36 入学試験・三次試験④
「では、三次試験の内容を説明します。三次試験は各自パフォーマンスをやってもらいます。持ち時間は10分。自分の従魔の素晴らしい点、誇りに思う所、優れた才能などをアピールして下さい」
試験会場の中央に、円形で少し高くステージのようになった場所があり、ハロルドがその上に立ち試験の説明を始めた。
試験会場は周囲にぐるりと結界が張ってあり、少々魔法や能力を使っても大丈夫なのだと説明は続く。
「パフォーマンス?」
ティナの頭にハテナマークが浮かび上がる。
パフォーマンスとは何だろう。何をすればいいのだろう。
食堂の下働きを希望しているティナは、ジャガイモの皮むきでも披露すべきなのだろうか?
だが、ジャガイモも包丁も手元には無い。
それに従魔のアピールとは?
ティナはスーやちょうちょと一緒にいるが、従魔ではない。だってペットだし。
ティナが頭を捻っていると、1組目のカイが呼ばれ、ステージの中央に出てきた。
カイはティナと同年代に見える少年だ。
ティナと同じような身なりから、平民だと分かる。
カイの隣にはブルーウルフのトムがピッタリと寄り添っている。
「え、えっと、トム、お座り」
何をすればいいのか、カイも戸惑っていたようだったが、決心したのかトムへと顔を向ける。
ビシッ。
カイの命令に、トムは待ってましたと言わんばかりに、その場でお座りを披露する。
背筋がいい。
次の命令を予測してか、トムの左前足は少し浮き気味だ。
「お手ッ」
サッ!
予想通りの命令が下され、トムはドヤ顔で左前脚をカイの差し出された手の上に乗せる。
「よし、次は取ってこいだ。トム、取ってこいっ!」
カイは腰に下げた袋からボールを取り出すと、人のいない方へと投げる。
トムは大喜びで駆けだすと、すぐにボールに追いつき、ボールをくわえ、カイの元へと走って戻る。
(何だ、あれは?)
「主の命令に忠実ですよのパフォーマンスだろう」
(俺らも、あんなことをしないといけないのか?)
「いやいや、あれじゃ芸が無い。もう少し捻ろうや」
自分達の番に何をするつもりなのか、スーとちょうちょが、こそこそと話し合っている。
「隣に座ってもいいか?」
「え? あっはい、どうぞ」
自分の順番を待つというよりも、他の受験生がどんなことをするのか見るために、残りの受験生達はステージを囲むようにして座っている。
ティナもスーとちょうちょと共に端の方に座っていたのだが、一人の青年が声をかけてきた。
銀髪に緑色の瞳。美しいよりも美しすぎる整った容姿をしている。年齢は二十代後半ぐらいだろうか。
声をかけられ、戸惑ったティナだったが、誰かに似ている……。
そうだ、クライブ殿下に似ているんだ! クライブ殿下がもう少し歳を取ったら、こんな感じになるだろう。
そのことに気が付いたティナは硬直してしまう。青年もとても上等な服を着ているし、もしかしたら貴族、へたをすると王族かもしれない。
(てめー、なんだ、その恰好はっ)
「え、えええ、なんで、なんで!? ありえないだろう!」
ティナの横で大人しくしていたスーとちょうちょが騒ぎだした。硬直したままのティナは気づいていない。
「我も試験を見届けようと思ってな」
(いやいやいや、思ってもいいが、なんで変身!? どうして人族になっているんだよっ)
「神獣だから? 神獣って人族になれるのか!?」
目の前にいるのはグリファス。
グリフォンのグリファスが、なぜか若い男性の姿になって現れたのだ。
「よく我と分かったな」
(それだけグリフォン臭かったら、嫌でもわかるわ)
「妖精舐めんな。どんなに化けたって見分けてやらぁ」
「フフフフ、そうか」
