26 入学試験・二次試験⑤
「お、俺、長老から聞いたことがある。妖精を食べる『妖精喰い』っていうヤツがいるって」
(妖精喰い? 聞いたことがないな。魔獣なのか?)
「元は妖精らしい。稀だけど仲間の妖精を食べるヤツが出てくるって、そんなヤツは羽が無くなって、蛇みたいになるって」
スーの近くへと飛んできたちょうちょは青い顔をしている。
スーはティナに抱っこされていたが、ティナがキラキラ達に逃げるように指をさして叫んでいるため、片手でスーを抱っこしていることが出来なくなっていた。スーは自分からティナの腕から降りたが、必死のティナは気づいていないようだ。
(蛇か……。ご主人様が言っているのは、それかもしれないな。だがどうして見えないんだ?)
「妖精を食べるために、そんな能力を身に付けたらしい。前回……、って言っても、俺達が生まれる前だけど、一度現れたらしい。その時は長老と族長にしか見えなくて、二人で何とかやっつけたって聞いた」
ちょうちょは忘れかけていた記憶を思い出しているのか、考え込むようにして話している。
前回現れた蛇を長老たちが倒したというのなら、今回現れた蛇は違うヤツなのか?
そんなに頻繁に妖精喰いが誕生するのか……。
でも考えてみれば、長寿な妖精のちょうちょ達が生まれる前というのだから、何百年も前の話なのかもしれない。
「やだ、こっちに来る」
ティナの声にスーとちょうちょは慌ててティナへを見る。
怯えたティナの視線の先を見ても、蛇の姿は見えない。
近くにいるのか分からない。
ティナが襲われてしまう!
スーはティナの前へと出る。
ティナは怯えて固まってしまっているのか、逃げることも出来ないようだ。
(ちくしょう、まるで見えない。気配を感じることもできない。どこから来るんだ? こっちでいいのか?)
スーは目を凝らすが、どうしても見えない。
ティナを守りたいのに、どうすればいいのか分からない。
カサリ……。
前方を凝視していると、微かな音が聞こえてきた。
(蛇が足元の草を踏んだ音だっ。そうか、透明化しているとはいっても実体はあるんだ!)
蛇の動きが分かる。
スーは音の聞こえた方へと耳を澄ます。スライムに耳は無いが、全身で音を拾うことが出来る。
全神経を集中する。
「怖いよー。こっちに来るかもしれない。食べられたくないよぉ」
「どこに逃げればいいのっ」
「ヤダヤダ。死にたくない」
周りを飛び回る妖精達が騒いでいる。
(煩いわっ。羽虫ども、静かにしろ!!)
スーは怒鳴る。
蛇のたてる微かな音は妖精達の声でかき消されてしまった。
「やだ、来ないで……。ス、スーさん、逃げよう」
ティナが再びスーを抱っこしようと手を伸ばす。
「ちょうちょっ、頼むっ」
「分かった!」
スーは延ばされたティナの手をかわす。
大丈夫だと、俺が守るとご主人様に伝えたいが、スーは喋ることができない。歯痒いが、そんなことを嘆いている暇は無い。今は蛇を倒す方が先だ。
ちょうちょはスーから離れるとティナへと向かう。
なぜだろう、たった一言なのに、スーの言いたいことが分かった。スーの思いを理解したのだ。
スーとは会ったばかりだし、心が通じ合うような仲じゃない。それなのに自分はスーのサポートをしなければと思う。不思議だが身体が動いた。
だいたいあのデブスライムは、自分を可愛らしいペットだと言い張る。魔獣のくせに、なにがペットだ。愛らしさなんてありはしないのに。
だからペットらしくないことをする自分をご主人様に見られたくない。
ご主人様に幻滅されたくない。嫌われたくない。そんな思いに囚われて、動けずにいる。
あの生意気なヤローが怯えていやがる。
しょうがないから俺が手伝ってやる。
ちょうちょはティナの顔へとダイブする。
「きゃあっ。な、なに、どうしたのっ。ちょうちょさん離れて。蛇が近づいて来てるのよ。危ないのっ」
いきなりちょうちょから鼻にしがみつかれ、ティナは焦る。
早く逃げないと蛇が近づいて来ているのに。
食べられそうなキラキラ達に気を取られていて、いつの間にか抱っこしていたスーが足元に降りていた。再び抱っこしようと手を伸ばすと、スーは逃げて行ってしまった。
蛇は大きい。このままではスーはまる飲みされてしまう。
自分が守らなければ!
