25 入学試験・二次試験④
「やだ、怖い」
ティナはスーを抱いたまま後退る。
果物を食べていると、ちょうちょさんや他にも何匹ものキラキラさん達がやってきた。
最初は本物の蝶かと思ったが、よく見ると小さいが人型をしている。まるで絵本の中に出てくる妖精のようだ。
絵本?
絵本って何だろう。
ティナは頭を捻る。何かを思い出したと思ったのに、分からない。
もしかしたらちょうちょさん達は魔獣や魔物の類なのかもしれない。
でもティナには判別できない。ほぼ村から出たことのないティナは、スー以外の魔獣や魔物を見たことはなかったから。
でも、近くに寄って来てくれて、楽しそうにしているから、魔獣だろうと関係ない。ティナも嬉しくなってしまった。
そんな中、ゆっくりと何かが近づいて来た。
見た目は大きな蛇。
村でも蛇を見かけることはあったが、こんなに大きな蛇は初めてだ。胴回りなどティナのウエストよりも大きいかもしれない。
ただ身体全体が内側から鈍く光るような灰色をしている。大きいだけの蛇とは違うと感じる。
鎌首をもたげながら木々の間から現れた。
「スーさん、逃げよう」
蛇はティナのことなど気にしていないのか、どんどん近づいてくる。
ティナは相手を刺激しないように、ジリジリと後ろへと下がって行く。
走って逃げたいが、重いスーを抱っこしているから歩くのですらやっとだ。
震えるティナとは対照的に、ちょうちょさん達は蛇のことを気にしていないのか、そのまま辺りを飛び回っている。
パクリ。
恐ろしさに蛇から視線を逸らせないでいると、蛇は近くを飛んでいた一匹のキラキラをいきなり食べた。
大きな口を開け、一口で飲み込んだのだ
食べられたキラキラは、何が起こったのか分かっていなかったのか、無防備のまま蛇の口の中へと消えていった。
「キャーッ!」
ティナは悲鳴を上げる。
周りのキラキラ達からは、仲間が食べられたというのに恐怖や怒りなど感じられない。いきなり仲間がいなくなったと不思議そうにしているだけだ。
「食べられちゃった。キラキラさんが蛇から食べられちゃった!」
ティナの言葉に、周りはギョッとする。
蛇に食べられた?
だがティナの言う蛇などどこにもいない。気配すら無い。
周りからすれば、ティナが一人で騒いでいるようにしか見えない。だが仲間はいなくなってしまった。
本当に食べられたのか?
「おいスライム、お前のご主人様が言っていることは本当なのか? 喰われたって……」
(俺には分からない。だがご主人様は嘘を言わない)
抱えられたままのスーの元へ、ちょうちょが怯えた顔をして近づいて来た。
「駄目ッ、逃げてっ! また蛇が口を開けているわ。食べられちゃうからっ。早く逃げてっ、逃げてぇぇ!!」
蛇は次の獲物を狙って、近くを飛ぶキラキラへと口を開けている。
ティナは悲鳴を上げると、今まさに食べられそうなキラキラを指さし逃げるように叫ぶ。
指さされたキラキラは、まるで気づいていなかったが、ティナの必死の訴えに、慌てて高く飛び上がった。
間一髪で蛇の口から逃れることができた。
「何かいるっ! 何かの息が俺にかかった。見えないけど何かがいるんだっ」
喰われそうになったキラキラが叫ぶ。
蛇がキラキラを食べ損ねて口を閉じた時の息が、キラキラにかかったらしい。
一気にキラキラ達が動揺して大きく飛び回る。逃げたい、怖い。だが逃げた先に蛇がいるかもしれない。
(やっぱり何かがいるんだ。どうして見えないんだ?)
「見えない……。蛇……。もしかして……」
ちょうちょは考え込む。
「逃げてっ。そっちに蛇が行ったわ。そこのキラキラさん、逃げてっ」
ティナが指をさしながら叫ぶ。
指さされたキラキラは、恐怖に慌てて高く飛び上がる。
蛇はキラキラへと近づいて行くが、その度にティナに邪魔をされる。
ゆっくりとティナへと顔を向けた。
蛇は妖精を食べる『妖精喰い』という魔獣だ。
魔獣とはいうが元は妖精だった。ただ妖精が美味いと知ってしまっただけだ。
もちろん妖精を食べるとはいえ、妖精しか食べないというわけではない。妖精は数が少なく探してもなかなかいない。
蛇は妖精を探し続けていた。
そして妖精がいる『迷いの森』を見つけた。それなのに入り口は固く閉ざされており、入ることができなかった。
近くに妖精の気配を感じることができるというのに。
長い間待って、やっと森へと入ることができた。ようやく妖精を喰らうことができるというのに、邪魔されるのは許せない。
蛇に怒りが湧いて来る。
あの人族が邪魔だ。排除しなければ。
蛇は妖精から魔獣へと変化した時に羽は無くなり飛ぶことは出来なくなった。だが他の魔獣のように火を噴くことは出来ないし、鋭い爪があるわけでもない。
妖精の時同様、攻撃力はほとんどない。何も持たない人族と同じぐらいの力しかない。
だが妖精喰いの特性がある。それが『透明化』だ。
妖精はもちろんだが、魔獣、人族だろうと蛇を見ることはできない。
全てから見えないと言う訳ではないが、高い魔力や能力がなければ気配を感じることすら出来ないのだ。
だからこそ戦うことの出来ない蛇が生き残っていくことができたといえる。
「やだ、こっちに来る」
人族が騒いでいる。
もしかして、この人族は魔力が高いのか?
今まで自分の存在を知られたならば、すぐに逃げていた。だが、長い苦労の末に、やっと妖精を喰らうことができるのだ、この場から離れたくはない。
人族以外には自分のことは見えてはいない。それにこの人族は見るからに弱そうだ。この人族の存在を消しさえすればいい。
蛇はティナへと近づいて行くのだった。