スーとちょうちょの言葉に、グリファスは嬉しそうに笑っている。
神獣であるグリファスは人型になることができる。
グリフォンの持つ特性の一つだが、人型になるのは久しぶりだった。
王宮の奥深くで、ただ日々を過ごすだけだったグリファスには、興味を引かれるものがなかった。わざわざ人型になり、人々と関わろうとは思わなかったのだ。
「私も隣に失礼する」
グリファスに付いて来ていたのか、クライブも腰を下ろす。
ティナは本物の王族の登場に、またも固まる。
(なんで人型になってるんだよ)
「元の姿だと場所をとるしな。それにお前達以外の従魔を怖がらせてはいかんだろう」
グリフォンの言葉に、それはそうかとスーは納得する。
グリフォンは大きい。威圧感も半端ない。
そんなグリファスがステージの前にいたら、従魔達どころかテイマーも委縮してしまい、パフォーマンスどころではないだろう。
(だからって、俺達に近寄ってくんな)
「デカい奴が来ると、狭っ苦しいんだよ」
「ハハハハ」
スーとちょうちょからのクレームに、グリファスは笑うだけだ。
「この従魔達は何と言っているのだ?」
「ああ、我たちと一緒にいられて嬉しいと言っている」
「そうか、それは良かった」
(しれっと嘘言ってんじゃねーよ)
「どの口が言う……」
クライブの問いに答えているグリファスに、スーとちょうちょは揃ってツッコミを入れていたが、何かに気づくと驚きに言葉を失った。
(おっ、おまっ、お前、人族と話しているのかっ?)
「えええ、会話してるっ。マジでぇ」
「おいおい落ち着け。そんなに顔を近づけるな」
掴みかかりそうな勢いのスーとちょうちょをグリファスが押しとどめる。
スーのどの部分が顔なのかは分からないが、ニュッと伸びて近づけてきた部分が、そうなのだろう。
(人型になったからか? 人型になれば俺もご主人様と話しをすることができるのか?)
「人型……。俺は人型だぞ。それでも通じない。どんなに耳元で、大声で話したってティナには通じなかったぞ!」
「小童ども、煩いぞ。人型になるのはグリフォンの特性だが、別に人型にならずとも会話をすることはできる。クライブを守護する契約を結んでおるからな。だが、お前達も主と隷属の契約をしている従魔なら、会話まではいかなくとも、それに近いことはできているだろう?」
グリファスが、不思議そうにその美しい顔を傾げている。
人族と魔獣は会話することができない。
レベルの低い魔獣では会話するほどの知能が無いし、レベルの高い魔獣では会話する知能があっても、喋るための声帯が無い。
だが隷属させられると主と魂が繋がる。念話ができるようになる。念話といってもスーとちょうちょが話しているようなハッキリとしたものではなく、従魔が伝えようと思っている考えを主が知ることができるというぐらいだ。
(いや、俺達は従魔じゃない。そんな寂しい関係じゃない)
「寂しいか……」
テイマーと従魔の関係を言い切るスーの言葉に、グリファスは少し考えてしまう。従魔達の心情を思って。
(俺はご主人様に愛されているペットだからな!)
「まあ、俺もティナから好かれていると思うぜ」
(勘違いするな、ご主人様に唯一無二で愛されているのは俺様だけだっ)
「こいつウゼー」
スーとちょうちょが言い合いを始めた。
「ペット……、従魔ではなくてペット……」
スーが自分達のことをペットと言っていることにグリファスは衝撃を受ける。
グリファスにすれば、ペットとは飼い主が愛でるためだけに飼育している獣のことではないのか? 従魔でもなく家畜でもない。何の役にも立たない存在。
自分が現れた時、スーとちょうちょは自らを犠牲にしてまで主を守ろうとしていた。それがペットなのか?