石を投げるか枝で叩くか。足元に何か落ちていないか探したいのに、ちょうちょが顔に張り付いて前が見えない。
小さなちょうちょを手で振り払うと怪我をさせてしまいそうで、なんとか頭を振って振り払おうとするのだが、ちょうちょはティナの鼻にしっかりと抱き着いて離れない。それどころか、そのままずり上がって来た。
まるでティナの両目を隠すように。
「みんなーっ。こっちに来いっ。この人族の所に来るんだっ。ここが安全だぞ!」
ちょうちょは片手でティナにしがみついたまま、もう片方の手を振り回し、仲間の妖精達を大声で呼ぶ。
「いいか、蛇がどこにいるかわからないから高く飛びあがりながら来い。この人族の顔の所にいれば安全だからな」
「えっ、そこが安全なの?」
「分かった、すぐに行くー」
「怖いよー。助けてー」
ワラワラと妖精達がティナの元へと集まってくる。
「ちょっ、ちょっと待って。なんで顔にばっかり寄って来るの? 止めて、止めて」
いくらティナが嫌がっても、手で振り払われないのをいいことに、妖精達はティナの顔に次々と張り付いていく。
ティナの顔は妖精だらけで隙間が無くなっている。
(よしっ)
ちょうちょがうまいことご主人様の気を引いてくれている。もう前は見えない。スーの姿は見えていない。
妖精達の騒ぎを背中に感じながらスーは両脇から触手を出す。
ご主人様には見せられない最大限の長さの触手だ。愛らしいペットのスライムの姿としては、いただけないと自分でも分かっている。
ヒュン。
触手を振り回す。
どこに妖精喰いがいるかは分からないが、近づいて来ていることだけは確かだ。
妖精喰いは透明だが実体はある。触手の届く範囲にいれば、感触で分かるはずだ。
前方、斜め前、右横、左横。
触手をしなる鞭のように振り回していく。
スライムが触手を出すなど、妖精喰いは思いもしなかっただろう。
非力な妖精達と物を食べる以外取り柄の無いスライム。そう油断して近づいて来たのだ。
バシッ。
少し距離はあるが、斜め前方の何も無いはずの場所を触手が弾いた。
そこだっ!!
見えないが何かがいる。妖精喰いだっ。
スーは触手を再度もその場所に叩きつける。
スーの触手に驚き、妖精喰いは踵を返そうとしたようだが、逃がさない。
そのまま触手を巻き付けて動けなくする。
触手は何も無い空間に浮いたまま巻き付いている不思議な光景だ。
(お前が妖精を喰うことに関して、俺は何も思う所はない。だが妖精を喰らうのを邪魔したからと、お前はご主人様に何をしようと考えた? こちらに近づいて来たってことは、ご主人様を排除しようと思ったんだろう。殺してしまおうってな。そんなヤツを許せるわけがないじゃないか。ご主人様に仇成すものは万死に値するんだよ)
スーの念話が妖精喰いに届いているのかは分からない。
妖精喰いは魔獣になったとはいえ、透明化以外の能力をほぼ持たない非力な存在だ。巻き付いたスーの触手から逃れようと、必死で身を捩る以外は何もできない。
スーは宙に浮いたままの自分の触手へと近づいて行きながら、身体を徐々に広げていく。
スイカ程度の大きさしかない丸い形をしていたのに、薄く広く、まるで風呂敷のように伸びていく。
バクリッ。
スーは自分の触手ごと妖精喰いを包み込んだ。
妖精喰いは、羽が無くなり透明になった時に、声も失ったのかもしれない。
触手に絡めとられた時も、スーに飲み込まれた時も、鳴き声一つ上げることはなかった。
反撃も出来ず、静かにスーに取り込まれてしまったのだった。
「喰っちまったのか……」
ティナの目隠しをしているちょうちょは、振り向いて一部始終を見ていた。
信じられない光景だった。
スライムが何かを食べる時は、身体を広げて食べたい物へ密着させる。
魔獣や魔物のいない迷いの森にも、例外的にスライムだけはいるから、よく見かけていた。
だが、ちょうちょの知っているスライムとスーは違う。
いくら普通のスライムの何倍と大きなデブスライムだとはいえ、広がり方が尋常じゃない。人族すら飲み込めるのかと思う程にスーは大きく広がっていた。あり得ない。
驚きに目を見開いていると、スーはすぐに元の大きさの丸い形へと戻ってしまった。
取り込んだ妖精喰いはどこに行ったんだ? 宙に浮いた触手が捕らえていたのは大きかった。あんなに大きな妖精喰いを、もう消化してしまったというのか? できるわけがないだろう。
「おい、もういいぞ。怖いヤツはいなくなった」
不思議過ぎる光景に、どこにツッコミを入れたらいいのか分からない。ただ蛇がいなくなったのは分かった。広げていた羽を戻すと、仲間たちにも安全になったと知らせる。
「本当に? よかった!」
「どうして? でも嬉しい!」
「もしかしてデブスライムがやっつけてくれたの? スライムなのに凄いね!」
次々とティナの顔に張り付いていた妖精たちが離れて行く。
「やっと離れてくれたっ。早く逃げなきゃ! スーさんこっちに……。え、蛇がいない?」
やっと視界が戻ったティナはスーを探した。抱えて逃げるつもりだったのに、蛇がいなくなっている。
ティナはスーのやったことを見てはいないし、妖精達の声を聞くことは出来るが、何を喋っているのか聞き取ることは出来ない。何が起こったのか知らないままだ。
「蛇はどこかに行っちゃったの? もう大丈夫? きゃああっ、スーさんっ! スーさんどうしたの? 蛇にやられたの?」
蛇を探して辺りを見回していると、前の方でスーが苦しみもがいているのを見つけた。
慌てて駆け寄る。
(くそう、ご主人様の前だっていうのに)
スーはレベルアップに伴う成長痛で苦しんでいた。
妖精喰いは、透明化の特性しか持たない魔獣だが、どれ程の年月を生きてきたのか経験値は高かった。
聞きなれた “ピロロローーン!!” という音が頭の中で鳴り響き、激痛が襲って来たのだ。
スーはご主人様に大丈夫だと伝えたいのだが、痛みに悶えることしか出来ないのだった。




