体力は、回復しているようには見えない。
「ああ、このカーバンクルの様子を見ると、ワークス侯爵家の息子には魔力が少しも無いようだ」
「じゃあ、このままこいつは回復しないのかよ。グリファスは神獣なんだろう、助けてやれよ」
ちょうちょが叫ぶ。
目の前で幼いカーバンクルが死んでいくのを、ただ見ていることしかできないなんて、あんまりだ。
「残念だが、我には回復の能力は無い。それに従魔には他者からの回復の魔法は効きにくい。それに薬や薬草を使ったとしても治りは悪い。主からの魔力が必要なのだ」
「じゃあどうすれば……」
ちょうちょは途方に暮れてしまう。
(そうだ、従魔じゃなくなればいいんだ!)
「え?」
(カーバンクルは術をかけられたんだろう。じゃあ、その術を解けばいいじゃないか。人族が掛けた術なんて、神獣なら簡単に解けるよな)
スーは閃いたとばかりにグリファスを見る。
「そうだな、出来ることは出来る……」
「やったね!」
(頼む)
グリファスの返事にスーとちょうちょは喜ぶ。
「テイムには2種類あって、テイマー自身がテイムする場合は、テイマーの資質を持ったものが術をかける。術は従魔の身体の中に染み込み魂に刻まれる。だから術は従魔の身体の中にあり外からは見えない。だがカーバンクルのようにテイマー以外の者が術をかける場合は媒体を使う」
(媒体?)
「カーバンクルの首を見てみろ」
グリファスはカーバンクルの首を指さす。
カーバンクルの首には細い首輪のようなものが付けられている。
「これが媒体だ。媒体に術をかけ、それを従魔に装着する。この媒体を外せば術は解ける。身体の中にある術よりは解きやすいといえるな」
(そうか、良かった。じゃあ早く術を解いてやってくれ)
グッタリとしたカーバンクルが、いつ死んでしまうか分からない。それほど切羽詰まった状態に見えるのだ。
「我の力を以てすれば、カーバンクルの首輪を外すことはできる。だがそれはできない」
(なぜだ?)
「ケチケチすんなよ」
グリファスは苦しそうな顔をしたままカーバンクルに手を伸ばそうとはしない。
「首輪が外れるのは、術を掛けた術者が術を解くか、術者が死んだ時だ。我ならば簡単に術を解くことは出来るが、それは無理やりの力業ということになる。カーバンクルが無事ではすまない」
(無事ではすまないってどういうことだ?」
「怪我に膏薬を貼っているのと似ている。治ったからと剥がそうとすれば、せっかく出来たカサブタごと取ってしまうことになる。癒着しているものを無理やり引き剥がすことになる。カーバンクルが耐えることはできないだろう」
弱ったカーバンクルには無理だとグリファスは続ける。
(どうすりゃいいんだ……)
「スライム、俺を喰ってくれよ」
困り果てたスーにカーバンクルがまたも懇願する。
「何言ってんだよ、まだ何かあるはずだ。変なことを言い出すなよ」
(そうだ、何かあるはずだ。考えるから待っていてくれ)
「このまま死にたくないんだ……」
(ああ、死なせない)
カーバンクルの切ない願いに、スーは何かないかと考えるが、スーが物事を考えられるようになって、まだ日が浅い。情報も経験値も少なすぎる。
「このまま死にたくない。俺は奴の奴隷のままでなんか死にたくないんだ。スライム、俺を喰ってくれ。俺は俺として死にたい。あんな奴の魔力がもらえないから死ぬなんて、まっぴらごめんだ。カーバンクルとして死にたいんだ!」
「カーバンクル……」
スーに喰ってくれと言っていた意味を知り、スーやちょうちょ、グリファスですら何も言えなくなってしまった。
幼いが、カーバンクルは誇り高い魔獣だった。
カーバンクルがテイムされてどれくらいの時が経つのか分からないが、テイムされてからエリオットからは魔力を貰うことはなかったのだろう。
いくら高位の魔獣だとはいえ、それでは生きて行くことはできない。
カーバンクルの死期は近づいてきている。
カーバンクルの最後の願いを聞いてやって喰うべきなのか。
他に方法はないのか……。
「スーさぁん、ちょうちょさぁん、どこー?」
苦渋の決断を迫られるスーに、ティナの声が聞こえてきたのだった。