「ペットは主と会話はできないのか?」
(そうなんだ。俺の、この溢れる愛を伝えられなくて、もどかしい限りだ)
「まあ、ティナと話せないのは不便だな」
「そうか、ペットと飼い主は話すことはできないのか。お前達をみていると、主に付き従って、主の命令を喜んで受け入れているように見える。それなら従魔と変わりないではないか。主と会話したいなら、従魔になってしまえばよかろう?」
グリファスは会話が出来ないと嘆いているスーとちょうちょに、なにげなく問いかけただけだった。
ペットとは従魔のように魂がつながってはいない。ただ飼い主に飼育されている存在だ。
会話ができないのもそうだが、離れ離れになることもあるだろう。主から捨てられてしまうかもしれない。逆に主を捨てることもできる。
それほどまでに主を思うのならば、ペットではなく従魔になったほうがいいのではないかとグリファスは思ったのだ。
(………)
「………」
グリファスの提案にスーとちょうちょは少し考え込む。
「なんか違うんだよな、従魔とペットは。ティナは俺に無理やりペットを押し付けたわけじゃない。俺は自分がやりたいことがあるからティナのペットになった。ペットにされたんじゃなくて、押しかけペットみたいなもんなんだ」
「そうか……」
ちょうちょの説明にグリファスは、ただ頷く。
テイマーと従魔の関係は、従魔が死ぬまで続く。従魔の方から解消することはできない。
従魔には、やりたいことをやる自由もなければ、そんな望みを持つことすら許されはしない。
(従魔になれば、ご主人様と話せるのか?)
「ああ、そうだな」
(そうか、話ができるようになるのか……)
「おいスー、お前従魔になるつもりかよ」
スーとグリファスの話に、焦ったようにちょうちょが割り込んでくる。
(いや、俺は従魔にはならないよ。俺はご主人様と話をしたい。ものすごくしたい。でも、ご主人様の命令には従いたくはないんだ)
「え、お前、めちゃくちゃティナの言うことに従ってるじゃねえか」
スーの返答にちょうちょがツッコミを入れている。
(そりゃあご主人様から命令されれば、出来る限り頑張るよ。出来なくなったって、なんとかやっちゃうよ。だけど全てに従うわけじゃない。ご主人様は、スライムの俺でも可愛がってくれるほどに愛情深いし、人族でいうならお人好ってやつだ。そんなご主人様のことを俺は大好きだけど、ムカつくこともある)
スーは身体をフルルと震わせる。
今までのことを思い出しているのか、少し視線を彷徨わせる。
スライムのくせに遠い目をしやがって。ちょうちょはツッコミたいが、空気を読んでグッと堪える。
(なあちょうちょ、目の前にいる誰かが襲われそうになった時、ご主人様はどうすると思う)
「え!? そりゃあ、助けようとするだろう。ティナは優しいから」
(そうだよな。自分が襲われそうになったとしても、他を優先する。そんな時に命令されたらどうする。『私はいいから、向こうを助けて』って。従魔は主の命令は絶対なんだろう。目の前でご主人様が殺されているのに、助けることもできないんだぜ)
従魔とはテイマーからテイムされた魔獣のことだ。
そしてテイムとは魔獣を奴隷にするための術。
主の命令に逆らうことも、主に攻撃することもできなくなる。これに反すると、己の命を削るような痛みに襲われる。それでも逆らえば死ぬしかない。
「………」
ちょうちょは反論なんかできなかった。ティナなら、そうするだろうと思ってしまったから。
(俺は嫌だぜ。ご主人様を護りたいし傷つけたくない。目の前でご主人様が死ぬなんて耐えられない。俺はさ、人族が根絶やしになったって別にかまわないんだ。ご主人様が生きていて、俺と一緒にいてくれるなら、それでいいんだ。だから俺は従魔にはならない。喋れなくたって、ペットがいいんだ)
グリファスはスーとちょうちょのことを従魔だと思い込んでいた。だから主の命令も聞かずに動くことが不思議だった。
そこには従魔には無い絆があるのだと知ったのだった。
「スー、ちょっとカッコいいぞ」
(はあ!? 俺がカッコイイのは当たり前だろーが。それにちょっとじゃねぇし)
ちゃかすちょうちょにスーが反論している。
青い身体が少し赤らんでいるようにグリファスには見えたのだった。




